2−11 何も見ませんでしたわ
よろしくお願いします。
ノルのチームは無事とは言えないまでも、なんとか一次試験通過を勝ち取った。
ベットに横たわっていたクァインが目を覚ました。
それに気づいたノルはすぐに声をかける。
「気がついた?」
「……っ! ノル!」
クァインはガバっと体を起こしたかと思うと、殺気だった様子で周囲の様子を確認した。
ベッド脇にノル。部屋の隅にマリアンヌが座っている。
自分がすでに試験会場にいない事を理解すると、深い息を吐いてゆっくりとベッドに倒れ込んだ。
「ここは医務室、試験は終わったよ….ごめんねクァイン、君を1人で戦わせてしまって」
答える前に、クァインはもう一度体を起こしてノルに視線を合わせた。そしてゆっくりと左右に首を振る。
「怪我は?」
「僕は大丈夫、君もね」
「良かった」
「ほわぁ….おふたりは、長い長いお付き合いなのでございますか?」
「どうしてそう思ったの?」
「いえなんと言いましょうか、お二人の会話には『通じ合っている感』がございまして….お声をかけるタイミングを少々失ってございました」
「あ、ごめんね。仲間はずれにするつもりはなかったんだ」
「当然。私はノルの腕だから」
「腕、でございますか」
「その辺のことはあまり気にしないでいいよマリアンヌ。幼馴染。クァインとは同郷で、昔から僕を手助けしてくれていたんだ」
「なにか、いろいろ事情がおありのようでございますね。もしお互いに合格できたら、詳しくお聞かせ頂きたく存じます」
「ノル?」
「うん、そう。僕たちは、一次試験は通過したはずだよ。でも試験が終わってすぐに医務室に移されて、まだ何の説明もないんだ。僕にもその辺の詳しい状況は分からないよ。とりあえずクァインが目覚めるの待っていたんだ」
と、その時マリアンヌがいち早く何かに反応した。
「ノル様。ちょうど良いタイミング、という奴でございますわ」
くすりと微笑んだマリアンヌの発言から間髪入れず、医務室が何者かにノックされた。
「試験監督官のハリソンだ、入っても構わないかね」
「どうぞ」
ハリソンは医務室に入ってくるなり、ベットにいるクァインを一瞥して無事を確認する。そして驚くべきことに、その場にいた全員に向かって深々と頭を下げたのだった。
彼はミドルネームを持つ高官だ。迷いのない、潔い行動にノルたちは完全に意表をつかれた。
「今回の件は、完全に私の監督不行き届きが原因だ。許して欲しい」
「か、監督官? 許すもなにも、僕たちはまだ、状況をよく理解できていません。とりあえず顔を上げて、説明して頂けますか」
確かにそうだと頷いたハリソン。険しい表情のまま、途中で試験担当の候補生が入れ替わったことを3人に説明した。公正な試験を執り行う上であってはならない不正であると。
「本当に君たちが無事で良かった。これで大きな怪我でもさせていようものなら、など。想像したくもない」
「結果として大事はなかった訳ですし、一次試験にさえ通過しているのなら、僕たちの方は問題にするつもりはありません….ね、2人とも」
「もちろんでございます」
「ノルがいいなら、いい」
ハリソンはホッと胸を撫で下ろした。
「試験の結果に変わりはない、君たちは通過だ」
と告げられると、ノルチームの表情がようやく明るくなった。
しかしノルには、それよりも気が気でないことが一つだけあった。
「その、それよりも。アレ....に関しては、大丈夫ですか?」
「あれ….ああ、ゴーレムを破損させたことか!」
「高そう....いえ、その。作るのが難しそうな、特殊なゴーレムだったと思うんですけど。それに試験会場もめちゃくちゃにしちゃいましたし」
能力をある程度まで解放せざるをえなかったノルは、勢い余ってゴーレムを破損させてしまっていた。さらに言えば、かなり強力な圧縮霊素弾や光線で応戦していたため、会場の壁や天井をえぐってしまったのだ。
「賠償でも気にしているのか? それこそ心配無用だ。むしろ、あれだけの事ができる優秀な受験生を責める理由が見当たらない。試験会場として使用していた、耐精霊魔法構造の研究施設を受験生があれだけ痛めつけられるなどと、我々は想像していなかった。それもこちらの落ち度だよ」
ハリソンは、試験会場に足を踏み入れた時に見せたアイシャの驚き様を思い出して含み笑いを浮かべた。
頑丈なはずの試験会場は穴だらけ。特殊素材で作られていたはずの模擬精霊体は部位欠損をしていた。
アイシャは信じられないモノを見る目でキョロキョロしてずっと放心していた。
「でも、あのゴーレムみたいなもの、相当お高いんじゃ」
「はっはっは。そっちはむしろ、壊されて喜んでいたくらいだ」
「え、ええ? なんで!? でも怒られないなら良かった」
模擬精霊体を欠損させられた研究員は「なぜ!」「どうして!」「彼は一体何者だ!」と興奮しっぱなしだった。今すぐ会わせろ、話を聞かせろ、とゴネる研究員を大人しくさせるのに骨が折れたくらいである。
「良かったかどうかは、分からんがな」
「え? どういう事ですか」
「私は推測でもの言うのは好かない」
「ええ….」
「しかしまあ、目はつけられた….だろうな。厄介な連中から。ま! それはいずれ、分かるだろう」
(あの様子ではきっと、合格してもしなくても、付き纏われるかもしれんな。ならば尚更、こちらで保護した方が....)
ハリソンは無腕の少年が少し不憫に思えた。話の整理がついたところで試験続行についての交渉を持ちかけた。
「君たちの一次試験に関しては、こちらとしても大事にはしたくないと思っている。幸いにも? 決定的な映像記録がこちらには残っていないため、君たちの同意さえ得られれば無かったことにできる」
一次試験の最後に起こったことをノルたちが黙っていてくれれば、箝口令が成立するということだ。自分たちは何もしなかったし、何もされなかったという事にしないか、と持ちかけている。
それはノルにとっても願ってもいないことだった。
「構いません。僕も、僕のことはあまり人に知られたくないので….マリアンヌはどうかな?」
「はい。人にはそれぞれ事情がおありでしょう。問題ございません。わたくしは、何も見ませんでしたわ」
これはマリアンヌなりのジョークだろうか。
そういう扱いができるくらいには受け入れられたのかなと、ノルは少し安心した。
「了解した。私もこの場で君のことについて言及しようとは思わない。一次試験を通過した他の受験生たちは、すでにこちらが用意した宿泊施設に移動して休息をとっている。君たちも可能な限り速やかに合流しなさい」
「はい、了解しました。ということは、明日行われる二次試験の日程に変更は無いわけですね」
ハリソンは「そうだ」と言って頷き、試験の準備に戻るため立ち上がった。退室していく直前。意味深な咳払いの後、明後日の方向を見ながらこう口にした。
「これは….まあ詫びというか、独り言だから聞き流して欲しい。あー、今夜は騒がしくなりそうだ。気をつけて就寝しないとな」
「….はい。気をつけます」
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




