深緑の自転車
あいかわらず竹林の中。
もうすっかり暗くなって、あと少ししたら、本当の夜になってしまいそう。
遥花の髪、黒に藍色が溶け込んだ綺麗な色も、墨のような黒にしかみえなくなってしまった。
そんなに長い間座り込んでいた覚えは、無いのだけれど。
久しぶりに遥花に会って、何か感慨深さとか、そういう恰好の好い感情が浮かんでくると思ったのに、遥花は目を瞑ったまま。さっきの棒読みのようなせりふもすっかりなりを潜めて、ただただ竹林の小さな小道を大胆に遮断している。
竹が夜風に倣ってさらさらと揺れる、綺麗なおとがした。
「佐一、お久しぶりです」
竹の声が聞こえたのかと思ったのは、ほんの一瞬。
さらりとした綺麗な髪、綺麗な目。竹の声なんかじゃない。
「早瀬・・・」
目を開けない遥花に動揺していたら、知らないうちに早瀬を呼んでしまっていたらしい。
早瀬とは夢の中でしか会えないものだと思っていたけれど、今度の世界でも、呼べば早瀬は来てくれると今知った。もう少し早く会いたかったと思うのは、私のエゴなのかな。
早瀬が来た方を見ると、少し遠くに早瀬のものと思われる綺麗な深緑色の自転車が見えた。ペダルはなぜがあり得ない明後日の方向に曲がっていたけれど、早瀬は涼しい顔をして、私の前に跪いでいた。なんだか早瀬らしい。
「早瀬、もう遥花が来ちゃったの」
ひざまずかないで欲しいと思いながら。
私がぽつりとつぶやくと、早瀬は柳眉をピクリとさせて、未だ目を開けない遥花を睨みつけた。
「また藍色を着て・・・。懲りない奴ですね」
早瀬は遥花が嫌いらしい。もう千年も前から。
「うん。そうだね。・・・取りあえず、早瀬。あの、遥花を私の家に運んでもらってもいい?」
遥花を家に連れて帰ろうと、一瞬藍色を掴もうと思ったけれど、なんとなく触れることは躊躇われて。
早瀬は大丈夫だろうかと、頼んだ後でちらりと早瀬を見ると、一瞬ものすごく嫌そうな顔をした。
・・・私が命令するなんて、やはりおこがましかったかもしれない。
少し胸の奥がギュッとつまった感じ。
びくっとしたら、早瀬が顔の前でぶんぶん手を振った。
次の瞬間。私の手が早瀬の手で包まれていた。
少し暖かい。
「佐一」
「はい」
「またお会いできて、嬉しいです」
「わ、わたしも。・・・おかえり、早瀬」
胸の奥の痛みがさらりと消えて、早瀬の手から目線を上げると、嬉しそうに微笑む早瀬が見えた。
女神みたいとぽつり、つぶやいたら。早瀬がものすごく変な顔になった。
「早瀬は変顔も、すてき、だね。」
どういえば分からなくてそう言ったら、変顔をしたわけではありませんと、手をぎゅっと掴んだまま力強く返された。
主人と従者は遥花の顔が歪んだことに気付かないまま。
変顔も素敵な早瀬と一緒に、あの自転車を直そう。