2−2 馬鹿正直な受験生
よろしくお願いします。
なんだ......これは。 俺は試験会場へ足を踏み入れた時、正直言って唖然とした。
まるでパーティ会場じゃないか。
俺が憧れている精霊騎士になるための第一歩。これが本当に精霊騎士養成大学校の試験会場だというのか。
子供の頃に受けた道場の剣術試験の方がまだ緊張感があった。
見知った者同士で寄り合い、何を話しているかと思えば、近況報告やら、ご機嫌取りやら、マウント取りやら....これから始まるのはなんだ、お茶会か?
俺は尊いと思っていた精霊騎士団を汚されたような気分になった。そのせいで試験会場についてからずっとムカムカしている。
俺がファベック家の名を背負っていない、ただのヒューエンだったなら今頃周囲に当たり散らしていただろう。
「....噂は本当だった、って訳か」
戦争無き世の中で、武力の存在理由は防衛と抑止力のみである。その理屈は分かる。
さらには精霊魔法技術の発達により、人の生活圏を脅かす魔獣の脅威が遠のきつつある今、強い精霊騎士になりたいと願う者は如実に減ったと言われている。
かつて大勢の人々を救い、今日まで名を残すような猛者たる精霊騎士を輩出し、その憧れの人物たちがしのぎを削った精霊騎士養成大学校はすでに無い。
今では、施設存続のため精霊騎士を目指す以外の目的で訪れる人の方が多いと聞く。初めて聞いた時には笑い飛ばしたが、本当は信じたくなかっただけなのかもしれない。
俺は今、現実を目の当たりにしている。
「やあ! 初めまして、ボクの名前はヤン。ウンタール出身。キミ、ボクと友達にならない?」
うんざりしていた。ここに来てからずっと、俺に擦り寄ってこようとする頭お花畑の女貴族に声をかけられまくった。
男から声をかけられたのは初めてだが。こいつも他の奴らと同じ軟弱貴族に違いない。
「ならない、失せろ」
「いやいや。ボクは君が気に入った。名前を教えてくれ。そしてボクと友達になろう」
「お前に俺の何が分かる。何が気に入ったって言うんだ、失せろ」
「顔が気に入った。断言する、キミは受験生の中で一番顔がいい、だから友達になりたい」
「お前は男色家か? 他を当たれ、俺にその気はない」
「ボクだってそうだ」
「意味が分からない。だいたい、友達は頼んでなるもんじゃないだろう」
「いいや違う。無理を通す時は、頼んででもなってもらうものだ。ボクと友達になってぐっ! ......!?」
堪えていたものが爆発した。俺は思わず相手の胸ぐらを掴んで、殺意を込めて睨みつけた。
「てめえらみてーな、腑抜けた貴族のダチになんてなってたまるか」
俺はこの時初めて話しかけてきた相手の顔と、そして目を見た。
「ボグ、と....ども、だちに、なっで....」
背が低い坊主頭の男。一見して貴族っぽくはない。その辺の街に、どこにでもいそうな奴だった。
だがその目は燃えている、戦っている男の目をしていた。
不覚にも、俺はこのバカそうな奴に、少しだけ興味を持ってしまった。なぜこんなにも必死にそんな頼み事をしてくるのか、知りたくなった。
俺は力を緩めて話ができるようにした。
「俺がお前の友達になると、どうなる」
「キミは顔がいい。キミ目当てに沢山の女子が集まってくるだろう。キミと友達になれれば、ボクがその女子と話しができるチャンスが生まれる」
「バカか、それで俺になんの得がある」
「そんなの分からない。それはキミが見出してくれ」
俺は実を言うと....もう吹き出しそうになっていた。
おいおいなんだこいつ、真っ直ぐ過ぎるだろう。ここまで策を巡らさず、本心ド直球だけで押してくる奴に今まで出会ったことがあったか?
貴族ってもんは、血の奥にまで狡猾な性格が染み込んでいるものだ。上辺を装い、策を巡らせ、他人を蹴落とし、そして生き残る、願わくば益を独占して。それを滅びるまで繰り返す。それが貴族という生き物だ。
その嘘偽らない男の生き様に、価値を見出してしまった。
これからの貴族人生で、裏切らない友達の存在はあって困るものじゃない。
俺は、この馬鹿正直な受験生を友達にするメリットに気づいてしまったのだ。
「....お前、名前は」
「ヤン。ただのヤンだ」
「シングルか、ここに来られただけでも奇跡だな」
「そうだ。だからボクはこうして頼んでいる。今のボクには頼むことしかできない」
「馬鹿げている。お見合いにでも来たつもりか? ここは....」
「そうだ。ボクは精霊騎士になりに来たんじゃない。ボクはエスクエラ相手を見つけて、一家を安定させるために来た。たぶん、今ヘラヘラ喋っている人たちはみんなそうだ」
戦っている。こいつは....こいつらは、こいつらの戦場で戦っている。俺は不覚にもそれを理解してしまった。
精霊騎士を汚していると思い今までまともに見ていなかった他の連中にも、俺はもう一度目を向けてみた。
表面上は楽しげに言葉を交わしているように見える。しかしよく観察すると、ふとした拍子に鋭い視線を見せたり、表情をこわばらせていることが分かった。
なんてこった。まさか俺が、こんな訳の分からない馬鹿っぽそうな奴に価値観を変えられるとは。
「....フューエン・ファベック。親しい奴はフューと呼ぶ」
俺がそう言って手を差し出すとヤンは喜んで握手に応じた。
「ありがとうファベックくん。これからよろしく」
常識がないように見えるが、そう振る舞っているだけなのか? こいつはバカそうだが、最低限は弁えたバカのようだ。
「素直に認めたくはねーけど、気に入った。いいぜ、フューと呼んでくれ」
親しい奴にカテゴライズしてもいい。俺は暗にそう告げた。
「いいのかい?」
「ああ。友達って奴は対等な関係だろう? よろしくヤン」
こいつはもしかしたら、とんでもない才能を持っているのかもしれない。
さっきまで抱いていた鬱屈とした気分も、周囲のヘラヘラした貴族連中に対する見方も、こいつは短いやり取りでいっぺんに変えてしまった。
ヤンは緊張がほぐれたようで、満面の笑みを浮かべた。
「それならフュー。お近づきの印に、受験生の中で一番顔がいい女子を教えてあげるよ。あっちを見て」
言われた方を見ると、ツカツカと怒り肩で歩く赤毛の女が目についた。
傷痕はあるが、顔立ちは小顔で整っているし、スラリとした長身で出るところが出ている理想の体型。
「あの赤毛の女か? 確かに面もスタイルもいいが....」
確かに美人と言って差し支えない女だった。しかし怒っているようだ、殺気すら放っている。コイツはああいう荒っぽい手合いが好みなのだろうか。
「違いますよ。その赤毛の女....ああ、あれはレイチェル・グレースですね。荒っぽい性格にさえ目を瞑れば、受験生中で3本の指には入る美貌の持ち主です。あ、3本の指が入るとは断じて言って無いですよ? やましいことなんて言っていませんからね」
「どんな聞き間違いだ。思春期男子か」
「そちらではなくて、その赤毛の女子が向かって行って....ほら、胸ぐらを掴んだ腕の無い男子の側にいる......ってえぇっ!?」
その騒ぎに気がついたのか会場がざわつき始めた。
何事かと遠くにいる受験生たちも意識を向け始めた矢先....。
「........じゃねえ、とっとこ失せやがれっ!!」
そんな怒声が響き渡った。
言い回しにやや愛嬌があったことにツッコミを入れられる猛者はいなかったようだ。
ご精読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




