3−9 三色姫
よろしくお願いします。
「やはり、ノル様を信じてよろしかったでございましょう?」
「あ、う、うん.....そう、っすね」
ヤンとマリアンヌは2人で遊戯室に陣取り、守備を固めていた。
元々二次試験が夜中に始まることに半信半疑だったヤンだったが、渦中の今は作戦を立ててくれたノルを信じて良かったと思っている。が、この時のヤンは正直言ってそれどころではなかった。
「だ、ダミーを用意して撹乱する、なんて、ボクには思いつかない。す、すごいよ、あいつは」
ヤンは不自然に言葉が詰まらせている。
彼の態度がぎこちないのは試験の緊張だけではなさそうだ。
体調不良だろうか。心配になったマリアンヌは声をかけることにした。
「どうかなさいましたか? お体の具合でも....」
「いや! その。ボク、ボクは....じ、実は、女の子と喋るの苦手、というか慣れてなくて......」
「うふふ。では、わたくしと一緒、でございますね。わたくしも、殿方とお喋りした経験があまりなく、自信がございませんの。お互い様でございます。どうか練習だと思ってお気楽に.....ね?」
「う、うん。そう......だね」
ヤンは平常心を装っている。
しかし内心では......
(か....可愛い良い良い良い良い良い良い良い良い良い良い良い良い良い良いいいぃぃぃぃぃ!!!!)
発狂しそうになっていた。
(なんですかこの子は、天使ですか!? ボクなんかにも気さくに応じてくれて。しかも今は密室に2人きりなんですよ? 良い匂いが充満しているんですよ? もう....辛抱たまらん!!!)
実はヤンは今、理性と煩悩の激しい戦いを強いられていた。
2人が立てた作戦は篭城。
マリアンヌが土属性精霊魔法で自分たちを覆い隠す土壁を作り、ヤンがその表面に鉄を生成して硬化させ防御力を上げる。防御に振り切って時間を稼ぐというものだった。
その結果ヤンは、お風呂上がりで甘い香りを漂わせた可憐な少女という、思わぬ強敵と戦う羽目になったのである。
否、敵は己自身。思春期盛りの性少年にとって、猛り狂わんとする己が煩悩を押さえ込むことは、なんとも耐え難い所業であろう。
「はぁ....はあ....」
ヤンは興奮が抑えきれないのか、体温が上がり息も荒くなってきている。
「ヤン様....なんだか、暑く、ございませんでしょうか」
「そう、かな?」
興奮しているのは自分だけではないのか? もしかして、ボクたちは両思い.....? という邪な思考がよぎる。
発光する精霊魔法具によって淡く照らされたマリアンヌの顔を、トロンとした目つきで見つめるヤン。気づけば2人とも大粒の汗を滴らせており、充満した女の子の匂いも濃くなってきた。
「お恥ずかしいでございますが、少しだけ、脱いでもよろしいでしょうか....」
マリアンヌはローブに手をかける。
見てはいけないと思いつつも、ヤンは視線を向けることをやめられない。鼻息がさらに激しくなる。
(んふーーーっ! こ、コレは、誘われていルンですかね!? イっても、イイんですかね!!??)
ヤンは理性が限界を迎え、思考を放棄し始める。ブルブルと小刻みに震え出した。
「ここ、こんな、こんな......って、いくらなんでも暑すぎぃぃぃぃいいいいいいい!!!」
ーーボッゴーン!
気がつけば、まるでサウナのように暑い。
2人で協力して築いた防御壁を突き破って、ヤンは勢いよく立ち上がった。
そこで。
「ふむ、ようやく出てきたか。思ったよりも時間がかかった。『北風と太陽』で勝利した太陽も、楽ではなかったようだな」
ビリヤード台に腰掛けて退屈そうにしているアレクサンドラと目が合った。
「あ、間に合ってますー」
ーーチュン....
