1−3 秘境の国ルルティア
よろしくお願いします。
密林の奥地に成った秘境の国『ルルティア』。
首都という概念はまだないが、将来首都と呼ばれるであろう中心の街は目覚ましい発展を続けている。
外敵から街を守るための大規模な外壁建造工事。移民の増加に伴う、街の拡張工事や建築工事。鬱蒼と生い茂るジャングルの開拓工事......etc。
開国から10と余年が経過した新国は、今もなお、発展途上国特有の喧騒と活気に包まれている。職人の怒声、工事の音がやむ日は無い。
そんななルルティアを統治している代表者が住まう領主邸は、切り立った断崖の中腹に処を構えた三階建ての邸宅である。その見晴らしは素晴らしく、扇状に発展していく街の様子が一望できる。天気が良ければ領地内にある森精霊の街まで見通せるほどだ。
元々この土地には、多様な獣人族が寄り集まってできた中規模の集落があった。現在のルルティア領主邸は、その頃に集落をまとめていた一族の邸宅をそのまま流用しているため、一国の長が住む施設にしては少々手狭である。国の規模拡大に応じて改築を検討中だ。
もっとも、近年はそんなことには手が回らないくらいの忙しさだった、とも言える。
「......以上が食料生産部からの生産報告でした」
この日。ルルティア領主邸の大会議室、兼食堂の広間では臨時の首脳会議が開かれていた。
美しいブロンドの髪色をした猫人族の少女が報告を終えて着席した。
「ありがとうマキナ。とても分かりやすく纏めている。助かるよ」
「いえ、ルルティアの運営を任された身として当然の務めです。ルルーデさん」
「まあ、そう肩肘を張るな。君が領主っていう訳でも無いんだから」
そうマキナを気遣っているのがルルーデという名のエルフ族の女性。名義上ルルティアの代表であり、この国を立ち上げた人物。
手入れが行き届いた艶のある栗色の長髪は緩やかにウェーブしており、シュッとした輪郭にバランスの取れた目鼻立ち。誰もが羨み振り返る、まるで理想の女性像のひとつを体現してるかような容姿である。
圧倒的大人の風格を纏った大エルフ族のルルーデ。彼女に気遣われたマキナは、溜まっていた不満を吐き出すように大きなため息をついた。
「......はぁ〜〜〜。領主がもっとしっかりいていてくれれば、そうします。あのノリと勢いだけで生きている、愚かな兄を補佐する身にもなってください。あの男、仕事をほっぽり出してしょっちゅう出かけるんですから」
あまり人前では本心を出さないマキナでも、ルルーデの前ではよく本心を吐露する。
この場にいるはずだった人物に頭を抱えるマキナ。ルルーデはすっかりと苦労人が板についてしまった少女に同情の視線を向けて苦笑を漏らした。
「ふふ。まあ彼にも良いところはある。人に寄り添う、人情深いところはとても好ましい。いざという時の思い切りもいい。ディックが上に立ち、マキナが支える。理想の体制だと思うよ。本来なら私が2人の苦労を負うべきなのだろうが......面倒をかけるね」
「い、いえ。ルルーデさんにはもっと重要なお役目がありますから。それに中央評議会との橋渡しをして貰っているだけでも、十分すぎるくらい助けられています」
「それこそ当然の務め、だ。適材適所とも言える。そっちは私の方が顔が効いて都合がいい。気にすることはない」
「なにせ元精霊騎士団の序列二位、ですもんね」
そう言うマキナは少し誇らしげだ。
ルルーデはちょっと複雑な笑みを浮かべた。
「ただ長いことやっていただけだよ」
大方の打ち合わせが済んだところで、近況報告を含んだ雑談にシフトしていた。
久々に和やかな談笑を楽しんだ2人。
頃合いを見計らってマキナが立ち上がった。
「そろそろ、みんな到着する頃ですね。あたしお茶の準備してきます。何人分あればいいですか?」
「ああ、今日は重要な伝達事項があるから全員に首席してもらう予定だ」
マキナは全員と聞いて思い当たるメンバーを指折り数え始めた。
「えっと、全員というと....あたしとルルーデさん。ノルにクァイン。兄さんと、ミヤビ様もですかね。6人分でしょうか」
「いや8人分頼むよ。うちの妹分たちも呼んである」
「ピツィリアさんとエラフリスさんもいらっしゃるんですか? やった、久しぶりにお会いできます。じゃあ準備してきますね」
「お願い」
隣の厨房へ向かったマキナを見送るルルーデ。不意に窓の外に目をやった、そこからは街の様子がよく見える。
「まさか、この私が国をつくるとはな....長い人生、本当に何があるか分からないものだ。エルフ族の私が、獣人族を束ねた国をつくるなんて、思ってもみなかった」
