拠り所 ※
拠り所がある7本
※一部に血液、治安の悪さ、不穏な要素があります。苦手な方はご注意ください。
『ボクの死神』
息苦しさに目覚めれば、猫がボクの喉を跨いで香箱を組んでいた。おまけにその毛皮でボクの口を覆ってる。
心地よいぬくもりではあるけど、純粋に窒息しそう。
どこからかゴロゴログルグル聞こえる。音の出所はやっぱり猫だった。
リラックスしているようで何よりだけど、ボクの気道の上は寛ぐ場所じゃないんだよな。
でもさ、良かったよ。
この子、病院から連れ帰ったらずっと物陰に潜んでいたからさ。ボクと一緒だと安心できるのなら嬉しいよ。
けどさ、うん、けどねえ。
「キミさ、ボクを潰しにかかるのやめておくれよ」
抗議したら、猫は三日月に細めた目をこっちに向けてピャアと楽しげに鳴いた。
『気配』
アイツに名を呼ばれた気がした。
アイツのぬくもりを感じた気がした。
アイツの姿を見た気がした。
アイツが俺にしそうなことを想像した。
アイツの好きそうな物を目で追った。
アイツの名を呼んでいた。
アイツの夢を見た。
だからわかるんだ。
きっと、アイツは今も俺のそばにいてくれてる。
『ともにいる』
あなたと共にいたのはほんのまばたきほどの間だった。
それでも私はあなたとの思い出を頼りに、永きを生きている。
かつてあなたがいた。
その声に呼ばれ、その手に触れ、言葉を交わし、ぬくもりを分けてくれたから、あなたは今も私の中で生きているのだ。
私と一緒に。ずっと一緒に。
『可愛い末の弟へ』
「今日はパンケーキを焼くよ」
二番目の兄貴が材料を調理台に広げる。
「このキラキラした粉は?」
「兄さんが育てた、金色の陽光と銀色の月光を浴びた小麦の粉さ」
「卵が虹色だ」
「すぐ下の弟が世話してる、夢を食べる鶏の卵だよ」
「牛乳は」
「朝は二番目の弟と草原に、昼は三番目の弟と空を、夜は四番目の弟と海中を散歩している牛が分けてくれたんだ。五番目の弟がその牛乳でバターをこさえたよ」
「蜂蜜が光ってる」
「天上の花の蜜さ。六番目の弟が採取したのさ。七番目の弟も自家製の果物をくれたよ」
「俺もすることない?」
「パンケーキを美味しく食べておくれよ。これはお兄ちゃん達から君へのプレゼントだからね」
『ネオン街に長い影』 ※血液描写、治安の悪さあり注意
濡れたアスファルトに反射する、毒っ気を放つ艶やかなネオン。
何処とも知れぬ言語の看板を掲げる屋台から漂う旨そうな匂い。それに混じり、微かにだが確かに、排気ガスとクスリと快楽を嗅ぎ分ける。
すれ違う人間はいずれも顔に不信を貼り付けていた。
たまに俺の足下のソレに気付く者もいたが、皆一様に知らぬ振りをするので有り難い。ソレが纏う禍に引っ掛かって来られるのも、それによって此方にイチャモンをつけられるのも面倒だし。
足下に影。通った跡に血を残す、濃く長い影。
気紛れに俺の足を甘噛みしたり、不注意な毒虫やら毒蛇だのをつまみ食いするソレが、ネオンの海を「汚ねえ」とせせら嗤う。
『一途』
この世界にはうんざりするほど大勢の人間がいるけれど、私が真に望むのはあなただけなのだ。
あなたとの関係を運命だなどと陳腐な言葉で片付けられては困るし、何かの枠を定めるのも厭わしい。
あなたはあなたでしかなく、私にとってはそれがすべてだ。他のどんな概念さえ、あなたには適合しない。
私のあなた。あなただけの私。
あなたにならば、私のすべてを差し出せる。
この目が見た世界も、この耳が感じた音も、この膚が触れた感触もすべて。
対価としてあなたから何を頂こうなんて、微塵も思えないのだ。あなたから私に向けられ、注がれる思い以外には。
……本当はあなたの思いすら不要なのだけれども。
『海の底 天の底』 ※死、不穏要素あり注意
未明、暗い部屋、四角く切り取られた窓のみ藍鼠。
早起きのホトトギスの囀りと時計と冷蔵庫の音だけ聞こえる。
静寂。
ねえ、君。
七七と四十九日に海を寝床とした君。
僕が沈めた君。
君は海底でずっと眠る。
僕は地上で眠れずに過ごす。
ここでは吐息も泡とならず、魚だって宙を泳ぐわけでなし。
四角の藍鼠は朝の訪れと共に徐々に明るくなるけれど、いつまで経っても君の居場所のような紺碧に染まることもない。
海よりもやかましく、生ぬるい、地上という名の天の底にいる僕はただただ退屈に任せ、海底の君を想像するのだ。
ボクの死神 2024.5.16
気配 2024.5.16
ともにいる 2024.5.16
可愛い末の弟へ 2024.5.17
ネオン街に長い影 2024.5.17
一途 2024.5.17
海の底 天の底 2024.5.19




