自分で言えるようですが?
ヒロインをスカッとさせたくて書きました。
暴力で解決させる訳ではありません(汗)
「……それで?これは一体どういう事なのでしょう?」
「白々しいぞ。お前がフェレナーデに行った嫌がらせの数々、知らぬととぼけるつもりか!フェレナは光魔法の使い手、次代の聖女となるべき人物。その彼女に嫉妬した貴様の愚行、許しがたい!!お前は王太子の婚約者として失格だ!即刻立場を辞せよ!」
セヴァールは高らかに宣言した
よくあるダンスパーティーで。
よくある婚約破棄。
よくある断罪劇。
そんな二番三番煎じの展開が繰り広げられているこの場所は、王家主催の王立学園卒業記念パーティー会場。来賓として招かれた国の重鎮も国王と王妃も開いた口が塞がらない様子で唖然としている。
ちょっと良識のある人達は『これはあれかなー、寸劇か何かの催しかな?』等と現実逃避中だ。
なぜならば、断罪されている令嬢は先々代の国王の寵愛深い王妹殿下が降嫁した先の公爵家、名実ともに公家筆頭と謳われるサンデュエル家の長女。
マリヴェラ・ラナルカルテ・サンデュエル16歳。
銀色のふわりとした髪に澄んだ水のような青い瞳を持つ。
圧倒的に優秀な成績を修め、本来三年間通うべき学園を一年で卒業を迎える彼女は、洗礼名の長さが魔力の強さを示すこの国で、五本の指に入ると言われる魔力量を持つ。
成績優秀品行方正でおまけに容姿端麗。
一体全体、何が不満でこんな馬鹿騒ぎを起こすのか理解できなかった者達がこの騒ぎを寸劇だと思うのも無理はなかった。
「はぁ。念の為に伺いますが、私がそこの聖女候補である―――失礼、お名前はなんと仰るのかしら」
「フェレナーデ・アル厶・フォンスです!……マリヴェラ様はあたしが平民上がりだから覚える価値も無いって言うんですね…」
そう言って瞳を潤ませる少女を労るように撫で擦るセヴァール。そんな二人の様子をなんの感情も映さない瞳で見つめるマリヴェラ。
フォンス子爵家の養女だという彼女は、腰まである薄い桃色のフワフワとした綿毛のような柔らかい髪に、青緑の瞳。身体の凹凸は程々しかないものの、庇護欲を誘う小柄で愛らしい少女。
が、いくら見た目が愛らしかろうと、貴族の娘としての常識が欠けているのは非常に問題だ。しかし、許可していないのに名前で呼んだと注意すれば、今度は『自分が元平民だからと名前を呼ぶのすら拒絶された』と言うだろう。
正直、面倒くさい。
そう思ったマリヴェラは敢えて触れない道をとった。
彼女は案外面倒くさがり屋なのだ。
「失礼しました。初対面の方の顔と名前は一致できなかったもので。フォンス子爵家に養女として迎えられたご令嬢でしたわね。癒しの能力をお持ちと伺っております。それで……私が彼女に何か?今日初めてお会いしたと思うのですが」
「っ、とぼける気か!お前はフェレナに対し、足を引っ掛けて転ばせる、掃除用のバケツの汚水をかぶせる、顔が気に入らないと頬を引っ叩く、ドレスを破く―――挙げたらきりがない程嫌がらせをしていたのだと、フェレナが涙ながらに打ち明けてくれた。しかもこんな非道な行いを、公にしてはお前が可哀想だと、俺だけの胸に留めてくれと願ったんだぞ!だが、俺は我慢ならん!表では品行方正な淑女の顔をして、裏では下劣極まりないお前など、王太子妃には相応しくはない!俺がこの場で糾弾してやる!!」
鼻息荒く叫んだセヴァールに対し、マリヴェラはまるでその内容には興味が無いとばかりに表情を変えない。そんな彼女の態度にイラッとしたセヴァールだが、彼が言い出す前にマリヴェラは言った。
「長い御説明有難うございます。私が実際それをしたかどうかは置いて、分からないのは、フォンス様は何故貴方に相談を?私に直接訴えていただければ」
「はぁ?!お前が怖いからに決まってるだろう。直接文句を言うなんて、この気弱で大人しいフェレナに出来るわけがないだろ!」
そうだろう?とセヴァールの背中に庇われていたフェレナーデが、震えながも前に歩み出てマリヴェラに対峙する。
「はい…ですが、それではいけないのだと。マリヴェラ様は王太子の婚約者だと聞きました。でもそんな立派な立場の方が、相手が元平民だから、と、身分差を盾にやりたい放題なんておかしいです!あたしは聖女として、そんな貴女を放っておいては駄目だと気付いたんです!!貴女はヴァル様に相応しくない!」
