3−16 とある最高位精霊体
よろしくお願いします。
露天風呂で戦闘を繰り広げていたはずの3人は動きを止めた。
クァインとアレクサンドラは剣を交えたまま、ノルは圧縮霊素弾を今にも放とうかという所で。
「………一応聞くが、これは君たちの仕業かな?」
「そう聞いてくるっていうことは、アレクサンドラさんの仕業はないみたいだね」
短いやり取りで状況を確認し合ったノルとアレクサンドラは一旦矛を収め、周囲を警戒することにした。
見渡す限り真っ白い無の空間。建造物や地形が一切無い、無機質極まりない場所。
何らかの干渉を受けた。緊急事態であることは把握できたがそれ以上の情報が無い。
3人は無言のまま、示し合わせたように自然と一点に集まり三方を警戒し始めた。
「ここは現実か?」
「現実では、あるみたいだよ。精霊魔法で作られた空間じゃないかな」
「転移させられたか」
「……ううん。空間を上書きされただけかも」
「空間の、上書き? そんな精霊魔法は聞いたことがないな。それだけ強力な精霊魔法を、なんの予兆もなく展開できるものなのか……」
「人間には、無理かもね」
「人間でなければ可能であると?」
「そう。例えば………」
ーーー質素な所でお迎えしてしまい申し訳ありません。ようこそ、我が箱庭へ
「最高位の精霊体、とかね」
いつからそこにいたのか分からない、意識の外から声をかけてきた存在をノルはゆっくりと見上げた。
ノルだけはその人物を知っている。忘れるはずはない。
「クァイン、僕から離れないで」
「うん」
クァインはいつもより一層ノルに身を寄せた。戦闘中の高ぶった体温が伝わる。
こっそりと彼女の様子を伺ったノル、とりあえず精神干渉とかは受けていなさそうで安心した。
視線を戻し、記憶と相違がない相手であることを確認する。
褐色の肌に短い金髪。人間のものと同じでありながら異彩を放つ邪悪な金色の瞳。
あらゆる生物を射殺してしまいそうな冷徹さを孕んだ眼差し。しかし表情は穏やかで、誠実そうな人相の端正な顔立ちをしている。
長身の体を覆い隠している長いポンチョのような漆黒の衣は、端がボロボロで所々が千切れている。だが気品あるこの人物が纏っていると、まるで前衛的なデザインをした舞台衣装のようだ。
そして何よりも特徴的なのは、人ならざる者の証。背中に携えている一対の大きな黒い翼である。
3人は身構えたまま動けずにいた。
明らかに住む世界が違う。好戦的で常に強者を求めているアレクサンドラでさえ、怖気を感じえずにはいられない。
だがアレクサンドラは、近い将来に精霊騎士団員となり命をかけて人々を守る決意をしている身。どんなに恐ろしくともここで引く訳にはいかない。ノルとクァインを庇うように一歩前へ踏み出した。
「ガーデン、と言うにはいささか殺風景が過ぎるようだが……察するにそれは精霊魔法の名だろうか」
金髪の男は質問を投げかけてきたアレクサンドラを空中から見下ろした。品定めするように鋭い視線で一瞥する。
判定の結果、アレクサンドラは会話をする水準に足りていたのだろう。彼はにっこりと微笑んでその質問に答えた。
「ええ、そうです。これは空間創造魔法『王の箱庭』。隠密重視でなければ、もっと素敵なお庭へご招待できますよレディ」
今度は口を開き、肉声で声を発した。外見通りの優しげな声色だった。
とりあえず会話はできる……する意思があるようだ。
アレクサンドラは生存本能を刺激されながらも何とか踏みとどまり平静を装った。
つーっと汗が首筋を滴っていくような感覚がした。
「その瞳、その翼、そしてこの圧倒的な霊力。とある最高位精霊体の特徴に付合する。まさか………」
「せっかくお越し頂いたのです、お茶でもいかがですか」
男はそう言うと地面にゆっくりと降りてきた。
そしてノルたちとは反対の方向に歩き出す。すると不思議なことに人がいる周囲にだけ草花が出現した。
さらには霞が晴れていくように、テーブルセットがしつらえられたガゼボが姿を現したのだ。ずっとそこにあったのに、ただ見えていなかっただけであるかのように自然と。
アレクサンドラたちが驚く間も待たず、男は優雅な所作で何も無い空間からティーセットを取り出す。慣れた手つきで紅茶を淹れていく。
「私はルシファーと申します。人間たちが最上位精霊体と定義している悪魔という存在です」
ついに男は、なんてことない挨拶をするかのように驚嘆の事実を口にした。
「……………」
流石のアレクサンドラも表情が強張る。
最上位精霊体というのは自然災害そのもの。人類が戦う前提をしていない相手である。
正規の精霊騎士といえども普通に生きていて生涯で出会うことはほぼ無い。
「少し、お話しをしていきませんか」
アレクサンドラはノルと顔を見合わせた。
選択肢など、はなから用意はされていないだろう。
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




