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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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38/77

千鳥が棲む傘 ◎

今回は2024年7月28日にSNS型小説投稿サイト『エブリスタ』にて公開していた(2025年02月27日現在は削除済み)短編小説です。

 オレの傘は自慢の傘。不思議で素敵で愉快な傘。

 表の柄は生い茂る縦長の葉。ハンドルも薄い胡桃色の天然樹だから、一見すると樹木のよう。

 オリーブに似た木の実を模したボタンを押せば、大柄で丸っこい、色とりどりの千鳥格子が傘の内側いっぱいに姿を表す。


 この千鳥がオレのお気に入り。

 赤い鳥、青い鳥、黄色い鳥、斑模様の鳥、縞模様の鳥、マントや飾り襟、蝶ネクタイを着けたお洒落な鳥、いろんな鳥が並んでる。


 なんで、お気に入りかと言うと、この千鳥がオレを選んでくれたからだ。

 骨董市の片隅、うっかり呪具だのまじないの道具だのまで混じってしまうような我楽多(ガラクタ)の一角に埋まっていた浅緑の傘。

 一目惚れして、「ウチに来ないかい?」と傘に訊ねたなら、有り難いことに傘の内からピヨピヨッと囀ってくれた。

 さて、傘の中に数え切れぬほど宿る小鳥の内、何奴が応えたのやら。まあ、総意ってことで。

 それからこの傘はオレのもの。



 ◇ ◆ ◇


 出会いからしておかしなものではあるのだけれど、この傘はオレの想像する以上にユニークなヤツなのだ。


 これは千鳥の傘を迎えて、そう間もない頃のこと。夏の昼下がり、外出中に空がゴロゴロと鳴り出す。雷だ。空を仰ぐと、灰色の雲が西の空を覆っていた。――夕立の前触れである。

 傘の千鳥は何処からか外を窺っているのだろう。傘の表面に描かれた、無数の枝葉がコソコソカサカサ揺れ始める。

 少し経って、いつの間にやらオレの真上に来ていた真っ黒い雲から大粒の雨が矢のように降り出した。さあ、傘の出番だ。


 ボタンひと押しで広がった傘の内側は、おや? 心なしか千鳥格子が中央に寄っている。ギュウギュウ詰めとまではいわないものの、ちょっとばかし窮屈そう。


「この夕立と雷はお前さんらにとって、大層怖いものになりそうかい?」

《ぴよょ》

 千鳥格子のどれかが気弱に啼く。その千鳥の勘は正しかった。

 十分も経てば去るだろうと読んだ雨雲は、オレの頭上から離れず、それどころか雨足は強さを増していく。

 ザアザアバタバタ、傘を激しく打つ雨粒の音。その音に負けないくらい、傘の鳥たちはピイピイピヨピヨざわめいた。なんとまあ、賑やかなこと。

 騒々しい傘の下、げんなりと傘の露先から滴る雨垂れを眺めていると――


 ポスリ。


 鈍くて軽い衝突音。それとほんの一瞬、視界の端に見えた、飛翔物の影。

 確かに聞こえた音から察するに、何かしらの物体がオレの傘にぶつかったのだろうが、不思議なことに衝撃は一切感じなかった。


(何だったんだ、今の?)

 雨粒よりも断然大きくて。されど、どこからか飛んできた物にしては衝撃がなく。

 取り敢えず、傘は無事かを確認していく内に、ある違和感に気がついた。

(鳥の模様が増えてないか?)

 傘の内側、何かがぶつかった気がした辺りに、見慣れない形と柄の鳥の――片翼を広げた雀っぽい――模様が増えているような?


 何が起きたのかと首を捻っていると、また、ポスンポスンと立て続けに衝突音。そして、やはり傘の内側、音のした位置に新しく増えた鳥模様。

 今度は両翼を広げて降り立つ斑の薄茶色の鳥、心なしかしんなりと痩せてうずくまる鴉っぽい鳥だ。


 雨が降る前よりも幾分か窮屈さを増した千鳥格子と、しれっと紛れ込んだ見慣れぬ鳥模様を観察する内、ふと閃いた。


 ――この新参者は雨宿りの鳥たちか!


