4−10 精霊魔法を極めた者
よろしくお願いします。
貴賓席から優雅に望める眼下の決闘場では激しい撃ち合いが始まった。
「……ね、ねえねえエスニ、エスニ! なになに、さっきの。何が起こったの!? 完全に当たってたよね。ねえ!」
アルトは先ほどノルがどうやって雷撃を回避していたのかが理解できず、ワンテンポ遅れてエスニに説明を求めた。
しかし問われたエスニも見極められ無かったのか、それともただ戦いに注視しているのか、アルトの問いに答えようとしない。
「ははっ! やってくれたなノルめ。あのような方法で相手の精霊魔法を見極めるか」
アレクサンドラは愉快そうに手を叩いて笑った。
「どういう事ですか、会長?」
「コーティングを囮に使ったのだ。そして攻撃が逸れなかった。つまり、アレは厳密には雷では無い」
アレクサンドラの断片的な説明を聞いてエスニはようやく理解できた。
「ああ……なるほど。そういう事でしたか。流石はアレクサンドラ会長です」
「んん? どーいうこと」
「精霊魔法には大きく分けて二つの種類があることは知っているだろう」
「バカにしてる? それは流石に知っているよ、基本だもん。物体に霊素を通して操る物理魔法と、霊素のみで形成された霊素魔法でしょ?」
「あのノルって新入生はそれを確認したんだ」
「いやだから、ソレがどゆことって言ってんの」
「普通の四属性魔法だと大きく戦闘には影響しないが、雷撃魔法だと話が違う。雷そのものなのか、雷を模した攻撃なのか。判断を誤ると致命的なミスに繋がりかねない」
「はぁー、なるほどなるほど。そういう事ね」
「オーキナーさん、本当に分かりました?」
アルトの投げやりな返事が気になってシエンタがつい口を挟んだ。
「うん、大体は。でも本物の雷なんて危なっかしすぎて扱えないじゃない。ましてや戦闘に使うなんてさ。だからあたしは初めから霊素魔法だと思ってた」
「お前のそういう直感的な判断も大事だが、そればかりに頼っているといつか足元をすくわれるぞ」
「おーきなお世話だよ!」
「アルト会計は直感的に見えて案外論理的だ、観察能力もある」
「か、会長。どういうことですか?」
「本物の雷撃を放つとなると、狙った標的に向かっていくようにするためには高度な技術が必要になる。それができなければ術者本人に襲いかかりかねない。恐らくアルト会計は、彼がそこまでの術者でない事を見極めての判断だろう。そういう裏付けがあっての勘は頼ってもいいと、私は考えている」
「さーすが会長! お強い上に頭脳明晰でいらしゃる。すりすり〜」
褒められたアルトは嬉しくなり、アレクサンドラに擦り寄って甘え始めた。
「こ、こら! 会長に対してそれは、失礼だろう!!」
「構わんさ。シエンタ書記も来るかい?」
「……へ? で、では、お言葉に甘えて」
どうやら今のアレクサンドラは相当に機嫌が良いようだ。
何かの冗談のつもりか、美女をはべらせて遊んでいる。
「あ……ああ、あ」
そんな百合の園となった貴賓席を見て、エスニは口をあんぐりと開けた。顔も真っ赤だ。
「……羨ましい?」
「そ、そんな訳ないわ、バカモン!!」
「はっは。そうだな、冗談はこれくらいにしておこう。あの電撃が霊素魔法によるものならば、霊力は
そう長く保つまい。そろそろ決着がつくはずだ……刮目しようじゃないか」
* * * * * * * * * *
「はぁ……はあ。不可解だ、非常に不可解だ」
「……どうかした?」
激しい撃ち合いをする中で、レクススは抱いた疑問をぶつけずにはいられなくなった。
「君の戦い方は規格外。それは十分に理解した。しかしどうにも解せない事がある。聞いても良いだろうか」
霊力を使い果たしそうになっているギリギリの気力。息も絶え絶えに問う。
「うん、別に構わないよ。答えるかどうかは内容によるけれど」
「君の底知れない霊力の根源は……」
「企業秘密」
「だったら、これだけでも教えてはくれないか。なぜ基礎的な霊素圧縮系魔法だけで戦闘を進める!? 君の属性はそんな必死に隠すようなレアなのかい?」
精霊魔法を覚える時。まずは霊力の扱いに慣れるため、霊素を圧縮させるだけのシンプルな精霊魔法から始める。
しかし、霊素圧縮魔法は霊素効率が悪い。それだけだと大した威力にはならない上に、人が精霊魔法を扱う力である霊力を浪費してしまう。霊力は筋力と同じで、疲弊があり限界がある、有限なのだ。
なので大抵は霊素効率を重視して、適性がある四属性精霊魔法にフォーカスし修練を積むのが一般的である。
だからノルのように霊素圧縮魔法のみで戦う戦闘スタイルは、おいそれと大勢に見られてはいけないようなレアな属性であるか、アレクサンドラのように圧倒的な実力者が手の内を隠しているか、そのどちらかしかないのだ。