遠くに視線を送ったままルルーデは感慨深げに呟いた。
それから全員が揃うまで、そんなに時間はかからなかった。
* * * * * *
「全員が揃うのなんて何年ぶりだろう。みんなの顔が見れて嬉しいよ」
僕は席に着くなり、嬉しくてつい口を開いてしまった。
今回の首脳会議にはピツィとラフリも出席している。
随分と久しぶりに顔を見た気がする。
流れるような長髪の下から、静かな眼差しを向けて微笑んでいる方がピツィリア。
短髪でカラッとした笑顔を向けてきている方がエラフリス。
容姿も性格も対照的な2人だけれど、驚くことに世にも珍しい双子のエルフ族。ルルーデさんとは古くからの付き合いで、姉妹のような関係にある。
性格は真反対ではあるけれど、僕に対してやたらとスキンシップを取ってくるところは良く似ている。
屋敷だろうと街中だろうと、見つかったらとりあえずホールドポジションを奪い合うのはそろそろやめて欲しかったりする。
「......ふふ」
「やっほー」
目が合うと2人とも笑顔を向けてくれた。
現役の精霊騎士、それも十番級騎士。それなりに忙しいだろうに。それだけ、今日の会議は重要なのだろう。
「そういえば主人様よ、聞いたえ。はぐれ魔獣をまた拾ってきたようやないか。この街に動物園でも開くつもりかの」
本題に入る前。思い出したように小言を言ってきたのは、金色の髪色に狐耳をたずさえた妖艶な女性。ミヤビだった。
今は普通の狐人族のように振る舞っている彼女だけれど、その正体はこの世界で最も恐れられ、力を持った存在とされる最上位精霊体に分類される『九尾狐』。
数年前。
ミヤビがまとめていた辺境の街で大きな事件が起こった。
偶然、僕やルルーデさんが街にいて一緒に戦ったのだけど、残念ながら街は壊滅してしまった。不幸中の幸いにも、住んでいた人たちを救うことはできた。
そしてその住人たちは移民としてルルティアに受け入れた。その一件で僕たちに恩を感じ、ミヤビは僕たちの味方をしてくれている。
僕に至っては主人と言って敬ってくれている。格上の実力を持った人物に慕われても、分不相応な気がしてむず痒いだけなんだけどな......。あと、機嫌を損ねたら喰われてしまいそう。
「うん、ごめんね。またミヤビの所に引き取って貰ったよ」
「くすっ。そないな言い方では、許してあげられへんな」
ミヤビはいたずらっ子のような笑みを浮かべて僕を見ている。
「また面倒を見てもらってありがとうミヤビ。助かっているよ」
「はっは、よいよい。主人様の頼みとあっては無碍にはできん。それに、そなたが連れてくる魔獣は、みなよう懐いておるで、逆に助かっとるくらいや」
「じゃあなんで嫌味を言ってきたのさ」
「あないなもん嫌味に入るかいな。主様をからかうんが、ウチの数少ない楽しみやさかいな。こみにけーしょん、いうヤツや」
ミヤビほどではないにせよ、狐人族にはからかい好きな性格が多い。
人の生活圏に出てきてしまった魔獣は通常なら、精霊騎士団に依頼して駆除してもらうもの。でも僕はそれが可哀想に思った。だから可能な限り保護をするようにしている。
ミヤビの部下には狐人族の魔人がいるので、その人に面倒をみてもらっている。
魔獣は一度懐いてしまえば、精霊魔法が使える労働力として役に立つ。ギブアンドテイクというやつである。
「食料は有限なんですけれどね....まったく、兄さんがついていながら、なんでまた....」
魔獣は精霊魔法が扱えるというだけで基本は僕たちと同じ動物。精霊体であるミヤビと違って、生きるためにも、腹が減れば食うものは食う。
食料の生産から備蓄まで、一括管理しているマキナには悩みの種になっているようだ。
「ごめんねマキナ。でも仕方がなかったんだ。フォレスティアの街中にまで入り込んできて、選択肢が無かった。人里に迷い込んだからって殺してしまうのは、やっぱり可哀想じゃない。元々は人間の方から侵略したのにさ」
「あっ、ごめんなさっ....ノルを責めたい訳じゃないの、ほんとに」
マキナは焦った様子で僕に弁明をした。
そこでルルーデさんが立ち上がり、マキナの肩にポンと手を乗せた。
「ふふ。今までルルティアの台所事情を支えてきてくれて、ありがとうマキナ。だがこれからは、君が頭を悩ませなくても食糧難の心配は無くなる」
「ルルーデさん? ....じゃあ」
「ああ。今回参加した中央評議会で、長い間空白だったルルティアの『生業』が決まった。これによって我が国の開国期は終了し、正式に世界から7つ目の国として認められたよ」
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。