1−5 私の弟子です
よろしくお願いします。
「騎士大....に、ルルーデさんが?」
思わず僕は聞き返した。一度退団した彼女がまた、精霊騎士に関わるとは思っていなかったから驚いた。
視界の隅でマキナが「ん?」という表情を浮かべたのが見えた。
「まさか兄さん、精霊騎士養成大学校のことは......」
「見くびるな、さすがに分かるぜ! 腕に自信がある奴ぁ、一度は必ず精霊騎士を目指すもんさ......そんで敷居の高さに挫けるもんさ....」
「まあ騎士大についてまで今更講義をして教えるつもりはない。これは君には関係がない事だしな」
「でも、どうして今になって?」
「私はノルの身元を引き受け、開国のきっかけにもなった例の事件でノルと繋がりを持った....ここにいる者と同じように。そしてノル....正確にはノルの身に宿っている存在。数百年の静寂を破ってこの世に接触してきた精霊王を監視する目的で、ルルティアに拠点を置いてノルと共に過ごしてきた訳だが....事情が変わってきた」
「事情?」
ルルーデさんが過去の話を引っ張り出してきたということは、どうやらこれはそう単純な話では無さそうだ。
僕は緊張しながら先を促した。
「近年、魔獣による人的被害が急増している。精霊騎士団ではなんらかの理由で凶暴化してきている、という見解だ」
それを聞いて先ほど捕獲してきたばかりの魔獣が頭をよぎった。確かに、今までは街の外壁を蹴破ってまで人を襲ってくる魔獣はいなかった。
「そうだな? 2人とも」
ルルーデさんは現役の精霊騎士に話を振る。
いつも春風のように軽やかな態度のラフリだが、今は流石の彼女でも空気を読んで真面目な表情だった。
「う、うん。そうだね。大きなのはまだ無いけど、小から中規模の魔獣災害は頻発してるよ。なんか最近忙しーねーくらいにしか思ってなかったけど、確かに変かも」
「練度の底上げ、巻きで?」
ピツィは『精霊騎士団はルルーデさんを呼んで騎士の育成を短縮したいのかな』と訊いた....んだと思う。
「それもあるだろう、だが本命は....」
「....ルシファス。この件が、『霊源狩り』に関係して....る?」
「あー、なる」
「おいおい、待った待った待った! ルルーデの姉御が本当の先生になるっつー話から、飛躍しすぎちゃいないか。頼むからオレにも分かるように話をしてくれ」
マキナに怒られまいと分かったふりを続けていたディックだったが、我慢しきれずに声を上げた。
確かにちょっとペースが早かったかもしれない。今回は彼を責められないだろう。
「うん、僕も一度整理させて欲しいかな。あの秘密結社『反精霊社会組織』による霊源を奪う工作活動が活発化してきて、霊素の補給場を失った魔獣たちが凶暴化して人の生活圏を脅かし始めた、って言う事であってる?」
ルルーデさんはこくりと頷いて肯定する。
「ああ。概ねその認識で相違ない」
「ルシファス....オレらを一度殺したあのクソ悪魔が従えてるっつー奴らのことだな」
因縁根深い組織の名を久しぶりに聞いて憤るディック。
それに関してはみんな同じ気持ちだった。
あのご機嫌大魔人のエラフリスでさえ不機嫌そうだ。
「まあぁあ? 精霊王の精霊憑きとかいうクソチートなノルくんがいてくれたおかげで、結果だけ見ればー、あたしたちは魔人に進化して強くなったし? ピラーが出てみんなが住むところがつくれたし? 悪いことばっかじゃなかったけどねー。あくまで結果だけ見れば!」
「礼を言えたような事じゃない」
ピツィリアもエラフリスに同調して険しい表情を浮かべている。
「そうそれ」
そんな話をしていたら、僕の脳裏にもあの時の光景が鮮明に甦ってきた。
あんまり思い出したくない記憶だから、できるだけ思い出したくないんだけど......。
ルシファスの存在を知ったのは、記憶と両腕を失っていた幼い頃の僕がルルーデさん達に保護された直後。
あれはルルティアが作られるきっかけとなった出来事だった。
クライマックスの展開だけ先に言うと、僕たちは一度ルシファスを従えていると自称する最上位精霊体『悪魔』に、ほぼ殺された。
その時、僕の中に宿っていた精霊王の力が解放されて、その場で倒れていた瀕死のルルーデさん、ピツィリア、エラフリス、ディック、マキナを蘇らせることができた。それ以来、僕たちの間には精霊魔法的な繋がりがある。
蘇らせる際に必要だった膨大な量の霊素を、霊脈から無理やり引っ張ってきたところ見事カントリーピラーが発生してしまった。それに関しては、社会的地位が高かったルルーデさんの手柄とした方が何かと都合が良かったため、そのカントリーピラーは暫定的にルルーデさんの管轄下に置かれ、その後晴れて『ルルティア』という国になりましたとさ......というのがこの国の成り立ち。