「うーん、そうだな。できるだけ属性精霊魔法を使わない、っていうのは師匠に禁止されてるからなんだけど……」
ノルは考えた。
ルルーデの教えで属性精霊魔法を無闇に使わない事を約束させられている。
その約束を軽々に破るつもりはないが、必ず勝ち上がらなければならない精霊戦を控えている上では、今のうちに一回だけでも見せておいた方がいいのでは、という案が頭をよぎった。
「一度見せておけば警戒する。使えないと決めつけられるよりは、使ってくるかもしれないって思わせた方が、力を抑えて戦いやすいよね……ごめん、ルル姉。ちょっとだけ約束を破るね」
「……?」
急に俯いて1人でボソボソと呟いているノルに訝しげな視線を送るレクスス。この間にもわずかに霊力が回復していく。最後の一撃を放つ準備も怠らない。
ノルは方針を固めた。
顔をあげてレクススに宣言する。
「じゃあ一回だけ見せるよ。僕の物理精霊魔法」
「そ、そうか。それは嬉しい」
ダメ元の要望を聞き入れてもらい一瞬だけ顔を綻ばせたレクススだったが、続いた一言と豹変したノルの気配で顔面を蒼白にする。
「じゃあいくよ。多分、死ぬ気で向かってきた方がいい。死にはしないと思うけど、大怪我はするかも」
視界が揺らいだ。
いや、そんな事実はない。顔を振って改めて見るとノルはただ立っているだけ。
でもなんだ、この違和感は。腹の奥底から湧き出てくる、吐き気に似た感覚は。
それが生存本能であることにレクススが思い至ったのは試合が終わったあとだった。
その時は、考えるよりも先に体が動き、ロッドを構え残った全ての霊力を振りしぼって精霊魔法を練って備えた。
「僕が自然の精霊に干渉しちゃうと、みんな喜んじゃって、細かい制御ができないんだよ……えい」
誰にも届かない言い訳を一言添えて。
ノルは霊力を込めた足を一歩踏み出す。
地面に向けて精霊魔法を発動させた。
すると。
ーーズズ……ズズズズズッドドドドドドッドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
ノルの小さな足先から土の膨らみが走り出す。
初めはモグラが地面を這うような大きさだったが、進み続ける間に凄まじい勢いで成長を続けた。
レクススの眼前に迫った時には、身の丈を大きく超えた岩山と化していた。
ゴツゴツとした鋭く巨大な岩山がレクススに向けて迫っていく。
これは、死んだかもしれない。調子に乗らなければよかった。
レクススは防ぐことも、逃げることすらあきらめて棒立ちになった。
危険だ。
ノルの攻撃を興味深く観察していたアレクサンドラは、これが度を超えた攻撃であることを懸念した。
全力で防ぐならまだしも、予想を遥かに超える規模の攻撃にレクススは軽いパニックを起こして無抵抗になってしまっている。
もうこの時点で勝負は決したと言ってもいいだろう。
そう瞬時に判断したアレクサンドラが身を乗り出そうとする。
「私が行く」
「会長待って! 誰かが!!」
アレクサンドラより先に決闘場へ颯爽と飛び込んでいった人影があった。
その優れた動体視力が影の特徴を捉え、導き出した結果に目を見開く。
腰まで届いた真っ直ぐで艶やかな栗色の髪。そして優雅にたなびく髪から覗いているのは長く綺麗な耳。
人間とは違う特徴に反射的に目を奪われてしまう。
凛々しい横顔。キラキラと微かに発光するほど精錬された霊力を纏う人物。
この特徴に合致する人を、アレクサンドラは1人しか知らない。
華麗なる乱入者はノルが放った攻撃魔法との距離を一気に詰める。
その勢いのまま手をかざして唱えた。
「自然へ帰りなさい……分解」
瞬間。そこに大きな岩山があったことが冗談だったかのように精霊魔法が分解した。土と霊素に別れて霧散してしまった。
レクススはバサバサっと大量の砂やら土やらを被ったが、それで怪我をした様子は無さそうである。
「聞いたことがある。精霊魔法を極めた者と戦う場合、一定以下の霊素密度では勝負にならない。魔法が全て無力化されてしまうと……こうも見事に見せつけられると、それが事実であると納得してしまうな」
アレクサンドラは思わずガラスに額を擦り付けた。
子供のようにキラキラした眼差しで突然舞い降りた伝説の人物を見つめた。
「元精霊騎士団序列二位にして、歴代最強の精霊騎士……ルルーデ・アミグダリア・レド・ジエル卿その人だ、初めて直に見た」
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




