春の夜は残酷 ※
春の夜に見た悪夢のような7本
※一部に死、血、怪異の要素があります。苦手な方はご注意ください。
『ちりぬるを』
夜の雨。
街灯が照らす斜の銀糸。
花散らしの雨の罪深きこと。
アスファルトに広がる池に花筏。
痛みを伴う想いは心に傷をもたらし、記憶はしばらく涙に浸ろうとも、いずれ思い出としてなにもかもが薄れるのだろう。
今はずぶ濡れの地面もいつかは乾くように。
地に落ち、雨水の中で朽ち果て、アスファルトにへばりついた花びらは二度とは木に戻れずとも、木は次の春になれば、また新たな花を咲かせるのだから。
強く生きずともいいではないか。私は私のままで。
今はまだずぶ濡れのままでいい。今はまだ。
『キミへ』 ※死要素注意
キミは生暖かかった。そして、ぬるりぐにゃりとしていたのを今も覚えている。
その毛並みのなめらかさ、ぬめらかさが存外気持ちのいいものと、教えてくれたのもキミだった。
三角の耳と金色のお月さまみたいな双眸がボクに向くと誇らしい気分になったっけ。
口を開ければ覗く真珠色の小さな牙も、長い舌も、ピャアとか細く甲高い声もすべてがすべて愛しいんだ。
ボクはキミにさいごまで愛されていた。
ボクはキミの愛に精一杯応えた気でいたけれど、果たしてあれで足りたのか、今でも気懸かりなんだよ。
だから、暇になったらまた会いに来るといい。
『相棒』 ※血、死の描写あり注意
爪を塗る。
鮮烈な赤、熱い血潮の色。これはオマエの色だった。
けれど、クールぶってるオマエのことだから、きっと否定するんだろうな。
「赤が似合うのは、ちょっとしたことですぐに沸騰しちまうオマエの方だろ」
なんて、呆れ顔で言うんだぜ、きっと。
いいや、いいや違うね。冷めた振りしてその実、熱いのはオマエの方だ。
でなきゃあオマエさぁ……なあ、冷徹を気取るオマエなら、ちょっと考えりゃあわかるはずなんだよ。
本当に冷静で冷めた奴ならさ、オマエ、俺を庇って赤く染まるわきゃねーんだ。
オマエ……オマエ、本当に勘弁しろよ、オマエ。
『刈る』
引っこ抜く、鎌で刈る。
曲は聴けども黙々と、只ひたすら粛々と茫々の草を刈る。
左手で纏めて握るその草がなんと言う名かも知らず、掘り返された地を虫共が右往左往するのを尻目に刈る。
命を刈っている。
されどこの命はしぶとく、数週間後にまた繰り返すのであろう。
『完璧でない』
淡い空の色を背景に、桜花のアーチが景色のずっと奥まで続く。
ボクは夢見心地で桜吹雪の中を歩いてた。
綺麗で、きっと来週にはなくなる儚い景色。
誰しもが心奪われる空間なのは、周囲の浮き足立った花見客を見ても明らかだ。
なのにどうしてだろう。ここには何かが足りないと思うんだ。
(そうだ。ここには貴女がいない)
満開の桜よりも儚くて、いつも寂しげに笑う貴女。
貴女だけがいないこの光景は、果たして完璧なのであろうか。
ボクは涙ぐむ。貴女がいないと唇を噛む。
『魔法使い』
少し傷んだから、と貴方は慣れた手つきで林檎とナイフを取る。
皮をスルスルと剥き、瞬く間に実を一口大に切るその様は魔法のようだ。
深めの器に林檎を入れて、少し考えたあとで砂糖とシナモンパウダーをその上に振りかけ、ふんわりとラップをしてからレンジに入れる。
ほんの何分か温めただけで林檎の甘煮が完成し、スティックパイと共に皿に盛られて出された。
「アイスも添えればよかったね」
パイに林檎を載せて食べながら貴方。
私にはこれだけで十分にご馳走だ。
『春の夜の夢』 ※怪異要素注意
向かい風に雨が混じる夜道。
眼鏡を雨粒が汚すのを厭い顔を逸らしたらば、街頭の点る小路の向こう、薄暗がりに子どもがいた。
甚平、細い脚と膝小僧、草鞋、そして、番傘の暗い影に潜む狐面。
目を模す虚ろな節穴が一対、静かにこちらを見つめてる。
時が止まったようだった。雨と風さえも静止してしまったのではないか。
恐怖で戦慄く口は半開きのまま一声も上げられず、ぎこちなく視線を彷徨わせながら正面を向くのでやっとである。
見なかった。何も視なかった。
そう装うには何もかもが遅すぎたけれども、それでも振りはできる。
さり気なく脇道に逸れてから、物陰で呼吸を止めて静止すると、やがて草履の足音が遠ざかった。
そんな春の夜の夢。
ちりぬるを 2024.4.09
キミへ 2024.4.09
相棒 2024.4.09
刈る 2024.4.13
完璧でない 2024.4.15
魔法使い 2024.4.15
春の夜の夢 2024.4.15




