婚約者に殺された公爵令嬢が、幸せをつかむまで
薄暗い地下牢獄の奥から、かすかな呻き声が聞こえた。その声は、しばらくするとますます大きくなり、遂には絶望に満ちた叫び声となって地下室中に響き渡った。
「嫌ぁぁぁっ! 助けてぇぇっ! 誰か、私を助けてえぇぇっ!」
牢獄の隅っこに縛り付けられた若い女性は、必死に縄を解こうと体を捻り、そして大声を上げ続けた。しかし、地上から十分の距離を隔てたこの地下室には、誰一人として助けを求める声が届くはずもなかった。
やがて女性は力尽きて沈黙した。ただ涙だけが、その綺麗な顔を覆って止まることがなかった。
時間が過ぎ、地下室の入り口から光が差し込むと、ゆっくりと足音が近づいてきた。そして、暗闇の中から背の高い男性の姿が現れた。その男は、手にロウソクを持ち、冷たい瞳で縛られた女性を見下ろしていた。
「よく目が覚めたな、エリカ」
「アンリ......アンリ様、どうしてこんなことを......」
「俺に質問する資格はない。お前は俺の花嫁だ。俺がどう扱おうと文句は言えない」
アンリと呼ばれた男は、エリカの前に立ち尽くすと、その顔を掴んで無理矢理持ち上げた。
「俺はお前を愛している。だから、俺の元から離れることは許さない」
アンリの目は狂気に支配されていた。エリカはただ恐怖に慄くばかりだった。
「アンリ様、私は......私は貴方の気持ちに応えられません。別の方を......」
「黙れっ!」
アンリは憤怒に満ちた表情でエリカの頬を手のひらで打ち付けた。エリカは悲鳴をあげ、縄に身体を捩じ曲げた。
「他の男を想うなど、許されるはずがない。お前は俺一人のものだ」
アンリは冷たく言い放った。そしてエリカの前に立ち尽くし、不気味な笑みを浮かべながらゆっくりとズボンを脱ぎ捨てた。
「ダメ......ダメよ、そんなことしないで......!」
エリカは縄を振り解こうと必死に体を捻ったが、アンリの力に抗することはできなかった。次の瞬間、アンリの手が辱しむようにエリカの身体を撫で回し始める。エリカは恐怖のあまり絶叫した。
その夜が明けた頃、エリカの身体は冷たく硬直していた。アンリはエリカの亡骸を見下ろし、さらに歪んだ笑みを浮かべていた。
「ようやく俺だけのものに......」
*****
時は経ち、アンリ公爵家の邸宅には喪服を着た多くの人々が集まっていた。
「哀れなエリカ様......病魔に侵されてしまわれるとは」
私も幾度となくお見舞いに伺いましたが、それでも最期は療養所で......」
人々は嘆きの言葉を口にし、棺の中のエリカに手を合わせた。
しかし、その言葉は全て虚偽であった。エリカはアンリによる過酷な虐殺により命を落とされていたのだ。そして人々は、アンリの狂気と罪深い所行を見て見ぬ振りをしていたのだ。
*****
やがて、アンリの心にも少しずつ罪悪感が芽生え始める。ある夜、彼は夢を見た。
そこに現れたのはエリカの亡霊だった。白装束から滲み出るように血が染み出し、その表情は苦しみにゆがんでいた。
「私を......殺したのね......アンリ」
エリカの亡霊はゆっくりとアンリに近づいていく。アンリは恐怖のあまり逃げ出そうとするが、足が地面に根付いたようにくぎ付けにされていた。
「お......お前は......! 俺の妻で......俺の......!」
「あなたの何だって?」
エリカの亡霊が目の前までやってくると、腐乱した手でアンリの顔を撫でた。アンリは吐き気を催し、絶叫しそうになった。
「あなたは、私を虐げ殺した罪人よ。今こそ、報いを受けるがいい!!」
エリカの亡霊が叫ぶと、次の瞬間、アンリの目の前が真っ赤に染まった。恐ろしい痛みが彼の全身を駆け巡り、それは地獄の苦しみそのものだった。アンリはただ絶叫し続けるしかなかった。
「うぁあああああああああっ!」
*****
その後、アンリ公爵家の邸宅では奇妙な出来事が相次いだ。
夜な夜な、エリカの亡霊が現れ、アンリを苦しめ続けた。怪我を負わされたり、恐ろしい呪いをかけられたり。やがてアンリは狂気に囚われ、この世の物とは思えないような狼狽ぶりを見せるようになった。
それでも周囲はこの事態を黙認し、誰一人としてアンリを止める者はいなかった。恐ろしい復讐と呪いに、アンリはのたうち回るしかなくなっていったのである。
やがて、アンリが遂に自らの命を絶った日。エリカの亡霊は静かに微笑むと、この世から消え去った。
「私は、幸せをつかみました。あなたに復讐することで」




