2−10 うって変わって
よろしくお願いします。
「おい見てみろよ、あれ」
「ああ百本指の会場だろ? やるなぁ」
「すげえ、あの腕の無い受験生。ノルとか言ったっけ? 全方位からの襲撃を捌いてるぞ」
試験会場の様子は騎士候補生が待機している研究室でもモニターしていた。
今回の条件では、適正が頭一つ抜けていた『百本指』が担当する試験は、数の暴力で受験生はなす術なく終了すると思っていた。御愁傷様と。
しかし始まってみれば互角に渡り合う混戦。ここまでの善戦はもちろん、巻き返しがあるなど予想だにしていなかった。
両腕を欠いて奮闘していたノルへ哀れみの視線を向ける者はもういない。それどころか自分ならどう戦うかと考えている者すらいるほどだ。
彼らにとってノルはすでに、哀れな受験生からライバルへと昇格していたのである。
純粋に騎士を志す者たちにはロマンチストが多い。こんな逆転劇を見せられて盛り上がらないはずがなかった。気づけば、待機している候補生のほぼ全員がノルたちの戦闘をかぶり付くように見ていた。
「腕が無い、のる.....ノル?」
アレクサンドラは耳に入ってきたワードに思わず反応した。どこかで聞き、いつか出会えればと記憶していた名だ、と。
模擬精霊体に意識を憑依させる装置のコンソール付近で、研究員の仕事を観察していたアレクサンドラはこの時初めてまともにモニター内の受験生を見た。
「あれは....そうか、あの少年がルルティアの」
卓越した霊素コントロール技術。あの状況下で余裕の表情を浮かべられる底知れない実力。
その存在が、自分の記憶と合致した。
彼女は自分から辞退したことを心から悔やんだ。
(手合わせをしたい....!)
アレクサンドラはついにその欲求を抑えきれなくなってしまう。
「研究員殿、提案がある。あの腕のない少年の会場に私を送ってくれ」
「転送魔法....の話ではなさそうだね」
「交代させて欲しい」
「何がキミを突き動かしているのかは分からんが、ダメだ。私も怒られる。たぶん、超怒られる。それに見合った行為とは思えないな」
「私はエスクエラの首席だ。精霊騎士のナンバーズにも引けを取らない実力だと自負している」
「知っているよ。上昇無敗、才色兼備、完全無欠の完璧超人。私の耳に入ってくる、キミを称賛する言葉は尽きない。騎士会長の任期を終えれば、即座に序列騎士へのお呼びがかかるだろう」
「私の、全力戦闘のデータに興味は無いか」
その提案を聞いた研究員は不敵な笑みを浮かべた。
「セムちゃんの限界を見せてくれ。それが条件だ」
* * * * * * * * * *
均衡が崩れた。
僕とマリアンヌの方に10体全てのゴーレムを向けた以上、クァインの相手をしている本体が追い詰められる。
土くれゴーレム2体の援護が無くなった本体は、次第に攻撃を受ける回数が増えていった。
こちらに決戦を挑んだつもりだったのだろう。それが失敗した相手は窮地に立たされている。
タイムリミット……もしかしたら、土くれゴーレムの生成限界が近くなってきているのかもしれない。
どちらにせよ、もう少し粘っていれば僕たちの勝利だ。
今からこの戦況が覆されるとは思えなかった。
僕は取りこぼしが無いよう、目の前の自分の戦いに集中して土くれゴーレムを近づかせないことに徹していた。1対1になったなら、いずれクァインが終わらせてくれる。そう信じて疑わなかったから、変化に気づくのが遅れてしまったんだ。
それは突然だった。ひっきりなしに襲いかかってきていたゴーレム達から霊力が失われたのである。
まるで歩いている途中で絶命してしてしまったかのように、唐突に動きを止めたかと思うと、頭や腕の先からボロボロと崩れ落ちた。
「クァイン、よくや......」
クァインがやった。僕たちの勝ちだ。
僕はそう思って、1人で奮闘してくれていたクァインを労おうと視線を向けた。
その瞬間だった。身の毛がよだつような殺気が襲いかかってきたのは。
「防ぐんだっ!!!」
僕は直感を信じて、ありったけの声を振り絞って叫んだ。クァインの時と同様、僕は滅多に大声を出さない、それだけで強い警告になる。
クァインは即座に僕の警告に反応した。
ーーガィィイイイ....ン!
嫌な予感的中。危なかった。咄嗟に声をかけてなければ直撃していただろう。
本体ゴーレムの目に怪しい光が灯るのとほぼ同時に、目にも止まらぬ速さで反撃を繰り出したのである。トドメを刺しに行ったクァインを大きく弾き返した。
あれはマズイ。さっきまでとはまるで別物だ。
操縦者が入れ替わった? だがそんな話は聞いてない。もしあれが同じ人物だったなら、何かの薬でもうって変わってしまったかのような変貌だ。
本体ゴーレムは現在、手足を動かして準備運動のような仕草を繰り返している。
指示を出すなら今しかない。
「マリアンヌ、敵の位置は分かるね? もう戦わなくていい、逃げるんだ。できるだけ離れて回避と防御に徹していて」
「わ、分かりましたわ」
彼女もただならぬ気配を感じたのだろう。強張った表情で僕の指示を聞くとすぐさま後方に下がって行ったた。
「クァイン! 君も距離をと....」
ーードォオオン!
「....て」
振り返った時にはもう、クァインは壁に叩きつけられて倒れ込んでいた。動かない。気を失ってしまったようだ。本体ゴーレムは戦利品とばかりに、クァインの片手直剣を拾い上げて繁々と観察している。
そしてゆっくりとこちらに顔を向けた。
目を模した一対の光学装置が、無機質な視線をこちらに投げかけてくる。
来る。僕を狙っている。ロックオンされた。
これはもう試験じゃないのかもしれない。
でも、止まらない以上は続けるしかない。
ちょっと....本気を出さなければいけないな。
次に僕は、事故を装って監視カメラを破壊する算段を立てた。
* * * * * * * * * *
「やりやがった!!」
突然変わった模擬精霊体の動きを見たハリソンは勢いよく立ち上がって叫んだ。
「監督官、これは」
「入れ替わった。だが確認しないと試験を中止にできん! くっそ、確信犯だなこりゃ」
「監督官。確信犯という言葉の使い方、間違っています」
「んなこた今どうでもいいだろ! とにかく、今すぐ行って確認してくる。俺が精霊通信したら試験終了のアナウンスを入れろ。あのチームはもう合格で構わん」
「監督官」
「なんだ!」
「監視カメラの映像、途切れました」
ハリソンの表情が引きつった。
「....行ってくる」
とりあえずハリソンは走った。
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




