1−4 職人の国『ルルティア』
よろしくお願いします。
「ああ。今回参加した中央評議会で、長い間空白だったルルティアの『生業』が決まった。これによって、我が国の開国期は終了。正式に世界から7つ目の国として認められたよ」
「そうですか。それじゃあせっかく開拓した農地も潰さないといけませんね。やっと安定生産に漕ぎ着けた所だったので、ちょっと勿体無い気もしますが」
「あ? なんでだよ、そのままにしておけばいいじゃねーか」
ディックが何気なく放った言葉に室内は一瞬シン....となった。
みんな彼の人柄をよく知っている。まったくこいつは、という無垢な子供に向けるような苦笑を浮かべている。
妹であるマキナは、兄の失言を受けて口元を引きつらせ「え....」と思わず声を漏らした。若干ひいている。
「兄さん....もしかして、知らないの? 世界を管理してる中央都市セントブレインから、正式に『国』として認められたってことは、生業制度の対象になるってことなのよ。だから食料自給率を下げて、輸入に頼らないといけないの」
「え〜? なんでそんなことしなくちゃいけないんだ。勝手に作りゃいーじゃん」
「なんのために....まるで小学生の質問だな」
うわ、ルルーデさんのあんな表情初めて見た。
懐の深い年長者まで呆れさせるなんて、ディック恐ろしい子!
「戦争を防ぐためだ。君をルルティアの代表に任命した頃、一通り教えただろうに」
「うぐ....すんません。先生」
呆れるルルーデさんに、「バカな兄でごめんなさい」という視線を送るマキナ。ルルーデさんは「本当に苦労しているんだな」という哀れみの表情で応えた。
「仕方がない。これは最も大事なことだ、この場でもう一度教えるから必ず覚えなさい」
「は、はい!」
ディックは後が無いと本能的に察したのか、毛をブワっと逆立て慌てて背筋を伸ばした。
「セントブレインが認める、我が国を含めた7つの国家には、どういった共通点があるかは分かるね?」
「も、もも、もちろんです。カントリーピラーを保有していまっす!」
「そう。ほぼ無尽蔵に霊素を放出するカントリーピラーは、霊素がなくては文明を維持できない現代社会において貴重なエネルギー源。放っておけば戦争の火種になり得る、諸刃の剣なんだ。誰もがその無限のエネルギーを手に入れて、生活を潤そうとする」
「だから。それがどこに有ろうと、発生さえすれば麓には必ず国が成る。まさに国を建てる柱『国の御柱』という訳......で、そんな薬にも毒にもなるとんでもないモノに対して、人類がどんな対策を取ったか分かりますか、にいさん?」
「あー....あ、それが生業制度、だな!」
ディックはドヤ顔で答えているけれど、これは勉学を教わり始めたような子供が真っ先に教わるレベルの一般常識。さすがのルルーデさんもこれには深いため息をついた。
「はぁ、よくできました。そう。カントリーピラーを保有する国は、セントブレインの行政機関『中央評議会』によって国ごとに違った生業が与えられて、専門の生産物を決める。同時に生業以外の自給率を制限する。例えば、食料生産は飽食の国『ハーベスタ』の生業であるため、食料品はハーベスタからの輸入に頼らないといけない。逆にハーベスタは食料以外の生産物を制限されている。そうすると、どうなると思う?」
「あ、戦争なんかしてもデメリットしか無い!」
「そうだね。もしハーベスタが他国を侵略してセントブレインを敵に回せば、輸出入が即座にストップして、ハーベスタは食べ物以外が何もない国になってしまう」
「もしお上の言うことを聞かない悪い子がいたら、あたしたち精霊騎士団がお仕置きしちゃうんだから。我々は世界の盾であり矛であり、警察でもあるのだ」
「あるのだ」
ふんぬと胸を張るエラフリスとピツィリア。
ああやって無邪気に振る舞っているけれど、あれでうん百歳なんだよね。ルルーデさんもそうだけど、全く見えない。
「そうやってこの世界......人が作った社会は平和を保っている。理解してくれたかな?」
「はい先生分かりましたです」
「それでルルーデさん。僕たちの生業は何に決まったの?」
「ああそれなんだが....ミヤ」
ルルーデさんは意味深な視線をミヤビに向けた。退屈な講義に心底退屈していた彼女は、旅立ちそうになっていた意識をゆっくりと会議に戻した。
「........? なんやルル」
「若干不本意だがな、ミヤが連れてきた移民....職人集団が決め手になったようだ。みんな。我々はこれから『職人の国ルルティア』と名乗る」
それを聞いたミヤビの耳がぴょこっと跳ねた。珍しく感情が昂っている様子が見て取れる。心なしか瞳が潤っているようだ。
「ほんまか....ああ、嬉しい、嬉しいわ。こんな日が来ることになるとは。おおきに....おおきにな」
ミヤビがかつて守っていた街は、伝統工芸品を手作業で生み出す職人達を彼女自身が集めて作った街だった。『良質だが高価で不便』と言われ文明の発達に取り残され行き場を失った技術を、ミヤビが気に入って守っていたのだ。
つまり今は、そんな腕ききの職人たちがルルティアに大勢いるということ。上手く成長を続けられれば、その名に恥じない国になれるだろう。
「ざ、ザラにもなく素直に喜ぶな....どう反応していいか困る」
ルルーデさんとミヤビは人間の尺では計りきれないほど長い付き合いらしい。
と言っても2人の性格上、からかって、からかわれての関係のようだけど。珍しくしおらしい反応のミヤビに、ルルーデさんは戸惑っているようだ。
この生業なら、生産物は主に『高所得者向けの高級な嗜好品』ということになるだろう。それに国王家や高位貴族に好かれる国になりそうだ。なかなか安泰だと思う。
ミヤビは本当に念願叶ったり、という気持ちだろう。
「まあ、そういう訳だから、これから輸出入に携わる各国職員の移民が増えて、住居や物流拠点を建てていく必要がある。農地からの転用は必須だし、まだまだ密林を開拓して土地を増やす必要があるくらいだ。これから忙しくなるだろう。みんな力を合わせて頑張ってほしい」
僕たちの国はこれからもっともっと大きくなる。自分たちで育ててきた国の行末に思いを馳せ、会議室の中は静かに熱意がこもったような気がする。
ふとルルーデさんの表情に影がさしたのはそんな時だった。
「....っという時に、正直、言い出しにくいのだが」
いつもきっぱりとしている口調はどこへやら、珍しく歯切れが悪いルルーデさん。
「うん、なに?」
「私は、しばらくルルティアを離れることになるかもしれない」
「どうして?」
「ああ、実は精霊騎士養成大学校の特別教導官に誘われてしまって....断れそうにない」
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。