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傀儡/フランソワ・レスト



 ステファン様に剣を向けられたフランソワは、シエル様の鎖に拘束された状態でじたじたと暴れた。

 手のひらにある口のギザギザの歯で鎖に噛みつくけれど、拘束がほころびるというようなことはなかった。


「無駄ですよ。その鎖はただの鉄ではなく魔力で練り上げたものです。そうしようと思えば、あなたの四肢を簡単に、引きちぎることもできる」


 淡々と、シエル様が言った。

 フランソワは目を見開くと、両手を拘束されたまま両手を私に向ける。

 ルシアンさんの腕の中で両腕の治療を受けていた私に、大量の糸が向かってくる。

 レイル様がその糸を切り裂いたけれど、切り裂かれた糸は新しい糸に飲み込まれるようにしてその質量を増して、白い滝のように私に襲いかかる。

 ルシアンさんが私の体に覆いかぶさり、守ろうとしてくれる。


「……ステファン様!」


 私はルシアンさんの腕の中から、私の前に立つ力強い背中を見つめる。

 ステファン様の炎を纏った剣が糸を断ち切り、その炎は糸を伝って、拘束されたフランソワの体に向かっていく。


「私、私は、ひとりなのよ、一人で、頑張っているのに、酷い……! 酷い、最低、こんなの、最低だわ……!」


 フランソワは地団駄を踏みながら、炎に包まれている糸をかき消した。


「諦めろ、フランソワ。お前には勝ち目はない」


「あぁ、そうね……もう一度、もう一度、魅了、を……!」


 ひらひらと、どこからともなく毒々しい色合いをした蝶が何匹も部屋に飛び交いはじめる。

 蝶は皆の肩や額や目の上にとまって、その体に入り込むようにして消えていく。

 また――ステファン様は、私を嫌うのだろうか。

 私に優しかったシエル様たちも、私の敵になって、私を殺そうとするのだろうか。

 私は、ルシアンさんの服をぎゅっと掴んだ。


「大丈夫だ、リディア。私たちは君のエビフライを食べている。ここに来る前に」


「念のためと思って、食べておいてよかった。あの女の支配下に置かれるなど、虫唾が走る」


 ルシアンさんが優しく微笑んでくれる。

 ロクサス様が苛立たし気に言って、拘束されたお父様の縄を握りしめながら、フランソワを睨みつけている。


「あの女に媚び諂った無益な三年間、あの女は俺に精神操作の魔法をかけようとしなかった。俺の演技がそれほど信用できるものだったのか――ただの、間抜けか」


「ロクサス様、私を愛しているって跪いたくせに……っ、地味で暗いお姉様なんかより私の方がずっと魅力的だって言ったわ……!」


「演技だ。馬鹿め」


「男は嘘つき……男なんて、大嫌い……嫌い、嫌い、みんな嫌い、私には、お母様しかいない……!」


「お前を殺せば、父上は救われるのか? リディアを貶め国を乱した俺の罪は消えないが、……せめて、その役割は俺が」


 ステファン様が拘束されたままのフランソワに向かい炎を纏った剣を向けて駆けていく。

 蜘蛛の巣の上にはりつけにされた蝶に向かって、刃を振るっているように見えた。


「嫌……こないで、嫌!」


「駄目……っ、殿下、駄目……っ」


 フランソワの瞳に怯えが走る。

 見開いた瞳から、涙がこぼれている。

 フランソワは――人間ではないかもしれないけれど、今は無力な少女に見える。

 私の、妹。

 お父様の、子供で、私の、妹。

 私は思わずルシアンさんの腕の中から抜け出して、ステファン様に縋りついていた。

 怖かったけれど、痛かったけれど、フランソワの言動は、何か様子がおかしかったような気がする。

 しきりに、フランソワはお母様と、何かのことを呼んでいた。

 それはフランソワのお母様のソワレ様ではなく、魔物の生みの親の魔女シルフィーナでもない。

 だとしたらそれは――。


「あ、あ゛、あああ……!」


 フランソワの腹部に、太い蜘蛛の足のようなものがはえる。

 蜘蛛の足はフランソワの腹部に風穴をあけて、ずるりと足を抜くと、虚空に消えていった。


