0 始まりの対話
決して派手さはありませんが、身の丈に合った作風を心がけて執筆しています。
ぜひ読んで行ってくれると嬉しいです。よろしくお願いします。
ーーー人間という生き物は欲深いとは思わないかい
僕は対話をしている。
誰と?
ーーー私かい? 私は精霊王。この世の全ての精霊を支配する者だよ
僕は浮遊している。
どこで?
ーーーここ? ここは精霊異界。
ーーー人間達が住んでいる精霊界を観測できて、観測されない空間
ーーー精霊にのみ往来が許された、精霊達の楽園......ま、行き来は決して簡単じゃないけどね
僕は周囲を見渡そうとする。
できない、視界はあるのに肉体がないかのように。
目に映るものは限りなく続く淡い光の空間。
ーーーここはね。肉体、物理法則、時間の概念から解放された空間なんだよ
明らかな異常事態なのに、僕は狼狽えるどころか戸惑ってもない。
むしろ居心地の良さすら感じている。奇妙な気分だった。
ーーー人や精霊や魔獣。精霊界に生を受けるあらゆる者の魂は、この空間で発生して降りてゆく
ーーーつまりは、魂にとって母親のお腹の中にいるようなものだ
思い出せない。僕が誰で、なぜここにいて、何をしているのか。何も分からない。
ーーー君はノルという名前の人間。この精霊異界に迷い込んできて、私が君に興味を持って接触した
ーーーこちらにやってきた衝撃で記憶が混濁しているのだろう
ーーーでも、記憶はもう君に不要なものだ、気にする必要はないよ
そうか。そう言われたら、そうなのかもしれない。
僕はこれからどうなるんだろう。
ーーー私は君を宣託者に選んだ
選択者? それは一体なんだろう
ーーー選択者......ふふ、上手いことを言うね。間違ってはいない
ーーー君はこれから私の憑代となって精霊界に戻る
ーーー人の行く末は、君が見て、感じたままに、選ばれる。正に選択者となるんだ
何を選択するんだろう
ーーー人を滅ぼすかどうか
どうしてそんなことをするのだろう
ーーー人があまりにも欲深い生き物になってしまったから
ーーー人は、世界がまるで自分たちの物であるかのように振る舞っていて
ーーー精霊たちとの共存が危ぶまれている
ーーー精霊の王として、人間をこのままにしておくのかどうか、私は選ばなくてはいけない
どうして僕なんだろう
ーーー君には才能がある
ーーー周囲に染まり、流される才能が
ーーーそして君は知性的かつ理性的だ、環境を理解する頭脳と精神力を持っている
ーーー置かれた環境によって、悪にも、正義にも染まれる
ーーー私はこれから君に大きな力を与える
ーーーそして
ーーー私はこれから君から大事な物を奪う
ーーーそんな君が選んだ未来が、限りなく正解に近いと私は考えた
大きな力?
ーーー精霊を支配し思い通りに操る力を与える
ーーー君は誰にも負けない力を得る
大事な物?
ーーー君の記憶と両腕を奪う
ーーー君は1人では生きられない不自由な体になる
僕が選ぶ未来?
ーーー誰にも負けない強大な力と、何もできない不自由な体を持った君はどんな風に生きるだろう
ーーーそしてその目には、いったいどんな風に世界が映るだろう
ーーー私はそれが知りたいんだ
ーーー知ってから、判断したい
ーーーその方が公平だし......
公平だし?
ーーー退屈しのぎになるだろう?
つまり僕は、世界を作り変えられるほどに絶大な力を持った王様の、大層な暇つぶしに付き合わされることになったのか。
ーーーおっと、大事なことを伝え忘れるところだった
ーーー君が宣託者......つまり私の憑代であることが大勢の人に知られてはいけない
ーーーありのままの人々を見たいからね
ーーーもしそうなったら、その瞬間に審判を下す
ーーー頑張っておくれよ? 私は現時点では、人は滅してしまった方がいいと考えているのだから
僕は人類の救済装置に選ばれてしまったのか。えらいことだ。
ーーーさあ出発だノル
ーーーせいぜい頑張るといい
ーーーこれは、人類の試練であると同時に、君の試験でもあるのだから
また次回もよろしくお願いします!