3−15 舞い降りる悪夢
よろしくお願いします。
湯気が晴れ、僕たちは初めて直接対峙した。
昼間にはあれだけ激しく凌ぎを削った相手だから少し不思議な気分。
全力で戦うという行為は互いにやり取りする情報量がとても多い。下手に会話するよりよっぽど相手と通じ合うものだ。
そのせいか不思議と初対面という感じがしなかった。
顔立ちは、凛々しいながらもあどけなさが残った年頃の少女。しかし実力に裏付けられた自信からか大人びた余裕の笑みを浮かべている。
絹のように透き通った澱みのない白髪。燃えるように真っ赤な瞳が印象的で惹き込まれる。クリクリとしており、好奇心で輝いているからなおさら魅力的に映る。
「媒体無しであれだけ強力な精霊魔法を発動できるなんて、まさか騎士候補生の中に精人がいるなんてね。それとも貴方レベルの候補生はザラにいるのかな?」
「私はアレクサンドラという。失礼、紹介が遅れた、最近は自分から名乗ることが少なくてね。エスクエラ内での精人は私だけだし、今は私が1番強い」
要するに名乗るまでもなく名が知れ渡っている有名人で、騎士候補生で最強の人物。
威張る風でもなくさらっとそんなことを言う。きっとその事実には興味が無いのだろう。
「そっか、安心したよ」
「ノルくん、君はなぜ杖も持てぬその体であれだけの精霊魔法を扱える。君も精人なのかい」
「さあ、どうなんだろう。分からない」
「分からない? ふふ、面白い答えをするものだ」
「僕はルルーデさんから、媒体に頼らない精霊魔法を教わって、それをなんとか習得したに過ぎない。杖を使わずに精霊魔法を操れる人が精人の定義なのだとしたら、僕はそうなのかも」
「……いや、違うな。精人とは精霊と契約しその身に宿すことで、特定の精霊魔法に特化した肉体を得た者のことを言う。君ほど汎用的に高レベルな精霊魔法を操る精人は見たことがない」
「そうなんだ」
「いや待て、エルフ族の師匠……そうか、君は杖に頼れないことで古式精霊魔法を習得したと言うのか、ますます興味深い」
「古式精霊魔法?」
「精霊魔法の起源と言われる原始的な魔法。学術書では見たことがあったが、その使い手に出会うのは初めてだ。もっと質素な魔法と思っていたが……君はよほど才覚に恵まれたのだろう」
そうなのかな? 正直なところ良く分からない。ただそれを否定するだけの情報を持っていないし、そういう事にしておいた方がいいのかもしれない。
「ノル」
「分かってる、クァイン。今回は一緒に行こう」
一次試験では気を失って戦線離脱していたクァイン。今は五体満足で共にいる、彼女が前で戦ってくれれば僕は力を抑えて戦えるだろう。
「前は任せたよ」
「うん」
クァインは嬉しそうにはにかんだ。
「打ち合わせは済んだかな。正直な所あまり時間がない………では早速、行かせて貰うぞ!」
律儀にも開戦のタイミングを合わせてくれていた。どこまで戦闘脳な人なんだ。それとも、一次試験での反省を踏まえたのだろうか。
「……確かに、時間がなさそうだ」
僕は微かな胸騒ぎを抱きつつアレクサンドラさんとの戦闘を開始した。
クァインとアレクサンドラさんが勢いよく剣を交える。その衝撃波によってざわめいた木々の葉擦れの音が、月明かりの夕闇に妖しく響き渡った。
* * * * * * * * * *
「……ははぁ〜」
ハリソンは監視室で思わず感嘆の声を漏らした。
試験の様子を映したモニターを食い入るように見ている。その真剣な眼差しは一次試験の比ではない。
半信半疑が確信に変わった、と言わんばかりの表情だ。
「クァイン受験生。あの子は魔法騎士だったのか」
「今の騎士養成所に、あれだけ効果的に剣技と魔法を組み合わせている候補生はどれだけいますか?」
「一握り……と言いたい所だが、ひとつまみくらいかもしれん」
モニター室にはハリソンとアイシャの2人だけ。今は他の候補生には席を外させ別室で待機させている。
これはひと組の異質な受験生を扱いかねている現れだ。
「これは、凄いですね。剣術動作の中に有効な精霊魔法が自然に組み込まれています」
一次試験の時は剣技のみだったクァインが、モニターの中では剣技の隙を埋めるように精霊魔法を放ち、アレクサンドラと競り合った戦いを披露している。
驚くべきことにアレクサンドラは、その高練度な魔法剣技の猛攻を両手から生み出した熱剣と体捌きのみで凌いでいた。
そればかりか、僅かな隙をついては反撃の動作を入れている。圧縮霊素射撃によるノルの援護がなければ、もう少し形勢はアレクサンドラ側に傾いていてもおかしくはない状況だった。
「あの2人、やはり一次試験では全く本気ではなかった。アレクサンドラ候補生の強さを警戒して、今回は最初から出し惜しみ無しで戦っている」
「2人がかりとはいえ、あのハミルトンと互角にやり合う受験生がいるなんて……この目で見ていなければ信じられませんでした」
「……それには同意だが、でも何だろうなこの違和感。互いにまだ手の内を隠した小手調べのような、余裕をもった戦いに見えてならん」
「怖いことを、言わないでください……」
アイシャにとっては思い出したくもない、ノルの底知れない存在感が脳裏をよぎった。
監視室の2人が溢れる才能に恐怖に近い感情を抱き始めたその瞬間。
ーー……ブッ
モニターに映っていた映像が消えた。
「なんだ、何事だ。今回は大丈夫なはずだぞ!?」
今回は一次試験の時のように、物理的に配置された監視用精霊魔導具を通して見ていた訳ではない。霊素効率の悪さに目をつむり、高度な光学系精霊魔法を使い撮影魔導具無しで試験の様子を監視していた。
精霊魔法の動作に何か不具合が生じたのだろうか。
『待機中のアンダーナイト諸君。映像が途切れた、すまないが誰か至急様子を見てきてくれないか』
ハリソンは別室に控えている候補生に向けて精霊魔法で通信を行った。
『…………』
しかし応答がない。
『誰か、おい聞こえないのか。返事をしろ!』
『………………』
異常事態発生。ハリソンの脳内にカアッとアドレナリンが走り出す。
「アイシャくん試験中止だ、急いで状況を……はあ、く」
アイシャの方を振り向いたハリソンは絶望した。
妖艶な色香を纏った絶世の美女が、気を失ったアイシャを愛おしそうに抱えていたのである。
その姿を視界に収めた時には、すでにハリソンは強烈な眠気に襲われてしまっていた。
「干渉障壁、まにあわな………」
なぜ侵入に気づかなかった。そもそも、あのアイシャですら一瞬で昏倒させてしまうほど強力な精霊魔法の発動を、なぜ一切感知できなかった。
沈みゆく酩酊した意識で、辛くもハリソンは、思いつく中で最も絶望的な答えに辿り着いた。辿り着かない方が良かったと後悔した。
「ちく……しょう。高位………精霊体……だと………」
完全に意識が昏倒するその瞬間まで、その絶世の美女は不敵な笑みをたたえていた。
最後に見た光景がこんな美人なら、まあ悪くはないかとハリソンは思った。
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




