2−1 注目の受験生
入学試験パート開始です。よろしくお願いします。
「まるでパーティ会場だな」
2階から試験会場を見下ろしているハリソンは、集まった受験生に冷ややかな視線を向け、吐き捨てるように言い放った。
「同年代の貴族同士が集まればこうなります。社交界などで顔を合わせている者同士でしょうから」
当てのない愚痴だったのだが思いの他に返答があったためハリソンは声がした方へ顔を向けた。
気がつかぬうちにハツラツとした雰囲気の女性がそばに立っていた。健康的な小麦色の肌に真っ白なポニーテールがよく映えるとハリソンは思った。
「いたのか」
「ええ、姿をお見かけしたのでご挨拶にと....アイシャ・ンクルマであります。本日は試験の監督補佐官を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
ぴしっとした敬礼姿をとるンクルマの姿勢は美しかった。定規をあてたような直立の姿勢は力みはなく自然体。体幹からきっちりと鍛え、体の動かし方を理解していることが窺えた。
よく訓練している騎士官だとハリソンは感じた。
その生真面目さに応じ、ハリソンは襟元を正す気持ちで礼を返した。
「本試験の監督官を務めるハリソン・クロス・ブラックウッドだ。私はポニーテールが似合う女性に弱くてね、ハリソンと呼んでくれて構わない」
「了解しました、ハリソン教導。私は大柄で筋肉質な男性はあまりタイプではありませんが、ファストネームで呼んで頂いで結構です」
「はっきり言うんだね。ますますタイプだ」
挨拶を済ませた2人は会場の方へ視線を戻した。
先ほどハリソンが皮肉ったように、およそ試験前とは思えないような雰囲気だった。どこからか紅茶の香りが漂い出して、貴婦人の笑い声が聞こえてきそうである。
「あれは、人よりも家を重んじる人種です」
「精霊騎士団は人を守るためにある組織のはずなんだがな、一体何を守ろうとしてここへ来たんだか....それにしてもアイシャ教官。キミ、貴族嫌いでしょ....出世できないよ」
「ほっといてください。学でキャリアを築けないような、落ちこぼれ貴族に振る尻尾は持ち合わせていないだけです」
「それは言わない約束ってやつだよ。中には本気で剣や魔法に打ち込んで、純粋に精霊騎士団を目指している眩しい若者もいるんだ。それ、みんなの前では表に出さないようにね」
「善処いたします」
「この様子だと、今季は不作かな?」
「そうでもありません。粒揃い、とまではいきませんが、注目株はそれなりにいるようです」
「ふむ、例えば?」
アイシャは「そうですね」と呟くと、会場を見渡して個人的に目星をつけていた受験生を探した。その瞬間に、ハリソンの目が鋭くなったことには気づいていない。
「フォーサニア出身のフューエン・ファベック。彼に勝てる者は、この受験生の中にはいないでしょう」
アイシャは1人の青年を指してそう言いきった。雑踏の中でも一際存在感を放つほど目を引く容姿をしている彼を探すのに、ハリソンも苦労はしなかった。鮮やかな金髪が似合う、王子様のようにハンサムな受験生だ。
「武力の国出身者が戦えるのは当然ではないか?」
「いえ、彼はその中でも突出しています。過去の実績や事前調査の情報を踏まえると、すでに十番外騎士程度の実力を有していると予想しています」
「たまにいる早熟ボーイだな。顔がいい上に強いだなんて、おじさん妬けすぎて焦げちゃいそうだ。じゃあ、今季の受験生の中では彼がトップ?」
「いえ、素行にさえ目をつぶれば彼に匹敵する者はいます」
「へえ、それはだれ?」
アイシャは、壁に持たれてつまらなさそうに腕を組みじっとしている女性の受験生を指した。
「ハーベスタ出身のレイチェル・グレース。名の知れた荒くれ者ですが、取り立てるような犯罪歴は無く実力だけ見れば腕きき。傭兵経験があり、すでに対人、対魔獣の実戦を経験しているのも評価できます」
その顔には傷痕が残っており、すでにいくつかの修羅場を潜り抜けていることが伺えた。会場の朗らかな雰囲気とは対照的に、ピリついた戦場の空気を纏っている。
無関心を装ってはいるが、絶えず周囲に鋭い視線を走らせて観察しているかのようだった。
「条件次第ではヘアシュテンブルク出身のフリードリッヒ・シュトラウスも秀でた能力を発揮するでしょう。名門シュトラウス家の子息だけあって、精霊魔法具の扱いに長けています」
大荷物を背負い、キョロキョロとしきりに顔を振りながら会場をうろつく素朴な青年は誰かを必死に探しているような素振りを見せている。何やら必死そうで、話題にされているなど知る由もないだろう。
「よく調べている、感心だ。概ね同感だよ」
一通り聞いたハリソンは、柔らかい視線をアイシャに向けて優しく褒めた。
子供の成長を見守るようなハリソンの様子を見たアイシャは今のやり取りの思惑に気づいた。思わずキッと視線が鋭くなってしまった。
「試しましたね?」
「いやいや、優秀な補佐官がついてくれたと思って安心したんだ....だが。実績にばかり気を取られて、見逃していることがあるぞ」
「なんでしょうか」
「あそこにいるハーフエルフの少女と無腕の少年。彼女らは不気味すぎる、未知数だ。そういう意味では十分注目株と言っていい」
「そうでしょうか。私にはただコネでやってきた不相応な受験生という認識ですが」
「分かってないな、アイシャくん。まあ、確かによくあるコネ入試なら私も気に留めはしないがね。でもあれは事情が違う、別格だよ。聞いてない? 彼女らがルルーデ・アミグダリアが送り込んできた2人だってこと」
「そういう話は耳にしました。そうでも無ければ、この場に来られるような人物ではありません」
家柄、血筋的にという言葉をアイシャは飲み込んだ。そういった差別的思想は良しとしない風潮が世界的に浸透し始めている。
「その認識は間違ってはいない。しかし、正しくもない。それではまだ、得た情報の表面だけを捉えていてるに過ぎない。戦場で死にやすいのはリテラシー不足の情報弱者だ、気をつけたまえ」
「も、申し訳ありません。ハリソン教導は、どのように解釈されたのでしょうか」
「解釈も何も、あのルルーデ・アミグダリアだぞ? 突如として精霊騎士団序列二番の地位を捨て、元隊復帰や教導官就任の要請を何年も頑なに断り続けてきた。その彼女が、要請受諾の条件として呑ませてきた2人....未知数にも程がある。普通であるとは到底思えない」
ハリソンはあえて遠回しな言い方にして伝えた。
アイシャはその意図を察して考えた。そして自分が見逃していた可能性に気付く。
「あの2人が、騎士団脱退の理由....だったと?」
「少なくともどちらかは、な。加えて俺は風の噂で、彼女が弟子をつくったと聞いたことがある」
「......まさか」
「注目株だろ?」
「はい。フューエン・ファベックが霞んでしまうほどの」
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。