2−3 優しい受験生
よろしくお願いします。
「てめえみたいな奴が、こんな所に来てんじゃねえ! とっとこ失せやがれっっ!!!」
怒鳴り声が響いた会場はシンとなった。2階からこちらの様子を観察しているお偉いさんが動く気配はない。
この程度のハプニングは自分で対処しなくてはダメ、と言うことか。
胸ぐらを掴まれたままの僕は、周囲を観察してそう結論付けた。
「てめえ、どこ見ていやがる。無視するんじゃねえよ」
僕の胸ぐらを突然掴んできたのは、ウェーブがかかったロングの赤髪をたなびかせた女性の受験生だった。その顔には日常生活でつくとは思えない大きな傷痕が残っている。彼女の過去が窺えた。
「僕がここにいちゃいけない。それはどうして?」
「目障りだ。痛い思いをしたくなければ、試験が始まる前に帰れ」
「ノルから手を離して」
クァインはそう言いながら、僕の胸ぐらを掴んでいる腕をガシッと捉えた。殺気を孕んだ目で思い切り相手を睨みつけている。
「あ? 半血はすっこんでろハーフエルフ。これはテメェにも言ってんだぜ」
「手を離して」
凄む赤毛の受験者。引かないクァイン。離してくれない僕の胸ぐら。
....そろそろ姿勢が苦しくなってきたな。
「なになに、喧嘩?」
「試験前に何を....」
「腕を失っている子にあ酷いことを....野蛮」
「ってかあのハーフエルフの子、かわいくね?」
僕たちを見ながらヒソヒソと話している声があちこちから聞こえてきた。
まずいな、少し注目を集め過ぎてしまっている。
「もう一度だけ言う」
クァインの声が震えてきている。
「ノルから....離れて」
クァインの周囲に巡っている霊素が乱れ、腕を掴んでいる手に集中し始めた。精霊魔法が発動する兆候だ。
その異変を察知したのか、2階の職員が身構えたのが分かった。まずい、これ以上はNGだ。
「それはちょっとカッコ悪いんじゃないかな? 傷痕のおねーさん」
僕と赤髪受験者の間に、金髪の男子受験生が体を割り入れてきた。ふわっといい匂いが漂った。
すると赤髪の受験者は僕からあっさりと手を離す。舌打ちを残して踵を返すと無言で立ち去っていってしまった。
「ありがとう、助かったよ」
クァインが、ね。あのまま挑発にのって精霊魔法で応戦していたらどうなっていたか分からない。
チラリと視界の隅っこで2階を確認する。試験の職員と思しき2人が何事もなかったかのようにその場を立ち去っていく所だった。
「礼なんていい。困っている者を助けるのは騎士の務め、今のを見過ごせるものか。精霊騎士を目指す身として当然の心構えだ」
「立派な騎士道精神だと思うよ」
「それはどうも....ああ紹介が遅れた。俺はフューエン・ファベック。こっちはさっき友達になったばかりのヤン」
「僕はノル。こちらは僕の身の回りの世話をしてくれているクァイン。よろしくね」
僕の代わりに、何も言わずクァインが手を差し出してくれた。その手を見て、嬉しそうに握手に応じようとしたヤンという受験者をフューエンは遮った。
鋭い視線を僕に向けてこう問いかけた。
「よろしくできるかは分からないが、覚えておく。ただ、一つだけ聞かせてくれ」
「なに」
「そんな体で、お前はここへ何をしにきたんだ?」
僕は嘘偽りのない答えを返す。
「うーんと、世界を見てみたくてかな」
「....そっかよ。もし戦うことになっても、手加減はしてやれないからな」
「そうなんだ。でも僕は手加減してあげるから安心して」
僕の返答を冗談と受け取ったフューエンは鼻で笑う。
「いい面構えしてる。気に入ったぜ」
フューエンは僕にそれだけ言い残すと、踵を返して立ち去って行った。
ヤンも彼を追う。最後にチラっと、もの惜しそうにクァインへ視線を向けた。
「なんで握手させてくれなかったんですか! 受験者イチの美少女に触られるチャンスだったのに!」
「うるさい青春坊主」
そんなやりとりが聞こえてきた。仲のいい人たちだった。
「優しい人たちだったね。正直、ここへ来るのは少し不安だったんだけど、きっと大丈夫って気がしてきた」
「....私は、ノルがいればそれでいい」
「でもねクァイン。いくら僕のためと言っても過剰防衛はダメだよ?」
「うん......でも、ノルが生きている限り、私はあなたとの約束を守り続ける。それが私の生きる意味だから」
「....分かってる、クァイン」
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