「フランソワ……!」


 シエル様の拘束魔法が消て、フランソワは冷たい石の床の上に倒れた。

 私はフランソワに駆け寄る。その背中に、真っ赤な血だまりが広がっている。

 倒れたフランソワの手の平からは、不気味にぱっくりと開いていた口が消えていた。

 フランソワの焦点を結ばない瞳は、虚ろに世界を見つめている。


「どうして、こんな、どうして……」


 誰も、何もしなかった筈だ。

 それなのに、どうして。


「ここは……どこ、……私は、……お母様は、どこ……ソワレ、お母様……食べられた……」


「フランソワ、しっかりして、フランソワ……シエル様、お願いです、フランソワを助けて……」


 拙い声が、言葉を紡ぐ。

 不吉な歌のように「食べられた、食べられた」と、フランソワは繰り返した。

 命がその体から、流れ落ちる血と共に、零れ落ちようとしている。

 シエル様はフランソワの傍に膝をつくと、その傷に手を翳す。

 風穴のあいていた腹部の傷が塞がっていく。

 なめらかな白い皮膚が現れて、見た目の傷は全て消え失せたように見えた。


「……リディア。魔法で傷は癒せる。だが、失われた命が戻ることはない。出血の量が多すぎる。手遅れだ」


 何も言わないシエル様の代わりに、ルシアンさんが淡々と事実を口にした。

 私はフランソワの手を握りしめる。


「あなたは……だれ……おむかえ、なの……? お母様のところに、私もいける……」


 フランソワはどこか安堵したようにそういって、はらりと涙をこぼした。

 まるで今までのフランソワとは別人のように、その声からは毒気が抜けている。

 フランソワも誰かに――支配されていたの?

 お母様と呼んでいた、誰かに。


「……これは、聖剣」


 フランソワの横に、細身の剣が落ちている。

 血に塗れたその剣を拾い上げて、ステファン様が言った。

 ステファン様が剣を手にすると、剣の細身の刀身が光り輝き始める。

 神聖な光に満ちた剣を、ステファン様は浮かび続けている鏡に向かって一振りした。

 光の太刀筋が、鏡の拘束を簡単に切り裂いて、鏡をぱりんと、割った。


「……かぼちゃぷりん……っ」


 割れた鏡が輝いて、中からエーリスちゃんが私に向かって飛び出してくる。

 白い体が黒ずんでいて、もふもふの毛並みがぼろぼろになっている。

 エーリスちゃんは私の胸元にもぐりこんで、大きな瞳から涙をこぼした。


「エーリスちゃん、助けてくれてありがとう……」


「かぼちゃ……」


 私はエーリスちゃんを片手でぎゅっと抱きしめる。


「フランソワ……どうしたら良いの……」


 私はエーリスちゃんを抱きしめながら途方に暮れた。

 フランソワが、死んでしまう。

 私の妹なのに。嫌いだったけれど、怖かったけれどでも――フランソワにだって、何か、事情があった。

 何かのために、誰かのために、必死だった。


「リディア……! リディア、すまなかった、リディア。お前には力があったのだな、リディア。私はお前を守らなくてはいけなかったのに。……すまない、リディア」


 縄に打たれたままのお父様が、項垂れながら苦し気に言う。


「お父様……」


「全て、思い出した。……それは、私の子ではない。フランソワ。そのような名前なのかも、定かではない。ソワレと共に私の元に来た子供だ。……そして、ソワレは死んだ。半年前だ」


「誰かに食べられたと言っていたね、フランソワ。一体誰が、君の母親を?」


 レイル様が、浅い呼吸を繰り返しているフランソワに尋ねる。


「……ファミーヌ、化け物……」


 フランソワは一瞬はっきりと意識を取り戻したように、瞳を見開いた。

 怒りと憎しみが、その瞳には浮かんでいる。


『――リディア。その少女を助けたいのか』


 その時、低い声が頭の中に響いた気がした。

 それは私のすぐ隣から聞こえる。

 私の隣には――すごくふわふわした、綿毛みたいな子犬みたいな何かが、ちょこんと座っていた。



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