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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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27/76

心に触れる

自分、大切なもの、愛しいもの――誰かが心に触れる7本

『心』 


 もしも心が取り出せたら、気持ちが澱んだりくすんでしまってもキレイに洗うことができたかもしれない。


 もしも心の色が見えたなら、心を取り出して、自分の気持ちを再確認できたかもしれない。


 けれど、私は不器用だから自分の心の澱みの取り方も下手で、複雑な心もなんでそうなったのか理解が遅れてしまうのだ。

 あーあ、本当にままならないものだなあ。






『在りし日』


 薄めのコーヒー

 口を窄めるほど酸っぱい蜜柑

 ジャムにしていた小さな苺

 貪るように食べた枇杷

 甘い梅の香漂う梅しごと

 おいしいちりめん山椒の作り方

 暑気払いの冷凍干し柿

 トーストにバターとたっぷりの柚子マーマレード

 よくできていると褒められた黒豆

 その存在さえもを初めて知った小豆粥


 どの季節にもあなたとの思い出があって、いつだかみたくそれに触れて泣くことはもう、とうになくなった。

 思い出は今や、触れるとつい微笑んでしまうものと成っている。


 あのひととの遠い思い出は、火を点したアロマキャンドルのように、微かなぬくもりと優しい香りと小さな灯火をほんの一時、私にくれる。






『おとうさんのドーナツ』


 昼下がり、読書を嗜んでいたところ、ふいに子ども達に囲まれた。

 曰わく「おやつはおとうさんがつくったドーナツがいい」とのこと。

 正直、菓子作りなんて面倒だ。ここはひとつ、のらりくらりとかわしてくれよう。


「私が作るより買ったものの方がおいしいぞ」

 何より、作るより買いに行く方が楽だ。

 だが、子ども達は譲らない。揃って、首を横に振る。


「今日は手作りの気分なの」

「手作りなら断然、お母さんが作ったものがおいしいぞ」

 ――つれあいが許してくれるなら、私は毎日、彼女のドーナツを食べたいし。

 言えば、「それは知ってる」だと。

 市販品より母の手作りがおいしいと、当然のように言ってくれるのだな、この子らは。


 感心していると、「でも!」と勢いづいて身を乗り出してくる。

「おかあさんが『おとうさんが作るドーナツがせかいいちおいしい』っていった!」


 おっと? 意外な展開じゃないか。

 すかさず、つれあいの姿を視界に捉えると、彼女は笑み混じりにこちらを静観していた。


「言ったんです?」

 問えば、素直に頷いてみせる。

「言いましたし、真実そう思っています」

「……左様で」

「久し振りに私も食べたいですね」

「はあ」

 ため息。


 家族全員に説得されたら、全力で作らざるを得ないではないか。






『グミはキスの味』


 果物を煮詰めたような甘ったるい香を漂わせ、眉を顰めてグミを食むキミ。

 飲み込む端からまた一つ、袋から取り出してはまたグミグミと顎を動かしている。


「グミってものはどれも、柔らかいのではないのかい」

「そればかりとは言わないし、そういうのは苦手なんだ。噛み堪えがほしい」


 どれ、とハード系と呼ばれるらしいそれをひとつ分けて貰って、口内に放った。

 奥歯でしばらく噛み続ける内、その硬さにこめかみが痛んだ。


「顎が疲れる」

「アンタのくれるのよりはまだマシ……あ」

「あ?」


 ――私はキミに何をくれてやったのだったか?

 疑問に眉を顰めた傍、キミの言葉は不意に途切れ、謎に赤面する。何事だ?

 重なる疑問に数秒ほど黙考し、そして思い至る。


「ああ、舌のように柔らかなグミは苦手と」

「んぐっ」

「私との触れ合いは顎が疲れるかい?」

「ぐぅぅ」


 黙り込むキミはおもむろに口を隠す。

 つまり、そういうこと。






『紫陽花』


 薄紅の紫陽花の群に君は埋もれる。

 レース様の銀糸の蜘蛛の巣、降り注ぐ玻璃の雨、透けるような白皙、広がる黒髪。


「還るのかい」


 碧い葉の陰に潜む君に声を落としたらば、赤い唇が薄く笑む。






『夜に羊を追ったらば』


 羊、ひつじ、どこへ行く?

 星屑散らばる月夜の道、トコテコトコテコ歩くキミ。


 キミの足跡踏んだらば、何かの嗚咽を微かに聞いた。

 キミの毛玉に触れたらば、何かがクスクス楽しく笑う。


 羊、ひつじ、どこへ行く?

 虹色のオーロラ、沿って進むはミルキーウェイ。

 透かす月光、眼前横切るほうき星、彼方で閃く超新星。

 長くながく、永い夜を渡り、羊トコトコ、日の昇る方へ。


 羊、ひつじ、オマエが渡った、私の夢は楽しかったか。






『旅するもの』


 やあ、と声を掛けられた。

 甲高いのに芯が少し潰れたような、赤ん坊っぽいその声には覚えがある。


 振り向きざまに俯いたのは、随分と下方に頭があるはずだと読んだから。だが、正確には予想よりも少し高い位置に頭があった。


 黒い毛むくじゃら、尖った三角耳、満月のような丸い目、ピンと張ったヒゲ、黒い鼻。


「やあ、元気にしていたかい。随分とまあ久し振りだね」

 もうずっと前に虹の橋を渡った甘ったれは、胸を張ってニヒリと笑う。


「今は世界中を旅してるんよ。今日はちょっと寄っただけ」


 楽しそうで何よりだ。君の声が聞けてよかった。

 愛しい僕の黒猫。

心 2024.5.24

在りし日 2024.5.28

おとうさんのドーナツ 2024.5.29

グミはキスの味 2024.06.02

紫陽花 2024.6.02

夜に羊を追ったらば 2024.6.04

旅するもの 2024.6.05

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