 どうやら、夏空を颯爽と飛んでいた鳥たちは、突然の雨に降られて、通りがかったオレの傘に慌てて逃げ込んできたようだ。

 粗方、オレの薄緑の傘を樹木と勘違いして、木陰に避難できると思ったのだろう。


 雷がピカリと光れば、千鳥格子の鳥たちの何割かは跳び上がり、傘表の枝葉がザワリと揺れる。傘に描かれた木の葉の陰に潜む鳥たちも怯えているのだ。

 雷鳴が大きくなるほど、鳥たちはギュウギュウになって詰まってゆく。

 こうなると千鳥格子というよりもモザイク柄にしか見えないな。



 雨が降り出してからどれくらい経ったか。その間、千鳥格子に新たな鳥の模様が何羽か加わって、そろそろ傘の内側が満杯になりそうだなと案じた頃、ようやっと真っ黒な雨雲が過ぎ去った。


 雨がすっかり上がり、雲の隙間から日が顔を覗かせると共に、千鳥格子の鳥たちは少ぅしずつ緩んでほぐれ、ゆっくりと等間隔に並び直す。

 その中で、雨宿りの鳥たちの模様は一羽、二羽、三羽……と千鳥格子の隙間を縫うように移動して、傘の縁へと向かっていく。そうして、縁に到着した瞬間、模様はパッと消えて、傘の縁から鳥が飛び立った。

 雀、ヒヨドリ、椋鳥……おや、若いカラスも飛んでいく。


(フフッ、雨宿りのお礼の品だ)

 千鳥格子の隙間にはいくつか、木の実や小枝、木の葉、美しい羽根の模様が残されていた。

(おや、誰だ? お弁当(ミミズ)を置いてったのは)

 お弁当は近くにいた千鳥が平らげちまったから良いけど、虫模様は勘弁願いたいところだ。

 それにしても、結構、律儀だよなぁ、雨宿りの奴ら。外の世界は厳しいから、鳥は鳥なりに義理を心得ているのかね。


 クルリクルリと傘を回して、雨宿りの鳥が残していったお礼の品を探していると、違和感に気付いた。

(おや、不自然な隙間があるな)

 雨が上がって、すっかり元通りかと思った千鳥格子にひとつ、抜けがある。


(さては雨宿りの鳥につられて、外へ遊びに出たな)

 雨宿りの鳥たちに誘われたか、番を見つけるなり探しにいったか。何羽かが傘の外へ冒険に行ったようだ。

 まあ、そのまま旅に出るも良し、いずれ帰ってくるも良し、好きにすれば良い。

 たとえ、千鳥が全部消えたとしても、こんな面白い傘、当分、手放す気はないからさ。



 ◇◆◇


 にわか雨に降られた後、家に帰り着いて、濡れた傘を干したらば、しばらくして抜けてた柄が戻っていた。

 面白いもので、傘に元から付いていた模様や柄には、"所定の場所に存在する"という役目があるらしい。気まぐれに出掛けてしまったお転婆な鳥たちは、自分がいるべき場所にきちんと戻っていて、ちょっとばつが悪そうにチョンと縮こまったり、不自然にそっぽ向いていた。


(おや、お出掛け組は模様に少し変化があるな)

 よーく見れば、マントや蝶ネクタイを着けたお洒落さんがいるではないか。彼らが身に着けている服とアクセサリーは冒険の戦利品というわけらしい。

 彼らの戦利品を見せて貰っている内、一羽だけ、他と様子の違うのを見つけた。そいつだけ、群青に染まった体に、星を散りばめたような白銀の斑点が付いている。


 他の鳥よりも一回り小さく縮こまって、そっぽ向いて俯いているそいつの嘴を指先で突っつく。

「よお、おかえり。お出掛けは楽しかったかい」

 縮こまる鳥の模様を指先で一撫ですれば、お転婆な鳥は擽ったそうに震えながら、傘の露先のひとつを片翼で指す。

 彼が示した先を見遣り、オレは思わず、頬を緩めた。


「おやおや、これはまあご丁寧なこと」

 家出のお詫びのつもりかね。傘の露先が星の形になっている。


「お前ったら、とんだ大冒険家だねぇ。雨上がりの空の彼方、星を拾いに行ったのか」

 ――ならばひょっとして、こいつの全身に散る斑点は、出掛けた先と思しき夜空で拾った星屑じゃなかろうね?

《ピヨッ!》

 驚嘆混じりに訊ねれば、群青色の鳥はそれはもう誇らしげに啼いた。



 ほらね、オレの傘は世界一、不思議で、素敵で、とっても愉快だろう?

千鳥が棲む傘 2024.7.28

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