意味不明な言い訳を残して壁の中に再び隠れようとしたヤンの鼻先を何かがかすめた。
その何かが着弾した壁を見ると、小さな穴が空いてそこから煙が細く立ち昇っている。その香ばしい匂いが鼻をついた。
ヤンの額を冷や汗が滲み始めた。
ビリヤード台の上で足を組み、セクシーな姿勢で腰掛けている相手。
獲物を見るような冷たい眼差しには灼熱の瞳。流るる髪は瞳とは相反する雪のような白髪。そして恐怖に呑まれそうな今でも、魅入ってしまう整った顔。
このあどけない顔立ちの可憐な女性、ヤンは思い当たる人物がいた。
(この魔法、あの容姿....間違いないですね)
「と、三色姫。アレクサンドラ・メイ・ハミルトン....」
自分が今、誰に狙われているのかを理解したヤン。先ほどとは全く毛色の異なる発汗、震えが彼を襲った。
「この霊力は、一次試験の時の....ヤン様は、あの方をご存知なのでございますか?」
「ぞ、存じるも何も。この人は、著名な精霊騎士を何人も輩出しているハミルトン家の令嬢にして、その中でも特に優れた才覚を持ち、騎士候補生でありながらすでにミドルネームを名乗ることを認められた天才。三色姫の異名を持ち、熱精霊と契約した....精霊憑き!!」
ひと息で言い終え荒く呼吸するヤンに、アレクサンドラはペチペチと気の無い拍手を送った。
「自己紹介の手間が省けて助かる」
「ということは、先ほどの異様な暑さはこの方の、熱の精霊魔法によるものだった訳でございますね」
「正面から破るのは面倒そうだったからな。合同魔法とはいえ、鋼鉄を生成するとは見事なものだ。良い強度だった」
「そ、そう....すか? もしかして、ボクも本気で戦えばクイーンと戦え....」
予想外に褒められたヤンは一瞬恐怖を忘れて調子にのる。
しかし、続いた言葉で再び恐怖のどん底に叩き落とされる。
「あれだけ強固に守られたら、破る時にうっかり殺してしまいそうだったから困ったよ。そこで北風と太陽の話を思い出してね」
高熱でドロドロに溶けた鉄に襲われる光景が頭をよぎり、背筋が凍った。
(ありがとう北風と太陽....本当にありがとう!!)
ヤンは人生で初めて童話の存在に心から感謝した。
もし自分に子供ができた時には真っ先に読み聞かせようと誓ったのだった。
「さー、ヤン様。ゴー! でございますわ」
「行けるかっ!!」
むふーと意気込み、幼稚なシャドーボクシングの仕草をしているマリアンヌに思わずツッコミを入れるヤン。
「相手はあのトリコロル・クイーン....熱を自在に操れるという精人なんですよ! まだ候補生っていうだけで、精霊騎士になればどう少なく見積もっても十番台。下手すれば一桁級とも言われてるんです。そんなの、勝負になるわけが....」
「ノル」
「え?」
「ノル....彼は一体何者だ? 知っていることを教えて欲しい」
質問をされているのだ、と気づくのにヤンはたっぷり5秒を費やした。
「こ、答えられません」
「なに?」
「ヤン様....?」
「仲間を....友達を売るようなマネ、ボクにはでき、ません」
ヤンはガタガタと震えながらも歯を食いしばっている。
「ほう、実力の差を知りながら、私に歯向かうか」
ーーブォン....ジジジ..
アレクサンドラは殺気を放ちながら、ヤンの顔面付近に剣の形に生成した熱の塊をゆっくりと近づけた。
ヤンの耳が、頬がヒリヒリと熱せられた。
「すぐに教えてくれれば、痛い思いをせずに済むぞ」
「でぎ....ません」
ヤンは目を剥き、唇を噛み締めている。
その覚悟、必死な形相を目の当たりにしたアレクサンドラは....。
「....っぷふ」
吹いた。
「....え?」
困惑するヤン。
アレクサンドラは笑いながら殺気と共に熱剣を収めた。
「ふふ....ふふふ。すまない、貴様は面白いな」
「え、え? えっと....」
「からかって悪かった。別に取って食おうという訳ではない。我々は彼に注目を寄せていてね、純粋に少しでも情報が欲しいだけなんだ」
「ど、どういう事......ですか?」
「彼は、私から見ても強い」
「......なっ!?」
「........」
アレクサンドラの発言は、ヤンが抱いていた恐怖を忘れるほどに衝撃的だった。
一次試験でノルの力の一端を垣間見ていたマリアンヌは動じなかった。
「だが、その存在、力の根源が不明瞭だ。彼の力が強力であるが故に、対処を慎重にならざるをえない。あれがよく効く薬なのか、はたまた強い毒なのか、この短い時間で見極めなくてはならないのだ....我々アンダーナイトが今回の試験に直接関わっているのも、明日の我が身、我が背中を預けるに足る仲間を、選りすぐる為である。理解したか?」
「そ、そういう事なら....」
「しかしもう十分だ。今日初めて会った者に、ここまで言わせられる人柄だということは分かった。貴様の痩せ我慢に免じて、大人しく引き下がるとしよう」
アレクサンドラはそのまま颯爽と遊戯室を出て行こうとする。
予想外の展開に戸惑ったヤンは咄嗟に。
「こ、これは!? 壊して行かなくて良いんですか?」
と、守っていた小さな木箱を掲げた。
「ああ不要だ」
振り返ることすらせずに立ち去ったアレクサンドラを、2人は呆気に取られた表情のまま見送るしかなかった。
「これ、偽物だっていつバレたんですかね」
《はみ出し小話》
「ところでヤン様、なぜ籠城作戦に遊戯室を選びましたのでございましょう?」
「え.....ええと、狭くて、ごちゃごちゃしていて、相手が攻め辛いかなって、思って」
「確かにですわ。向こうも高価な設備を破壊したくは無いでございますね! ヤン様、冴えていらっしゃいます!」
「え、えへへぇ....」
(い、言えない。大したこと無ければ、ちょっとくらい遊んでいけるかも、とか考えていたなんて....言えない)




