2−9 君にならみえるよ
よろしくお願いします。
「マリアンヌ。ねえ、いったい何に謝っているのか、僕に聞かせてもらえないかな」
僕はできるだけ優しい声色で問う。でも今はギリギリの戦闘中だ、一方では常に視界を巡らせ、ゴーレム迎撃に意識を割き続けている。目が回りそうだった。
「わたくしは、役立たず、なのです」
「そんなことはないと思うよ」
「いいえ、わたくしは役立たずなのです! 昔から、そして、今、この瞬間も....何も映さない、この役立たずな瞳のせいで!」
マリアンヌは手で強く瞼を覆って地面に膝をついてしまった。
まいった動けなくなった。動けない仲間を庇いながら戦わないといけない。
「きっと動転して本来の力を発揮できていないだけだよ。落ち着いて....とりあえず立って」
「わたくしはアビルモンドの出身でございます。服飾生産を生業とする国....それもあろうことか、デザイナーの名家に生を受けてしまいました。目が見えないわたくしに、幼い頃より居場所なんてありませんでした」
「聞く。君の話はちゃんと聞くから、とりあえず立って、お願い」
「それならせめて才能あるお婿さんを連れてこようと思いたちました。容姿には....その、少々自信がございましたので....えへ」
「意外と自信家!」
実際、顔立ちは整っている。美人と言って差し支えはない。
「ここは世界中の貴族が集まる学校で入るのも難しくはない。そう聞いて受けた試験だったのに! ああそれなのに! ....このあり様でございます。こんな浅はかな理由で試験を受け、あまつさえ欲をかいて人様にご迷惑をおかけしてしまうなんて。こんな卑しいわたくしを、どうか、ああどうか蔑んでくださいまし」
「僕の言葉、聞こえて無いのかなー」
自分語りモードに入った人って無敵補正とかあるのかな? このまま立ってくれなかったら本当に蔑むかもしれない....。
でも、自分語りをしてくれたおかげでなぜマリアンヌがここまで落ち込んでしまっているのかは分かった。
僕が誘ったことで、試験に合格したいという欲を我慢できなくなってしまったのだろう。そしてそのせいで足でまといになってしまっている、とか考えているんだろう。
やっぱり。ただ勝つのはダメだ。
この子が知らない、自分の取り柄に気づいて貰わないと。
「この目さえ、この目さえ見えていれば....わたくしだって、みんなの役に立てるのに......っ! こんな惨めな思いをしなくて済んだのに!!」
その言葉に反応して、反射的に僕のこめかみが動いた。苦笑いを浮かべていた表情も固くなった。
少し、イラッとした。
「それは違うよ」
自然と声色も固くなってしまった。でも構わない、そのおかげでマリアンヌが僕の声に反応してくれた。
敵を捕捉するので精一杯だったから見れはしないけど、マリアンヌが「どういう事だ」と顔を上げたのが気配がした。
「僕がいま、なぜ君を庇いながら持ち堪えられているか分かる?」
「それは、ノル様には類稀なる精霊魔法の才覚があって....」
「違うよ。腕が無いから、だよ」
「ど、どういうこと....でございますか」
「人間って不思議な事にね、有ると頼っちゃうんだ。でももっと不思議な事に、無くてもどうにかなっちゃう....どうにかするんだけど」
「ノル!」
クァインの声が聞こえた。彼女の大声は珍しい。警告だ。
視界の隅でクァインの方に行っていた2体がこちらに向かって来るのを確認した。
あの2体がこっちの攻撃に加わったら処理落ちする。その前に対処しなくては。
「みてて」
ちょっとだけ....一度だけ全力で迎撃しよう。
僕はそう判断してぐるりと視界を巡らせた。
全ゴーレムの位置を把握、照準を定める。
そして今まで一、二方向にしか放っていなかった圧縮霊素弾を全方位に放った。
「えっ!? な、何ですの、今の攻撃は!」
全弾命中。土くれのゴーレムを一掃した。
本体のゴーレム(仮)は動揺した様子を見せたものの、すぐに新しいゴーレムの生成を始めた。
今の攻撃、実は精霊王の力をほんのちょっとだけ解放したんだけど、このくらいなら言い訳ができるだろう。必死だったから覚えていない、偶然だったで通せる範囲だろう。
でもそれは一度きりならの話。
次、数を揃えられたらもう押し切られてしまう。その前に、マリアンヌに実力を発揮して貰わなくちゃ。
「普通の....両腕がある精霊魔法師ってさ、手だったり杖だったりを軸にして精霊魔法を扱うよね」
