それの名前は自分が決める ※
自分と相手の関係を見極める7本
※一部に怪我、血液の描写があります。苦手な方はご注意ください。
『イヤも嫌いも』
口に視線を注がれるのがムズ痒くてイヤ。
武骨な指に顎を摘ままれて、上向かせられるのはもっとイヤ。
だから目の前の男を睨んでやったら、「せっかく可愛いのに不細工な顔しない」って。ムカつく。
リップブラシで唇を丁寧に塗られるのがイヤ。
唇に折ったティッシュを当ててくる。くすぐったい、イヤ。
「ハイ、挟んで。そう、上手」
変な褒め方も白い紙に付いた赤い色もイヤ。
「ほら、ご覧なさい。美人でしょ」
鏡で唇を確認させられるのもイヤ。
私よりもアンタの方が私に似合う色を知ってるのがイヤ。
「そんな可愛いむくれ方しても私は貴女を嫌いにならないわよ」
……ほんと……大キライ。
『あなたへ』
あなたの生まれを祝う日はいつだって、花壇だけでなく野にも山にも道端にも可憐な花が咲くというのに、結局、私は花の一輪さえも贈ることができなかった。
あなたは今も息災でいらっしゃいますか。
遠い昔、生きるのが苦しくて辛くて、電子の海で難破しかけていた私の手を取り、暫くの間、海底散歩に連れて行ってくれたあなたです。
私はあいも変わらずですが、まだ生きています。
あなたはどうしておられますか。
いつかあなたにと、丁寧に作った押し花はとうに色褪せたというのに、私はまだあなたを見つけ出せないのです。
それで良いのでしょう、きっと。
『サヨナラ、友よ』
「寂しかったらこれをオレと思って構ってやってくれ」
旅立とうとする友にそう渡されたのは、猫――それもマスコットのぬいぐるみだった。
俺はコイツのことを誰よりも男らしいと思っていたが、コイツは自分のことを愛らしいにゃんこだとでも思っているのかもしれない。
訝しくはあるものの、訊くのは野暮だろう。
「デザインから縫製まで自分でやった。あとな、旅にはコイツをオマエと思って連れて行くんだ」
このぬいぐるみ、既製品じゃなくてオマエの手作りかよ……と言うよりも先に、相手の胸ポケットから出されたのは、目玉の付いたがに股の毛玉だった。フワフワだ。
友との別れを惜しむには情報量とツッコミどころがあまりにも多すぎて、暫くは寂しさよりもどうしようもない疑問に苛まれたのだった。
『ご馳走』
今日は唐揚げにするんだ、と奴が肉塊を持ってきた。
肉なんて店で買うようなパックのヤツしか見たことないから、奴の持参品がデカくて骨が付いてるということ以外はなんの動物の肉かさえわからない。
奴はそれはもう鮮やかに肉塊を捌いていって、やれ、この部位は塩に限るだの、ニンニクで風味を付けよう、醤油だ、ハーブだ、香辛料だ、と色々な味と風味を付けていく。
出来上がった大量の唐揚げはたしかに旨かった。
旨かったが、胃に収まった今でもまだ、自分が何の命を食らったんだかわからぬままだ。
わかってどうする、と奴はカラカラと笑い、ガブガブと酒を呑む。
『ハイカカオ』
目の前の女に勧められ、カカオ九〇パーセント超の黒い塊を一口かじる。
眉を顰めずにはいられない苦味は、いつまでも口の中に残り辟易とした。大昔はカカオを甘味ではなく、薬としていたことに納得させられる味である。
飲み込むと食道と胸がじんわりと熱い気がするのは薬効なのか胸やけなのか。
土を食ってる気分だ。黒い塊を目にするだけで、口の中が苦くなる。
それにしても、この苦ったらしい塊と、自分が知っている同名の菓子が同じものとはとても思えない。
一体、どれだけの砂糖を入れたら、普段口にするあの甘いチョコレートになるのやら。想像するだにゾッとする。
「そんなのを平気な顔で食ってるアンタは、ひょっとしてもしなくても魔女なのか」
艶やかな赤い唇に黒い塊を挟んだ女に訊けば、口角がつり上がる。
『愛を囁く』 ※怪我描写あり注意
愛してる。
そのありきたりでどこまでも万能な言葉を「陳腐」と、オマエは一刀両断した。
「愛を囁くほど、その価値は安くなるのだよ」
……と。
けれども、俺の囁く愛が「嘘では決してないのを理解してる」そうで。
オマエがそう言うからには、これをどう伝えるのが正解なのかと訊いてみた。
「愚かなことだ。正解が何かを考えることに価値があるのだろう。けれどね、自分ならばこう言うよ」
――この身を焦がしてでもキミに逢いにいく。
その膚の一部に今も残る焦げ痕が、俺への愛が嘘ではないと証明する。
『道案内』 ※血液要素あり注意
暗闇に大きな赤い蝶、ヒラリ。
ビロードのようにぬめらかに光る翅が優雅に宙を舞う様に、心はすっかり奪われる。
伏していた地から身を起こし、赤い舞姫を目で、手で、足で追い、元いた場所が何処かさえも忘れて、かのものに着いていく。
途中で喧騒とすれ違い、赤い灯を派手に掲げる白黒の車がけたたましい音を立てて駆けていくのを見た。
何か、大変なことでもあったのだろうか。
何度か振り返ろうとしたけれど、その度に視界を赤が横切り、それにまた誘われて後を追う。
不思議なことに、さっきまでひどく痛んでいた体は徐々に楽に軽くなっていった。まるでそう、私こそが蝶になったかのよう。
風に乗って何処へでも行こう。赤く、びっしょりと濡れた地面に伏すのはもうこりごりだ。
イヤも嫌いも 2024.5.03
あなたへ 2024.5.03
サヨナラ、友よ 2024.5.04
ご馳走 2024.5.04
ハイカカオ 2024.5.05
愛を囁く 2024.5.14
道案内 2024.5.15




