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1枚目 -勿論 不味い-

世の中にポテトチップスが湿気ってないことより大事なことはほとんどない。

まあ、私はポテチって油っぽくて嫌いだけどね。


なんてうそうそ、フライドポテトも大好きだし。

カレーとご飯を合わせても、ポテチほどじゃない。


「何してるんですか。」

なんて、君は聞くんだよ。

そうしたら、私は内野安打ってなんなんですか?って聞くんだ。


そうしたら、君はこういうだろう。

「お水でも持ってきましょうか。」ってね。

だから、私は言ってやるのさ、トイレットペーパーの端を三角形に折ってから考えるよって。



変な奴が座り込んでいた。家の玄関の前に。背中を扉に預けて項垂れるように、立てた膝に右手を乗せて、左手に握った丸めたポスターを地面に軽く打ち付けながら。着ている灰色の作業服はあちこち黒く汚れている。フライドポテトを齧っているけど、恰好のせいか食い方のせいかあまり美味そうに見えない。短髪の女なのか、長髪の男なのか。

とりあえず、退いてもらおうと話しかけたら。

「ビーチフラッグってなんでビーチでやるんだろうねぇ。」って返してきた。

こっちを向いた顔には意外に整った顔立ちと、それを台無しにする緩んだ表情が有った。声からどうも女らしい。

酷い酔っ払いなのか、法に触れる何かをしているのか。警察に電話した方がいいのか考え始めて、話しかける為に覗き込んだ姿勢から、少し体をおこしたら、そいつ。

「にしんそばって食ったことないなぁ。」とか言い出した。

何なんだこいつ。

「君は本当にうそつきだぁ。」



夕焼けの中を、猛然と飛んできたアルミ缶が学ラン男の頭を後頭部から前頭部に向かって打ちぬいた。音はハリセンのように軽く小気味よい。そのまま、アスファルトに刺さりそうになったアルミ缶は、ポスターにあたって爆ぜて。後に残ったのは作業服を着てポスターを振りぬいた女と衝撃で前のめりになった学ランの男と何の変哲もない街角。落とした学生鞄。

「セーフ!ストライク!ホームラン!」

衝撃から起き上がった学ランの頭にはバリもない綺麗なφ66の抜き穴が開いた。ぽっかり穴を通った光が、壁と扉の段差のせいで折れ曲がった楕円になった。

「あ?」

右手で頭に触れる。夕日から壁が見える。

「あ」

人差し指が縁に触れる。光の楕円が指の形に欠ける。

「あ!?」

掌で咄嗟に塞ぐ。指の間から漏れる光が女のにやけ顔に落ちる。


ニタッとした顔で、片目で覗き込んでくる。目が近い。後ずさる。

「成功したねぇ。」

なんだ、何に。何をしたらいいのか分からない体が右を向く。

「本当に穴、開いてる、のか?」

別に痛くない。でも影は穴が開いている。どうしたらいいのかと、身体が左を向く。

「そんなことはお父さんとお母さんに聞きなさいよぉ。」

なんだそれ。聞いたら分かる問題か。右手に額の感触が無いし、額には右手の感触が無い。穴の感触はないけど、縁の感触ははっきりあって、穴があるぞと主張している。

「とにかく、塞がないと。」

そういう頬を潰すように、手でつかまれて首を無理やり回されて、そんな相手を押しのけようとしたが。僕の手をすり抜けるようにズイと寄ってきて、傾いたニタニタ顔との距離が埋まった。視界の上の境界に銀色の何かと手が、額に少しひんやりとした何かが入っていった。さっきまで頭の穴を押さえていた両手には両面ともに血の跡がない、家の壁に向き直っても丸い光の影もない。もう一回今度は両手で弄ると、額にちょっと硬くてひんやりしたでも押したらへこみそうなものが額に有った。

「おお、500mlが丁度いいみたいだよ。」

そう聞こえたと思ったら、壁の方を向いた頭を女の両手に掴まれた。頭が左に右に。後頭部の縁が触られて気味の悪さに鳥肌が立った。

「あれぇ、長さが足りてないねぇ。」

しょうがないねぇと言いながらそいつが僕の額に右手を寄せると、頭の方からスポンという小気味いい音とともに、ビール缶が1本。しばらくつまらなそうな顔をした女がそれを上から下に眺めてから背後に放った。女がいつの間にか左手に持っていたゴミ袋の中を右手でガサゴソガラガラと探ると、さっきより短い空き缶が右手に2本。口が半開きの僕の、額に向かった目線の先でキュッキュッとはめ込んでいく。

「グレープジュースとお茶で我慢しなさい。ビールはまだ早かったねぇ。高校生ぇ。」

視界の上ギリギリ入った缶に塗装されたオレンジと金属がむき出しの縁が、キラリと光沢を放った。

「中身のある人って、そうそうなれるもんじゃないよぉ。」

うんうんと、やってやったとうなずく女の方をチラリと見てから僕は目線を額に戻して、そっと右手で額を探ると起こされて戻されたタブと開いた飲み口の縁が薬指と中指に当たった。