「あ、当たり前です」
「それはなぜ?」
「その方が、霊素を集約させ、精霊魔法を構築するイメージがしやすいからでございます」
何をそんな常識を今更、というような口ぶりだ。
「そうだね。実はそのイメージに縛られているんだ。実感は無いのかもしれない、だって当たり前に有るものだから。便利なものがあれば人は頼るのが当たり前。でも僕にはそれが無い。だからこうして腕に縛られる事なく、体の周囲のどこにでも自由に精霊魔法を構築して放てるようになった」
もちろん簡単じゃなかった。訓練でどうにかした。
ルル姉との特訓の日々を思い出した。精霊王の力は禁止されていたから本当に苦労した。
ルルティアでの生活は楽しかったけれど、あればかりはもう二度とやりたくない。
「腕があったら、僕はきっと同じことはできなかったと思う....僕が何を伝えたいのか、もう分かったんじゃない?」
「わたくしの目も同じ、と?」
地面からゴーレムたちが次々と生まれてくる。今度は生成が終わったものから順番に襲いかかってくるだろう。
もう時間がない。
「一つだけ教えてあげる。君はね霊力を感じる能力『霊感』が優れているんだ。きっと視力を補うために鋭くなったんじゃないかな。マリアンヌが僕に握手を求めようとしたのは、微小な霊力を感じ取ったからだと思う」
僕は日常生活を送りやすくするために、常に微小な霊力を腕っぽい感じに形成している。....まあ、大抵のことはクァインが即座に反応して代わりにやっちゃうんだけど。咄嗟の事とかに備えるためにも必要だから。
普通の人にはそんなの見えないし感じない。けれど、霊力で周囲を認識している人ならきっと、僕の姿は普通の人のシルエットに見えたかも知れない。
あの時のマリアンヌは、それを感じ取ったせいで僕の体を誤認してしまったのだろうと予想した。
「君にならみえる....君になら、五感の、視力の壁を超えられるよ」
五感の壁を超えろ。それは訓練中ずっとルル姉に言われ続けたことだ。
精霊魔法の制御は五感の外にあるから、それを超えた時に達人と呼ばれる。
「君は出来損ないでも、役立たずでもない。君は、達人の領域に一足先に踏み込める才能を持って生まれたんだ!」
「........」
マリアンヌは口を閉ざして俯いた。今度は落胆したんじゃない。
意識を集中しているんだ。彼女の雰囲気がピリピリと張り詰めていくのを感じた。
僕は祈りながらマリアンヌを見守った。
もしかしたらルル姉も、あの頃はこんな気持ちで僕を見ていたのかな。
普通の人は目が見えてしまうから、索敵はどうしても視界に頼る。だから死角が生まれる。
でも視界に縛られないマリアンヌの索敵には死角が無いはずだ。
「......っ!」
「見えたのなら教えて、感じたままに。君は僕に教えるだけでいい。敵はどっちから来る」
霊感を使った360度の高精度な索敵。それはトップクラスの精霊騎士が持つスキル。
きっと君は今まで、無意識に霊感を頼りにして生きてきたはず。人がもつ第六の感覚器官と言われている、いまだ謎多き力。精霊魔法を操る根源。
もう大丈夫なはず。彼女のこれまでが報われる。
その証拠に。
「ノル様っ!」
自信と共に冷静さを取り戻したマリアンヌの、はっきりとした声が僕の耳に響いた。
マリアンヌは迷いなくある方向へ指を向けた。
僕はそれを信じて即座に圧縮霊素弾を放った。
その結果。生成が終わり、こちらへ歩み出そうとしていたゴーレムを見事に撃破した。
「そう、そのタイミング。バッチリだよ」
上出来。
じゃあ仕上げといこう。
「よくやったマリアンヌ。攻撃は僕に任せて、その代わりに君には索敵を任せたい。五感の壁を超えた君ならもっと先へ行ける。方向を8分割しよう。前後左右とその間、口頭でいい。敵が来る方向を教えて」
「それで、わたくしはノル様のお役にたてますでしょうか?」
「めっちゃ」
「は....はい! でございます」
マリアンヌの声は震えている。でも元気に返してくれた、もう大丈夫だろう。
あのゴーレム集団の戦闘スタイルは、いわば人間の死角に勝機を見出す戦法だ。
対する僕たちの砲撃は360度に隙が無くなった。
勝った。僕はこの時勝利を確信していた。
後はクァインが手薄になった本体を叩くだけだと、思っていたんだ。
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




