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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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30/77

内にあるもの ※

心にあるもの、あったもの、あるはずのものを書いた7本


※一部に死の要素があります。苦手な方はご注意ください。

『記憶を浚う』


 いつもの散歩道を通る時、ふとみつけた更地。

 すっかり平らになったその場所が、元はなんであったのかがなかなか思い出せなかった。


 "元の何か"はずっと、ずーっとそこにあったのに、私はその"何か"を只の風景としか捉えていなかったんだ。

 私と"元の何か"は関わりがひどく浅いから、情報量が少ない。ゆえに、確かにあった筈なのに、すぐには思い出せないか、忘れたきりなんだろう。



 半端な古民家と空の家屋と崩れかけた廃屋と更地が占めるこの町。限界集落と呼ぶに相応しい地に、またひとつ、新たに更地ができた。これで四軒分。

 でも、私にはどれひとつとして、"元の何か"が思い出せないんだ。寂しいね。






『飛んで灯に入る』 


 夜の国道。車は思い出した頃にやっと一台通るだけの、閑散とした町を往く。

 通りに人影はなく、道沿いの家からも漏れる音はない。


 アスファルトに落ちた、等間隔の街灯の光を渡るように夜を歩く。灯りに群がる羽虫にでもなった気分。

(どれ、"お仲間"はいかほど集ったのかしらん)

 街灯への群がりを窺うべく顔を上げた瞬間、目が違和感を引っ掛けた。

(何かあった)


 一度は街灯の灯りを捉えた視界を再び下げる。

 暗がりに違和感の正体を見つけた。

(小路だ)

 視界一杯、密集した住宅群。年季の入った二棟の民家の間――隙間と言っても差し支えないようなそこを旧式の街灯が橙に照らす。

(こんな所に小路なんてあったかね?)

 そんなもの、微塵も覚えがないが。


 奇妙に見通しの良い通り、橙届かぬ奥の奥に目を凝らせば、ド田舎には場違いな楼門が佇んでいた。

(何かいる)

 楼門の向こう、不気味な漆黒の闇の中、ひらりひらと揺れる白い影。

 手だ。

 骨と皮だけの貧弱なそれは、まるで、蝋燭の灯を扇ぎ消すような仕草で――


(ヤバイ!)

 何がヤバイのかなんてわからない。ただ、考えるよりも先に、弾かれるように駆け出していた。

 理屈ではなく、本能でわかったのだ。

 あれは紛れもなく命を掻き消す手だと。






『向かう』 ※死の描写あり注意


 深夜。電話。

 つれあいを起こす。留守と子守りを頼み、私一人で家を出る。


 街灯のみが点る真っ暗な町、車を走らせるのは私だけ。

 掛けっぱなしのラジオはすぐに消す。はやる気持ちがノイズを嫌った。


 赤信号で停まる。気が急くあまり、つい、ハンドルを指でノックしてしまう。



 まばたきの間、振り返るのはさっき見た夢。

 ――ほんの一瞬の一家団欒。

 直後に電話で起こされた。



 こういうとき、もう少し動揺するものと思ったけど、動揺よりも焦燥が強くなるようだ。

 早く会わねばならない。

 別れの挨拶を一方的に夢で済まされるなんて、まっぴらごめんよ。


 ヘッドライトが照らす夜道、貴方の居場所はまだ遠い。

 まだ、まだ……






『真っ白に青』


 生クリーム、ホワイトチョコソース、バニラアイス、コーンフレーク、マシュマロ、ミルクムース、スポンジケーキ、薔薇仕立ての青林檎、マスカット、アラザン、レースのような飴細工、青い琥珀糖。


「真っ白で綺麗なパフェね」

「花嫁さん用よ」

「青林檎と琥珀糖は?」

「サムシングブルー」






『亡者のワルツ』 ※死要素あり注意


 群青の空、星屑の海。

 漆黒の海に波音のワルツ。


 燕尾服を模したドレスがワタシの勝負服。

 スリットから覗く網タイツが艶美に描く、鍛え磨き上げた筋肉の隆起がワタシの魅力。

 ハイヒールでの流麗なステップ。ホールドは揺らがない。


 踊りましょう、アナタと。永らく海底でお休みだったアナタが、天に還るお祝いです。

 リードもフォローもお任せあれ。不安なんて決して感じさせません。一曲と言わず、何曲でもお付き合い致しましょう。


 緊張しておいででしたらお喋りでもいかが。

 海底で見た夢も、地上での思い出も、天空でやってみたいことも、その先の望みも、何でも語ってくださいな。

 アナタが全てを忘れる前に。






『オヤジと親父とさきいか』


「くぅーっ! しあわせだねぇ」

 舌足らずで告げるきみは、さきいかを食べていた。

 モミジのようにちっちゃな手がさきいかを更に細く裂いてはちっちゃな口に運び、もむもむと咀嚼する。

 口の中が塩辛いのか、麦茶を豪快に飲み、プハー、と吐息。オヤジか。


(いや、オヤジじゃない。(父親)の真似をしてるのか……って、ええー)

 それって、俺がオヤジっぽいってことじゃないか。


 俺もきみを膝に乗せて、さきいかをつまみにビールを飲んでるけど、なんだか次第に、きみに真似されてるんじゃなく、こっちがきみの真似をしてるような気分になってしまう。

 うーん……しょっぱいような、照れくさいような。


(見たもの全部、覚えちゃうんだから恐れ入るよ)

 きみが俺を見て、こっちの仕草をどんどん真似していくんだと思うと、気を抜いてビールを呷ることも憚られるし、だらしなく一息つくこともできないなぁ。



「もう次でおしまいだからね」

 さきいかはきみには塩辛すぎるもの。

「えぇぇー、もうちょっといいじゃないかぁー」

 抗議するきみはモロにオヤジだもんで、おかげで俺はビールを吹き出した。






『かわいいの作り方』


 ボウルの中のそれは黄色の粘土にしか見えなかった。

 かわいくない。


 黄色の粘土は袋に詰めて、冷蔵庫で冷やし固める。

 うわ、カチカチ。こんなのブロックじゃん。全然かわいくない。


 黄色のブロックを手で圧して、麺棒で叩いて伸して、なんとか平たくする。

 うーん、よくて、皿かトレイの前身にしか見えないなぁ。いつ、かわいくなるの、これ?


 いろんな形に型抜きして、オーブンに入れる。

 オーブンで焼かれてやっと、食べ物らしくなってきた。台所に漂う甘いかおりに期待が膨らむ。かわいくなってるといいんだけど。


 焼きあがったのは、香ばしいクッキー。

 うんうん、初めてにしてはなかなかうまくできたんじゃないかな。たとえ、クマちゃんの頭と胴が真っ二つになった凄惨な姿であったとしてもね。

 かわ……いいかなあ? うーん、まだまだ。


 クッキーがほどよく冷めたら、ピンクと白と水色と黄色のアイシングで化粧して、アラザンやナッツで飾り付ける。

 クッキーがブローチっぽくなった。

 うんうん、かわいくなったんじゃない?



「でも、クッキーなんて作るもんじゃないね」

 できあがったクッキーを食べる? 嘘でしょ?

 こんなにかわいいのに、食べるとか勿体ないじゃん。

記憶を浚う 2024.6.13

飛んで灯に入る 2024.6.13

向かう 2024.6.14

真っ白に青 2024.6.14

亡者のワルツ 2024.6.15

オヤジと親父とさきいか 2024.6.16

かわいいの作り方 2024.6.17

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