触れる特別 ※
見て、触れることにより特別を感じる7本。
※一部に死の要素があります。苦手な方はご注意ください。
『朝』
やわらかなおふとん、あかるいひなた、パンパンとせんたくものをたたくおと。
ねむたい目をこすりながら、大きいマドを見る。
あいたマドのむこうで、おかあさんがせんたくものをほしていた。
わたしはまだねむたくて、ふとんの上でグネグネゴロゴロ。
モウフをカラダにまきつけて、シーツの上をころがった。
フスマのむこうからおみそしるのにおいがして、おなかがグウとなる。
アサがきた。
おはようってアサがきたんだ。
『音』
心臓を撃ち抜かれた。
全身に衝撃を浴びて、手足が……いや、指の先までもが痺れた。
知らず涙が溢れた。
私が触れたそれはヴァイオリンの音。
微かだが確かな振動、鼓膜をピリリと擽る。不快ではない。
一瞬、真理を得た気がしたけれど、それは儚い幻想であった。
『月と酔い』 ※死の要素注意
ほろ酔いで夜の帳が下りた外へ出れば、お月さんが「今晩は」と光を伸ばしてくれた。
やあ、冴え冴えとしてなんと美しいお月さんだろう。
軽い千鳥足で歩きながら"誰かさん"を想う。
想うのは何時だってアナタのことだ。
アタシと同じように、このお月さんに誘われて、そのかんばせを仰向けてるんだろ。
アタシのアナタ、アナタのアタシ。
離れていてもいつも一緒、やることったっておんなしさ。
ほうら、着いたよアナタの寝床さ。
御影石にしなだれ、その冷たさを楽しみながらアナタとお月さんを仰ぐ。
『アイドル』
透き通るような白皙、烏の濡れ羽を思わす艶やかな髪、伏せた切れ長の目は憂いを帯び、細い肩を竦めて腕を抱く。
影のある美女のジャケットに、気付けば財布の紐が緩んでた。
プレーヤーから流れる歌声は予想外に低い。
写真の美女の印象が、儚い少女から、時に脆さも見せる強かな女に変わった。
曲をリピートするごとに惹かれていく。これが恋か崇拝かは自分でもわからない。
『汚れなき』
「だいじょうぶだよ。ぼくがまもるから」
あなたが無垢ゆえに、その宣言はどこまでも純粋で、本気で、嘘偽りのない真実であった。
無垢なひとは無敵で万能であることを知っているからこそ、私には澄んだ声と私に触れる小さな手のぬくもりが恐ろしく、そして悲しいかな庇いたくもなるのだ。
あなたは幼子であり、かつ神さまであり、善であり、畏怖である。
愚かな私は彼に「大丈夫よ」と微笑み、頭を撫で、静かに抱き寄せることしかできなかった。
『緑の羊毛、緑の雪』
春、私は鎌を手に庭へ出る。
春の庭は緑の羊。
冬から春にかけて伸びた緑を掻き分けて一掴み。緑の根元を狙い、地肌を撫でるように刈る。
ソリソリザクザク丸裸。羊毛は採れずとも、緑の山はこんもりできる。
けれど今春の庭は、羊ではなく、雪原のようだった。
緑を掻き分けるのはいつもと一緒。
だけど、ヒョロリと長いばかりで、細く頼りない葉と茎と蔓の草むらは、どこに触れてもフサフサモサモサ掴みようがない。
サクサクサクサク少しずつ、緑を掬っては刈る動きに、遠い白銀の地を思う。
刈ったものは、当然ながら雪のようには溶けるわけがなく。
こざっぱりとした庭の隅に、いつもより大盛りの緑の山ができた。
ああ、今年も雑草との長い戦いが始まったな。
『どどめ』
今日はどどめ色に浸りたかった。体をどどめ色で満たしたかった。
隠しようのない渋みと酸味、その奥深くに息づく果実の甘み、確かな酒精。
慣れぬ内は顔を顰めるばかりであったそれらの味に、本日、忌々しくも余所から譲り受けた嫌気を溶かしてしまいたかったのだ。
不快でしかない思いは他の色では流し切れない。浸すのだ、どどめ色を体の芯まで。
朝 2024.4.16
音 2024.4.17
月と酔い 2024.4.18
アイドル 2024.4.20
汚れなき 2024.4.21
緑の羊毛、緑の雪 2024.4.21
どどめ 2024.4.23




