夏の影は深い黒 ※
眩い季節だからこそ、影の濃く深いことに気付く7本
※一部に死、虫の要素があります。苦手な方はご注意ください。
『パンドラの箱の中身』 ※死要素あり注意
アイツはいつも懐に小さな箱を収めていた。
一人になると、取り出した小箱を大事そうに掌で包み込み、時に語りかけるのを俺は知っている。
あれはパンドラの箱なんだ。
既に二度、アイツではない者とアイツの手により開けられた。
アイツは一度目の開放でそこから放たれた禍のひとつなのだとか。
「突然、兄弟と共に解放された。俺は亡き兄弟のために、この箱を開けた愚者に復讐するためにここにいる」
箱にひと欠片の希望のみを残して野に放たれた禍のほとんどは、一度目の開放から時を置かず、滅びてしまった。
アイツ以外の禍は未熟で脆く、箱の外の環境に耐えられなかったのだ。
二度目の開放時、禍の兄弟たちはアイツの手により再び納められたと、アイツは教えてくれた。
「残された希望は今どこに?」
何度尋ねても、アイツは俺を静かに見遣り、微笑むだけ。
それが俺の知るアイツのすべて。
『業』 ※虫要素あり注意
卵を抱える蜘蛛を見つけ、叩き捨てた。
放ればいずれ、部屋中にたくさんの蜘蛛の子が散るから。
壁を伝うゲジを見つけ、叩き落とす。
たくさんの足が怖かったから。その場で落ちた足が蠢いていた。
たくさんは怖いと、誰に、いつ、刷り込まれたのだったか。
人間こそたくさんいるのに。
『あの子の記憶』※死要素あり注意
亡き愛犬の骨が綺麗に並ぶのを、君はどんな思いで写真に残したのだろう。
見せてもらったそれは無垢だった。
君の愛犬に会ったかどうかすら覚えていない僕には、彼の記憶が生前の姿でなく、その骨の白さのみしかないんだ。
虹の橋を渡った彼は今、どんな姿で駆けているのか。
『告白』 ※死要素あり注意
「愛してる」
真っ直ぐな目で俺をしっかと見て告げられたそれが、真実であるのは訊かずともわかる。
俺だってそうさ。
よく反発してたのだって、実力を示してアンタに認められたかったんだ。
なあ、兄貴、命懸けで庇った相手に愛を伝えるなんざ、俺は許さねえからな。
『かき氷の季節』
口溶けがよいと評判のかき氷を君と私でひとつ頼む。
味はきなこ黒蜜、トッピングは餡と白玉。
向かい合う二人の間に置かれたのは、黒蜜の線が見え隠れする黄金色の氷山だった。
一口目、口に入れた氷は途端に溶けて消えた。評判どおりの口溶けだ。香ばしい黄粉とコクのある黒蜜がうまい。
だが、味を堪能したのはそこまでだ。
まるで季節が冬から夏に転換したかのように、見る間に溶ける氷山に、二人で慌てて制覇に臨む。
掻き込むから口は冷たいし、頭は痛い。
「白玉と餡子、食べたっけ」
「最後は黄粉水だったよな」
ぼやきながら外に出る。
かき氷で冷えた体に、外の蒸し熱い風が張り付くようだ。
滞在時間はほんのわずかな店を後に、奇妙なひと時だったな、と君と笑い合う。
『ヒマワリとチョコミント』
真夏のヒマワリと同じ背丈のキミ。
麦わら帽子を被ったキミは、お気にのロックバンドの陰鬱なナンバーを口ずさみながらアイスバーを齧る。
チョコミントは瞬く間に角を溶かし、タラリ滴る青緑。
キミの長い指を汚すその色が脳裏から離れない。
キミは夏の使者。
『ひなたの猫と』
猫が落ちている。日影に落ちている。
向こうにも落ちている。そっちは下半身だけ日干しになってる。
あの道端にも落ちている……と思ったけど、ありゃどうも人だ。
近寄るも真っ昼間の酔っ払いだから引き返す。
まだ外で寝そべっただけじゃ死にゃしないさ。路頭で寝転ぶ猫だって元気に伸びてるし。
パンドラの箱の中身 2024.6.12
業 2024.6.13
あの子の記憶 2024.6.13
告白2024.6.13
かき氷の季節 2024.6.13
ヒマワリとチョコミント 2024.6.13
ひなたの猫と 2024.6.13




