死者の祭りとシエル様
秋のはじめの収穫祭のあと、街では死者の祭りの準備で大忙しだ。
私の大衆食堂ロベリアにも、キノコ狩り大会のチラシをはがしおわると、死者の祭りのチラシが届けられた。
「この国には色々なお祭りがあるのですね、シエル様」
「ええ、そうですね。祭りも地方ごとに形が変わったり、崇めるご神体が少し変わったりするのですよ」
「ご神体というのは、アレクサンドリア様とか、テオバルト様の像ではないのですか?」
「王国民が崇めている神はそのニ神ではありますが、土着の信仰というものもあって、基本的にベルナール王家はそうした地域特有の信仰を制限してはいないのです。女神教さえ害さなければ、なにを信じるのも自由というわけです」
「それは、たとえば、一粒のお米には千人のお米の神様がいる、みたいなものですか?」
「一粒に千人とは、かなりの数ですね。聖都の料理人の方々は、そのように言うのですか?」
「今、私が考えました」
死者の祭りのチラシを壁に貼っていると、シエル様がお昼ご飯を食べにきてくれた。
私はシエル様にお昼の、ちょっとオシャレなキノコとチーズのキッシュとスープと紅茶を出して、自分の分も持ってくると、いそいそとお店をしめた。
シエル様はお友達だし、ゆっくりお話したいし。
それに、基本的にシエル様は忙しいみたいで、ご近所にすんでいるけれど、ルシアンさんみたいに毎日朝ご飯を食べに来たりはしないので、たまに来てくれた時ぐらいは、一緒にご飯を食べたい。
それなので、私は今、シエル様と向かい合ってキノコとチーズのキッシュを食べながら、死者の祭りについて話している。
「なるほど。そうして、信仰というものは広がっていくのでしょうね。例えば今、リディアさんの考えた米についての話を、僕が誰かに伝えたとします。それが、口伝てに徐々に広まって、新しい米の神がうまれる、というように」
「お米一粒に、千人の神様が……」
「ええ。そうすると、米を無駄にしないようにと、気をつける者たちが増える。……信仰のはじまりについてはよく分からないものも多いのですけれどね。例えば、南のロヴァンスト領にある小さな村の祭りで、ご神体として崇められているのは、ミミズです」
「ミミズ」
「ええ。ミミズですね。農地が多い場所ですから、土をよくするという意味でミミズなのか、それとも違う意味があるのか……ともかく、この国には色々な祭りがありますね。死者の祭りというのは、そういった土着の祭りとは違い、女神教から派生したものですので、正式な祭典……というような感じでしょうか」
この国の人々は、死者の魂が白き月にのぼると信じている。
そこには楽園があり、楽園にのぼるために、皆、生きているのだと。
死者の祭りとは、年に一回、白き月の楽園から、死者の魂がこの世界に帰ってくるから、お祝いをしようという祭りだ。
そんなことが、死者の祭りのチラシに書いてあった。
勿論私は、参加した事なんて一度もない。
「シエル様はお祭りにも詳しいのですね」
「仕事で、小さな村を回ることも多いですから」
「聖都の死者の祭りでは、死者の格好をして、街を歩くのが礼儀作法のようですよ、シエル様」
「そうなのですね。それは知らなかったな。死者の格好とは、例えばどのような?」
「ええと……猫の耳をつけたり、うさぎの耳をつけたり」
「死者なのに、猫?」
「ともかく、生きている人間じゃないんだぞ……! っていう、主張をするために、仮装をするのが流行のようなんです。街のお洋服屋さんにも色々な衣装が売っていましたよ」
「そうですか。それは、楽しそうですね」
シエル様は優しく微笑んだ。
私はキッシュを食べている手を止めて、シエル様をじっと見つめる。
シエル様は不思議そうに軽く首を傾げる。
とても綺麗。
宝石が輝いていて綺麗なのもあるのだろうけれど。
白い肌も、長い睫に縁取られた赤い瞳も、艶やかな髪も、綺麗ね。
きっと――死者の祭りの装束が、とても似合うのではないかしら。
「シエル様、……シエル様は、忙しいですよね」
「僕の立場で、暇だと口にするのは少々問題がありますが、リディアさんのためなら、どんなことをしても時間を作りますよ。あなたは大切な、友人ですから」
「ありがとうございます……」
シエル様はいつも優しい。
落ちついた声や、穏やかな口調を聞いていると、深い森の中にいるみたいな気持ちになる。
「あの……」
「リディアさん、もし良ければ、僕と一緒に行ってくれませんか、死者の祭りに」
「シエル様、私もいま、シエル様にお願いしようと思っていました……もしかして私がお願いするのをわかって、先に言ってくれたのですか?」
「こういうときは、男性から女性を誘うのが礼儀ではないかと……それに、僕もリディアさんと共に、死者の祭りに参加してみたい……そうですね、そんな気持ちです」
シエル様が、男性、という言葉を口にしたので、私は目をぱちくりさせた。
そうよね。シエル様は男性。
でも、お友達だから、どちらから誘っても良いような気がするのだけれど。
ともかく、一緒に死者の祭りに出かけられることが嬉しい。
「シエル様、それじゃあ一緒に行きましょう! おばけかぼちゃ収穫大会があって、一番大きなおばけかぼちゃをとってきた人には、優勝景品があるみたいなんですよ。あと、お菓子ももらえます。これは、子供たち限定で、私もお菓子を作って配ろうと思っていて……」
「お化けかぼちゃ、ですか」
「かぼちゃぷりん!」
テーブルの上できのことチーズのキッシュをあむあむ食べていたエーリスちゃんが、元気よく言った。
「かぼちゃぷりんもたくさん作れます、エーリスちゃん。私、どんな格好しようかな……エーリスちゃんにも、お洋服、着せてあげないといけませんね」
「それでしたら、リーヴィスに何か頼んでおきましょうか。最近は、エーリスさんの形をした人形も作っているようですからね」
「良いんですか?」
「ええ、きっと喜びます」
「……シエル様も、あの、死者の衣装を、着てきてくれますか?」
私一人が死者の衣装で歩くのは、少し恥ずかしい。
シエル様にお願いすると、シエル様はにっこりと微笑んで、「もちろん」と答えてくれた。
感想で、デートの相手についてシエル様というメッセージを一番初めにいただいたので、一番初めはシエル様かなと思いまして、ハロウィンデート番外編です。