何故そこで聖女が関係あるのか、いやそもそも君まだ聖女候補であって聖女と認められていないだろうというツッコミが9割位の雰囲気の中、まだこの茶ば―――断罪劇は続く。
「―――フォンス様」
「何ですか、マリヴェ――――――きゃあっ!」
「足を引っ掛けて転ばせる」
「いっ、何する…ぶっ!」
「水をかける」
「ちょっと何のつも…いっ!!」
「頬を引っ叩く」
「あんたいい加減にし―――きゃああああぁぁぁ!」
「ドレスを破る」
マリヴェラは先程セヴァールが並べた彼女が行ったとされる悪行の数々を言葉通りになぞってやってみせた。
足払いをかけられて転がされ、立ち上がって文句を言おうとすればグラスの水をバシャりと顔にかけられ、怒りに立ち上がれば右の頬を平手打ち。とどめは何処から持ち出したのか、マリヴェラにナイフでビリビリと綺麗にドレスのスカートを裂かれる。
「何すんのよこのクソ女!!」
気弱で大人しい、と言われたフェレナーデはマリヴェラの胸倉を掴んでそう叫ぶ。その形相はまさに悪鬼。
その悪鬼に平然とこんな事をしでかすマリヴェラも相当だ、と見ている野次馬は思ったが、皆誰一人声にしない。大人だから。
「自分で言えるようですが?」
「え……はぁ?!」
セヴァールに向けてそう言い、マリヴェラは自分の胸倉を掴むフェレナーデの手を扇で叩き落とすと、怒りに震え睨みつけてくる彼女に視線を移す。
「で。私が王太子の婚約者に相応しくないとして、何故貴女がそれを判断する立場にあるのでしょう?殿下のご両親でもない貴女が?」
「あ、あたしはセヴァールと、彼と愛し合ってしまったの!でもあたしは子爵家、結ばれる事のない身分で……身を引こうとした、でも貴女のような人がセヴァールと、ヴァルと結婚して王太子妃になるって思ったら、黙ってなんていられなかった!こんな、こんな事をする人はヴァルに相応しくない!あたしの方がこの人を愛してるわ!!」
フェレナーデは言い切った。
そもそも、当然ながらマリヴェラへの訴えは嘘八百。紛れもない冤罪で彼女を陥れようとしていた。別に誰が信じようが信じなかろうが、婚約者のセヴァールが信じさえすれば良かったから。彼がこの場で婚約破棄をし、そして空いた婚約者の座に聖女となった自分が埋まればいい。そう出来ると信じていた。
だが、思ったような反応が返ってこない事に首を傾げる。
周囲は静まり返り、皆、頭の上に疑問符を浮かべているようなそんな表情でフェレナーデと、そしてセヴァールを交互に見ているのだ。
「あの…フォンス様が愛し合っているのは、そちらの彼……セヴァールでお間違いないかしら?」
マリヴェラが恐る恐るといった様子で尋ねる。
まるで触れては不味いというように。
婚約者に愛想をつかされ、他の女と恋仲になっているなど女として最悪の醜聞だ。
フェレナーデは笑いだしたい気持ちを抑えてマリヴェラに言う。
「ええ!あたしはここにいるヴァルと愛し合っているの!王太子とかそんなのは関係なく、あたしは―――「えっ?」」
「「「「 え? 」」」」
フェレナーデの芝居がかった台詞に被せた疑問の声は、マリヴェラだけではなかった。王や王妃、貴賓の重鎮達や生徒、そして恋仲相手のはずのセヴァールまでもがぽかんと口を開けている。
「な、何よ。みんななんでそんな変な顔して……」
「あの、フォンス様。大変申し上げにくいのですが」
「なに?」
「そこのセヴァールは王太子ではありませんわ」
「 は ? 」
「セヴァールは、セヴァール・リオ・ヴァルムント。辺境伯であるヴァルムント家の次男で、王太子殿下とはお母様同士が姉妹で、従兄弟にあたりますの。年齢が近いのと、母親が双子で辺境伯家も過去は王家から分かれた血筋でありますし、お顔立ちがとても良く似ていらっしゃって……そうですわね、一見すると双子のようですから、貴女が間違えたのも無理はないですが……」
「でっ、でも!貴女、ヴァンって、仲良さそうに」
「ええ、ですからそれは本物の殿下と私が一緒にいる所を見たのでしょう。殿下のお名前は、ヴァンクロード・ワイドナイツ・ラケルタ……ヴァン違い、です。其の者は殿下と顔立ちが似ているので、幼少の頃に『影』として殿下を支える大役を任されており、立場上私とも話す機会が多かったので色々とご指導致しましたが……まぁ此度の事から察して頂けると思いますわ」