「君は神様に戻って。」

振り返るように指鉄砲で僕の額に狙いをつけるポーズで。僕が神様だって、いつも通り学校から帰ってきたと思ったらいきなり頭に穴が開いて空き缶を詰め込まれて、家の前に座り込んでた女にそんなことを言われたら夢だ。今まで夢と現実の区別がつかなくなったことがなくても、こんなに色彩鮮やかな夢をみたことが無かったとしても。

そして作業服の女は、フライドポテトを抱きかかえるような、バンドの決めポーズみたいな姿勢になって。

「そして、私も天使に戻る。」

何だか気が抜けてしまったのか、混乱しているのか、僕はへぇなんて言って。視界の中央に居るどう過大評価しても天使には見えないヘラヘラした女の顔以外霧の中のようだ。

「さあ、世界をやり直そ。」

勢いよく、女が僕の目の前に突き付けたフライドポテト。塩つぶが飛んだのか、痛みで目を閉じた。



とっても一軒家のリビングといった感じの場所に、アラビアっぽい模様の入ったテーブルクロスに覆われたダイニングテーブルが1つとシンプルな4つ足の椅子が4脚、部屋の北側にはキッチンが見えている野菜室がちゃんとある少し大きめの冷蔵庫、ガラス戸の食器棚、食器棚にはカレー皿にカップに茶碗などなど雑多で無秩序で統一感のない食器が無理やり詰め込まれ、キッチン側からダイニングテーブルを超えた先には絨毯と二人掛けのポリエステル製のソファー、雑誌や物で散乱した楕円のローテーブルを挟んでテレビ台に乗った32インチの液晶テレビ、東の壁には曇りガラス風のアクリル製の窓のついた扉が2つと階段があって、扉の1つは開いたままで靴箱とちぐはぐに並んだスリッパが3セット、反対の壁には細長い窓が2つあって、明かりはそこから差している夕陽の残りだけで、すべては赤と黒のコントラストで、床に置かれたカバンやゴミ袋や磔にされた40から50歳くらいの男女に人影が落ちている。

北側にスーツの男性が磔にされた赤い鉄骨の十字架、南はエプロンの女性が磔にされた赤く染まった大理石の十字架。

ダイニングテーブルのテレビ側の窓に近い席に学ランの男、ソファーの窓側にひじ掛けにもたれかかっている作業服の女。煙草のように揺らしながらフライドポテトを咥えてリモコンを使う。真っ赤な世界の中で、画面の中だけが色彩豊かだ。

笑い声や畏まった声とそれらが途切れる音に、壊れた笛のような息が被さっている。

「えー、アニメやってないじゃーん。」

急に静かになって、リモコンと女の上体がソファーに着地して、ソファーがきしむ。

椅子が揺れて音を鳴らす。息の音が更に高くなる吸う頻度が上がる。



息の吐き方が分からない。今までどうやって息をしていたのかが分からない。どうして、今家の中に居るのかとか、父さんと母さんはどうなっているのかとか、持ってたカバンがどこに行ったのかとか、どうやって椅子に座っているのかも分からない。いつもの椅子なのに体の接している場所が圧迫されて、まるで椅子に縛り付けられたみたいだ。視界が真っ白だ。まだ、居るのか。振り返ったら実はもういないんじゃないか。

「ねぇ」

椅子が揺れる。椅子の足が床と音を立てる。背筋が伸びる。声が聞こえる。足音がする。まだ居る。

「ジュースないのぉ?」

戸の開く音がする。視界の霧が少し晴れる。冷蔵庫と作業服の女の背中が見える。視界の真ん中に冷蔵庫とこっちを向いた不満げな顔が見える。つい目線を横に逸らすと、橋の下で見たような鉄骨とぶら下がった足が見えた。まだ、怖くてはっきりと見ていないその表情を想像してしまう。また、視界が不確かになる。体ってこんなに音を出していたのか、息と心臓の音で耳がパンクしそうだ。

「あああ!?おおおぉ…。」

もっと大きな音と声がして、咄嗟に僕は椅子ごと倒れた。金属が崩れるるようなガチャガチャとした大きな音と岩山が崩れるようなガラガラとした音だ。壁にぶつかりながら、目を必死に閉じて頭をかばった。

奇声とドタバタとした足音が続き、静かになった。ぶつけた頭の痛みに気が付いて。そっと目を開くとソファーの横になって潰れてちょっと青い顔の女の顔があった。

「箪笥の角より痛いよ、これぇ。」

そっと、自分の足の向こう側に目を向けると、父さんと母さんが砕けた岩と鉄くずの山になっていた。


「で!」

「でぇ?」

向かいに椅子を前後逆に座った作業服の女が、聞き返してくる。その背もたれを抱えている腕に乗っかった、気の抜けた顔が憎らしい。深呼吸をする。

「これは夢だろう。」

「勿論。そして、私の夢は綿菓子を作る機械を作るオジサンとワインを飲むことだよぉ。」

真剣なのか、ふざけているのか分からない。したりげな顔でこっちをじっと見つめてくる。最初から唯一分かっていたことだが、この女とは会話にならない。あれから相当時間が経ったように思うが、この作業服の女は永遠とこの調子で、労力が無駄になっていく。ただ時間が経って、緊張感が失われて、夕焼けの時間が過ぎて、薄暗い部屋は、白とノイズ混じりの灰色になっていた。頭を掻く。

