フランソワ・レストの悪あがき
ステファン様は私を背後に庇うようにして、フランソワと向き直った。
フランソワの手を握りしめていたロクサス様は、手の甲をフランソワに引っ掻かれて、顔を顰めながら思わずといった様子で手を離した。
その隙に、フランソワはロクサス様から離れる。
離れるけれど──逃げ場を探すように、きょろきょろと周りを見渡して、それから腹立たしげに近くのテーブルの上のお皿を掴むと、地面に叩きつけた。
「こんな、エビフライで……!」
そこにすかさずエーリスちゃんが飛んできて、「かぼ、かぼ、かぼちゃ!」と言いながら、宙に飛んだエビフライをばくりと食べた。
「なんなの、この鳥! それにお姉様も、ロクサス様も、一体なんのつもりなの……!」
「フランソワ。……ずっと長い夢を、見せられていたのだな、俺は。そのせいでリディアを傷つけ、国を乱すところだった」
ステファン様が静かな声で言う。
そうだったわね。
ステファン様は、ゆっくり、丁寧に言葉を話す方だった。
話し慣れていない私に合わせて、私が会話に追いつくことができるように、一言一言、丁寧に。
汚い言葉を使うことなんてなくて。
シエル様を貶めたように、誰かを、差別するようなこともなくて。
変わってしまったのは、ステファン様の傍にフランソワがいるようになってからだった。
「なんのことですか、ステファン様……私を、愛しているって言いましたでしょう? 私と結婚してくれるって。私を聖女だって、聖女は私だけだって、言ったのに……!」
「お前は聖女などではない。……魔女だ」
ステファン様は首を振った。
ゆるく癖のある金の髪がふわりと揺れる。
ステファン様の横に、ロクサス様とレイル様が立った。
それから、フランソワの背後に、騒ぎに気づいて会場に来てくれたのだろう、シエル様とルシアンさんの姿。
フランソワが逃げられないように、それから来賓の貴族の方々を守るように、レオンズロアとセイントワイスの方々が、周囲を固めている。
「俺はずっと、夢を見させられていた。お前が聖女であり、リディアは悪女であるという、夢を。俺が今まで何をしたか、何を、言ったか。覚えている。リディアを貶め、それから、シエル……王宮で、宝石人を嘲ったな、俺は。……自分が、情けない」
「正気に戻られて何よりです、殿下。……懺悔も、後悔も、後に」
シエル様が冷静に言う。
エーリスちゃんが私の頭の上に戻ってきた。
エビフライをたくさん食べたから、食べる前よりもふくふくしている。
「お姉様には魔力がないはずで、ただの、役立たずのはずだったのに……私は聖女、私は聖女になるの。聖女の力を手に入れて、そして、ベルナール王家の、ステファン様と結婚をするの。全てを、私は手に入れるのよ……!」
「無駄だ。もう諦めろ、フランソワ。俺は全て思い出した。お前は五年前、父上に死の呪いをかけた。父上を助けて欲しければ、聖剣を寄越せと、俺に言ったな。だがそれも全て偽りだ。父上は死の呪いに侵されたまま、俺はお前に、操られ続けていた」
「ステファン様、何をおっしゃっているのかわからないです、私、怖い……っ、ステファン様もお姉様に騙されているのね、……助けて、誰か、助けて……!」
「迷妄な……」
ロクサス様が吐き捨てるように言った。
フランソワの言葉とともに、ざわりと、さざなみのようなざわめきが起こる。
セイントワイスやレオンズロアの一部の方々や、貴族の方々が、虚な瞳で私に向かってこようとしている。
「えっ、えっ、何、やだ、触らないでください……っ」
手を伸ばして私に掴みかかってこようとする方々から、私は逃げた。
「姫君……! 駄目だね、これは、操られているのか」
レイル様が私を庇いながら、セイントワイスの騎士の方が抜刀した剣を、隠し持っていた短剣で受ける。
「偽物め、偽物め……!」
「聖女はフランソワ様だ!」
「殿下を惑わす悪女め!」
「大衆食堂悪役令嬢のリディア! 大人しくしろ!」
聞き捨てならない言葉が聞こえて、私はレイル様に庇われながら「ロベリアです!」と反論した。
それどころじゃないのだけれど。
「ノクト、レオンズロアの乱心者を拘束しろ! 片っ端からリディアの作ったエビフライを食わせろ!」
「リーヴィス、セイントワイスも同様に。拘束魔法を使います」
ルシアンさんやシエル様の指示で、正気なままのレオンズロアの皆さんや、セイントワイスの皆さんが、それぞれ私に追い縋ってくる騎士の方々や魔導師の方々を拘束して、エビフライを口に突っ込んでいる。
貴族の男性たちはレイル様が殴ったり蹴ったりしながら地面に沈めている。
逃げ回っていた私を、ロクサス様が庇ってくれる。
貴族の女性たちの悲鳴が、あちらこちらであがった。
「お前が何なのか、お前も目的も、後で聞こう。レオンズロアの名の元に、お前を捕縛する」
「国を乱そうとした罪は重い。……あなたが魔女の娘であろうとなかろうと、あなたは危険です」
ルシアンさんがフランソワの片手を握り、締め上げた。
シエル様の足元から伸びる黒い蔦が、乱心した兵士の方々を雁字搦めにして、フランソワにも絡みつこうとしている。
ステファン様がフランソワに、哀れみの視線を向けた。
「もう終わりだ。聖剣を、返せ。そして、父上の呪いを解け、フランソワ」
「まだ終わってなんていない。私には役割がある。……私は聖女になる。そう、聖女になるの。お姉様、魔力がないふりをして隠していたのね。その力を私のものに……全ては、お母様のために」
フランソワの両手から、粘着質な蜘蛛の糸のようなものが大量に撒き散らされて、お皿の上のエビフライやお味噌汁にまとわりついて、食べることができないぐらいに細い糸でぐるぐる巻きにしたり、器を割ってこぼしたりした。
糸はルシアンさんの剣や、シエル様の体にも纏わりつく。
ルシアンさんは剣で糸を断ち切り、シエル様に触れようとした糸は瞬時に凍りついた。
「お姉様、その力、私が貰ってあげる」
フランソワの言葉とともに、私の足元が奇妙に柔らかくなった。
底なし沼に引き摺り込まれるようにして、私の体は地面の中に沈んでいく。
それは一瞬のことで、ステファン様が私に伸ばしてくれた手を掴むことはできなかった。
私の名前を呼ぶ声を遠くに聞きながら、私の意識は暗闇に飲まれるようにしてふつりと途切れた。
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