「え」
「ですので、お二人が恋仲になろうと何も問題ありませんので、末永くお付き合いなさって下さい。あと、従兄弟とはいえ、セヴァールに王太子妃候補をどうこうする権限なんて有りません。いくら聖女候補とはいえ、貴女が婚約者に成り代わる事は万が一にも有り得ませんよ?」
そもそも作法も勉学も何一つ基準を満たしていないですしね。
マリヴェラがそう付け足せば、フェレナーデはカッと顔を羞恥で染める。馬鹿にしているのではなく事実として話しただけのマリヴェラだが、それは相手の感情を逆撫でするだけ。フェレナーデは逆上し、マリヴェラに向かって手を振り上げた。
「きゃあっっ!」
だが、手が届く前に二人の間に突如氷の柱が突き刺さり、フェレナーデは驚いて後退る。
「遅れて済まない、マリー」
「いいえ、殿下。お帰りなさいませ。ご無事で何よりです……が、近すぎます」
氷の柱の向こうのマリヴェラ。そこには背後から彼女を包み込むよう抱きしめている男性の姿もあった。その容姿は見た目こそセヴァールに酷似していたが、纏う空気が明らかに別物。人の上に立つ者の威厳というか、覇者の風格というべきか。
任務を終えてきたらしい彼の出で立ちはパーティ向きの物ではない。報告を受けて着替える間もなくここへ来たようだ。
「―――セヴァール。何か勘違いしているようだが、お前の仕事はただの人形だ。それすら出来ない能無しは不要だ。父親の元で鍛錬し直せ」
「そんなっ、殿下!!辺境送りだけは勘弁して下さい!」
「もう学園も卒業するし、影はお前の弟が務めてくれるそうだ。あちらの方が優秀だしな」
容赦無い物言いにぐっ、と言葉を呑み込むセヴァール。
そこに割り込んできたのはフェレナーデ。
「ちょっと待ってよ。あんた王太子じゃなかったの?」
「何を言ってるんだ、フェレナ。僕はそんな事一言も…」
セヴァールは彼女に自分が王太子だと話した事も無いし、騙した覚えもなかった。ただ、彼の『身代わり』としての仕事を見た彼女が勝手に勘違いしただけで。真実、自分を愛してくれていると、そう思っていたのだ。
今、この時までは。
「ふざけんじゃないわよ!はーっ、紛らわしい!媚び売って損したわ」
「フェ、フェレナ…?」
「辺境伯の次男なんて冗談じゃないっての!田舎なんて真っ平ゴメンだわ。あーあ、時間の無駄無駄!あ、マリヴェラ様。ごめんなさ~い。完全に人違いでした。でもマリヴェラ様もあたしの事ぶん殴ったんだからお互いにチャラって事で許してくれません?」
「……王太子妃になりたかったのでは?」
「あたしはあたしの手の上で転がされてくれる人がいいんです。そこの王子様は怖すぎて無理です!」
あはは、とあっけらかんとして笑うフェレナーデ。
淑女としては失格である。
それじゃあ失礼しまーす、と何事も無かったかのようにパーティ会場から出て行く彼女は、そもそも卒業生ですらない。
「あれはいいの?マリー。殺っとこうか?」
「サラッと不穏な発言しないで下さい、殿下。いいんです。実質的な被害はありませんでしたし、彼女にお会いしたのは今日初めてですし。まぁしっかりやり返しましたので」
スッキリしました、とマリヴェラは表情を変えずに言う。
確かにやり返していた。
というより嘘を真にしたというか。
将来この国を背負う二人がこんな好戦的で大丈夫かと不安になるが、フェレナーデのようにぶん殴られるのは御免なので見ている者達は沈黙を貫いた。
「……一体何だったのでしょう……?」
「………」
両脇を兵士に支えられ、引きずられながら連行されるセヴァール。罪に問うにもお粗末すぎて、王と王妃は犬に噛まれたと思って諦めた。全て無かった事にして、兵にはフェレナーデを追わぬよう指示する。こうして嵐は過ぎ去り、安穏な日々が戻った。やはり平和が一番、である。
王家はこの騒ぎを教訓に、一つの法律を制定する。
公式の場で断罪や婚約破棄を行った貴族は、例外なく罰金と貴族の身分を剥奪する、というもの。それは冤罪を抑止し、優秀な人材の流出防止に大いに役立ったという。
end.
最近ヒーローの見せ場がない…