「やっぱり、時代は牛乳だねぇ。」

いつの間にかキッチンに立っていた女は、ガラスコップに牛乳をなみなみと注ぎ、ゴクゴクと飲み始める。

「プハァ――!!きっとガンにも効くねぇ!」

何もかも好き放題だ。人を呼んでも電話をしても止める様子もないが、叫んでも誰も来ないし電話はどの番号を押してもこの女の携帯につながって、「よっ元気?」という声が少しずれて両耳に届く。どこかに逃げようとすると、手を握られて、それが引いても押してもびくともしない。そのたびまぁまぁとなだめられたが、何がまぁまぁなのか。

今は、何とか会話をしようとしているが、つかみどころがない。

「父さんと母さんはどうなったんだ。」

コンクリートとガラクタの山を指さしながら尋ねる。原形の失われたコンクリートからは曲がった鉄筋が、元電化製品に見えるガラクタからはケーブルが飛び出している。女は背中の方を親指で指さして。

「あっちで元気にしてるよぉ。」

何がどうあっちなのか。指の先を見ても、その親指の先にあるのは冷蔵庫くらいだ。

「なんで僕は生きているんだ。」

額の空き缶を指さす。

「死にたくないからに決まってるじゃん。馬鹿だなぁ。」

両手を広げてやれやれ、全くわかってないなぁという仕草をしながら舌を覗かせながら首を振る。話していて、どうも殺される心配はなさそうだと思ってしまっている。なんだか、自分がおかしくなった気分になる。どう考えても壊れてるのは目の前のこいつなのにだ。

「なんで、僕をここから出してくれないんだ。」

「さっさとここは終わりにしようよ。もう飽きたんだからぁ。」

女は椅子に乱暴に座ると背もたれを持って、椅子を前後に揺らし始めた。

上を向いて、下を向いて頭を抱えた。どうすりゃいいんだこれ。もう、辛い。さっさと終わりにしたい。なんなんだ、夢だろ。早く、目覚めてくれ。どこまでもグレーのノイズが渦巻く視界から逃げたくて、両目を閉じると更に暗いノイズが視界で渦巻いた。




気が付けば僕はベッドの上で、なんだ、変な夢だったんだ。黄色っぽい朝日に照らされた天井を見上げた。変な夢のせいで全然寝た気がしない。とにかく、変な夢を払うためにもう一回寝よう。目を閉じて寝がえりをうって。

「おい、早く起きなよぉ。」

声に目を開くと同じくベッドの上に居るそれと目が合うかそれより早く、そいつを押しのけようとしたら反対にベッドから落ちた。

「おいおい、大丈夫ぅ?」

ベッドから落ちた僕を観ているのは、あの作業服の女。服装は妙にデカいTシャツと短パンに代わっている。シャツには赤字でデカくONE MOER CHANCE。

「顔洗って、早く目ぇ覚ましなよぉ。」

まだ夢だ。あの悪夢の化身のような女が、僕の部屋にいる。

両手両足でどたどたと起き上がって、自分の部屋から慌てて出て、扉を乱暴に締めながら。

できるだけ早く階段を駆け下りた。そのまま、家から飛び出そうとした。

「ちょっと、もうちょっと静かに降りてきなさいよ。」

玄関につながる扉の前から声をする背後へ振り返ると、不機嫌そうな母さんがキッチンに居た。父さんもこっちを見ている、父さんはいつもの席に座って朝食を食べている。咀嚼を終えて口の中のものを飲み込んでから話し出した。

「早くしないと冷めるぞ。」

そういうと、もう二人とも自分のいつもの事に戻っていった。母さんはフライパンを洗っているし、父さんは食事を続けているし、目玉焼きとキャベツの千切りとご飯とみそ汁と味海苔がそれぞれの席に並んでいるし、足元にはガレキもないし。

「おっはよぉ。」

階段を下りてくる足音がする。父さんも母さんも返事をする。いつもの事であるという風に、誰の定位置でもなかった4つ目の席にドカッと座って、いただきますと言って食事を始めた。気軽に、まだ眠いだの今日の仕事がどうだの話しながら箸を持って朝食をとっている。ふと、こっちを見て。

「さっさと顔洗いなってぇ。」

母さんも父さんもそれにつられて不思議そうに僕を見るので、一度口を開きかけたが何を言えばいいのか分からない。ぼうやりしている僕は玄関とは反対の洗面所に向きを変えた。何か変だが、何が普通なのか。自分が寝ぼけているのか。たまにある起きた後が夢の続きのような感覚。

頭を掻きながら、洗面台に歩み寄ると、顔を洗って、右に左に、上に下に顔を向けてみるが、鏡に映るものは何も変わらない。額にすっぽり収まったオレンジジュースの空き缶が鏡に映っていた。

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