霊素を無理やり引っ張った、とは言ってもゼロからではなく。元々微弱ながら霊素が湧いていた場所で起こった出来事だったため可能だったのだろうと思っている。
その元々あった霊源に住み着いていた獣人族たちというのが、ルルティアの初めての国民達であり、ディックとマキナの同郷者である。
蘇らせた時に勢いが余ったのか、エルフ族の3人は魔人とされる伝説上の種族『ハイエルフ』。獣人族の2人は過去に事例がなかったので、それぞれ『キングワーウルフ』『クインケットシー』という種族名を付けた。
魔人は、魔獣と同じく精霊魔法に特化した能力を持った新人類のことを指す。
僕みたいに体に精霊を宿して力を得ている場合もあるけれど、こっちは『精霊憑き』と呼ばれていて魔人ほど珍しくない。
ただ強力な力を持った精霊と契約できる人は希少で、見つかれば大抵が精霊騎士団にスカウトされる。
「ウチらの国を壊してくれたんも、な」
きつく噛み締めた歯の隙間から言葉を絞り出したミヤビ。悪魔のせいで崩壊してしまった街を思い出しているのだろう。
あまり気分がいい話ではない。
必要な分だけ昔話を引き出したところで、ルルーデさんは話しを戻した。
「ルシファスの行動が活発化していることを懸念した団長は、私を中央都市の近くに置いておきたいのだろうさ」
「精霊騎士団の団長さんが? 事情は分かったけど、ルルーデさんはどう返事したの?」
「保留にしてある。時間はあまり貰えなかったがな、この会議が終わったら返事をすることになっている」
「どうして?」
「これは私1人の問題ではないからだ。引き受けるにしても、少し条件を出そうかと思った....ノル。君を騎士大に通わせることをね、そうすれば私と離れずに済むし....」
「なるほど、労せず世界を見ることができるね」
「そういうことだ」
「それは危険! 人が多いところに行ったら、ノルの秘密が広まるリスクが増す!」
これまでずっと空気していたクァインだったけど、僕の話題になった途端に血相を変えて参加してきた。
この場にいる人は全員、僕の力の源とその制約を知っている。
クァインは僕が、精霊王を宿した宣託者であることが大勢の人に知られてしまうことを恐れているのだ。
「心配してくれてありがとうクァイン。でもこれは好機だよ。それに僕は、大勢の人たちに危険が迫っていることが単純に見過ごせない。騎士大に行けば、何かできるかもしれない....僕1人でも行くよ」
ハイリスク、でもハイリターン。僕はそう判断した。
「それはもっとだめ! 私はノルの腕。私の人生はノルに捧げると誓った。貴方が行くのなら、私はいつもどこにでも着いていく」
「ルルーデさん」
「分かっている。お前たち2人は私の愛弟子だ、クァインのこともよく知っている。勿論、それも条件に入れる予定だったよ」
さすがルルーデさん。僕たちの親代わりであり師匠、考えをよく分かってくれている。
* * * * * *
会議を終えたルルーデは、協力して夕食の支度を始めたみんなと別れて精霊騎士団長に連絡を取った。
条件付きで招集に応じることを伝えた。
「......というのはどうでしょう、団長」
《んー、いくら俺でも入学は無理だ。お前も分かっているだろう? 騎士大は厳格で高度に政治的な場所。不正入学や編入は不可能だな》
「そこをなんとか」
《絶対の条件なのか?》
「絶対の条件です」
通話越しに、騎士団長が頭を抱えたのが伝わってきた。
《......ううむ、お前がそこまで言うってことはワケありだな》
「............」
《それでも入学は無理だ。ま、できるとすれば....今から受験生の中にねじ込むくらいだ》
「受験料の免除も」
《おまっ! そのくらい自分で....まあまあ金もってるだ..》
「免除も」
《....っきしょう、この銭ゲバエルフめ! 足元みやがって。分かったよ。受験料免除の特待として入学試験者に加えておく。今日中に詳細を送れ》
「感謝します。それでは私も要請に従うことを約束します」
《もし......もしもその2人が落ちても、やっぱやめたはナシにしてくれ、よ?》
「しませんよ精霊に誓って」
《そりゃよかった。あ、先に言っとくがな、試験結果には俺も口出しできないからな。騎士大の試験内容は中央評議会の息がかかっている。俺が手を貸せるのは、スタートラインに立たせるまで。オーケー?》
「十分ですよ」
試験さえ受けられれば2人なら必ず入学できる。あのルルーデ・アミグダリアがそう確信している様子だ。
《やけに自信満々だな。噂によると、今期の試験は例年と比べてかなーり厳しいものになる、って話だぜ?》
予防線を張っているというか、相変わらずな騎士団長の態度に少し嫌気がさしてきたルルーデは、彼を一言で納得させるパワーワードを口にする。
「その2人は、私の弟子です」
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。