ステファン様とフランソワ
綺麗に揚がって、ででん、と巨体をお皿に横たえている大海老フライの上に、とろりとした具材がゴロゴロ入ったタルタルソースがかかっている。
たくさん出来上がった大海老フライの乗ったお皿を、食事を運ぶ用のカートに乗せていく。
調理台の上にちょこんと座ったエーリスちゃんが、大海老フライをばくりと口に含んで、あぐあぐと尻尾まで飲み込んだ。
エーリスちゃんよりも大きいのではないかしらと思うぐらいの大海老フライを、むぐむぐごくんと飲み込む。
「かぼちゃぷりん!」
「美味しい? よかったです。でもベルナール海老の尻尾は硬いから、食べなくても良いですよ」
「尻尾、カリカリしていて美味しいよ」
レイル様もお皿から大海老フライを摘むと、口に含んだ後、器用に手を使わずに尻尾まで食べながら言った。
私は海老の頭を茹でた茹で汁に、ネギとお豆腐とワカメを入れて、お味噌をといて、海老出汁のお味噌汁を作っている。
私がお味噌汁を作っている間、ルシアンさんもレイル様のようにエビフライを一本丸ごと、ばくりと食べて、シエル様はナイフとフォークで一口大に切ったものを、私に一口食べさせてくれた。
「前々から思っていたのだが、シエル、お前は少々、リディアとの距離が近いのではないか?」
シエル様に餌付けのようにエビフライを食べさせてもらっている私を見ながら、ルシアンさんが言う。
「そうですか?」
「何故さらっと食べさせているんだ」
「リディアさんの手が塞がっているので」
エビフライ、美味しい。
衣がサクサクしていて、中身がぎっしりで、海老の身がぷりぷりで、タルタルソースがまろやかで美味しい。
エビフライが美味しくて、私はにこにこした。
口の中いっぱいのエビフライ。美味しい。幸せ。
ステファン様も、美味しいって思ってくれるかしら。
昔、確かにあったはずのほんのり甘い恋心のようなものはもうないけれど、でも、何か良くないものにステファン様が操られているのだとしたら、助けて差し上げたいとは思う。
私、捕まりたくないし。
シエル様やルシアンさんが捕まるのも嫌だし。
このまま放っておいたら、ヴィルシャークさんたちの住んでいる旧キルシュタイン領には、キルシュタイン人たちと結託して反乱の意があるとか思われかねないって、みんな心配しているから。
やっぱり、なんとかしなきゃって思う。
「リディアさん、どうぞ」
「シエル様、大きい、です……口に、入らな……っ」
「あぁ、もう少し小さく切ったほうがよかったですね」
「シエル、それはわざとか」
「何がですか?」
何故か焦った様子のルシアンさんに、シエル様が不思議そうに首を傾げている。
私は大きなエビフライをむぐむぐした。
お味噌汁を作り終わった頃に、カートに乗せたお料理を廊下まで運んで、給仕の侍女の方に渡し終わったレイル様が戻ってきた。
「私が料理を運んでいる間に、ずいぶん楽しそうなことをしているね」
「レイル様、ありがとうございます。後は、お味噌汁を運んで……それで、ステファン様がちゃんと食べてくれるか、確認をしに、会場に行くだけですね!」
「そうだな。私とシエルは目立つから、隠れている。レイルは、リディアを連れて会場の給仕の中に紛れてくれ」
「任せておいて」
ルシアンさんに言われて、レイル様は力強く頷いた。
レイル様はロクサス様と同じ見た目をしているけれど、髪色も違うし、そもそも亡くなったことになっている。
病気で変色した真っ白の髪は目立つので、今日は黒い鬘を被っている。
私は侍女服を着ているし、小さいので、レイル様の後ろに隠れていれば大丈夫だろうという判断だった。
もしステファン様がエビフライを食べてくれなかったら、口の中に無理やり押し込まないといけないし。
その際は、レイル様とロクサス様がステファン様を拘束して、私が口の中にお料理を突っ込む、ということになっている。
新しいカートに、お味噌汁の入った器を並べて、クローシュを被せる。
レイル様がカートを押して、私はその横をドキドキしながら歩いた。
「姫君、大丈夫だよ。会場にはロクサスもいるし。もし何かあったら、私が姫君を抱えて逃げてあげる。そのまま二人で冒険の旅に出かけようか」
「冒険の旅ですか?」
「うん。あ。でも、勇者というものには仲間がいるものだから、ルシアンは戦士で、シエルは魔導師、ロクサスはなんだろう……ロクサスも魔導師? 魔導師が被ってしまうね……だとしたら、シエルには魔王役になってもらって、魔王城で世界征服をしようって頑張ってもらうか、それとも姫君をさらってもらうかしないと……」
「シエル様は優しいから、世界征服、しないです……」
「そうだね。じゃあやっぱりシエルが魔導師で、ロクサスは遊び人かな」
「遊び人って、何をするんですか?」
「カジノで遊ぶんだよ」
「カジノ……カジノって、なんでしょう……」
「カジノを知らない? 今度連れて行ってあげるね」
そんなことを話しながら、私たちは中庭に向かった。
いつもと変わらないレイル様の様子に、肩の力が抜けるのを感じた。
侍女の方々や給仕の方々とすれ違ったけれど、このところお城の中は、フランソワの悪口を言ったとか、ステファン様に逆らったとか、そんな理由で使用人の方々が辞めさせられたりと、入れ替わりが激しいみたいで、私たちが歩いていても不審がられたりはしなかった。
中庭にはすでに、華やかなドレスに身を包んだ貴族の方々がたくさんいて、大輪の花が咲いているように見えた。
テーブルには私の作った大海老フライが並んでいる。
華やかな庭園と、ドレスの方々、着飾った紳士の方々と、大海老フライ。
そして並べられていくお味噌汁。
かなりの違和感だけれど大丈夫かしらと、不安になる。
ロクサス様が私たちに気付いたのか、ちらりと私たちの方に目配せをした。
ロクサス様、さすがは独身公爵様という感じで、年頃の女性たちに群がられている。大人気。
そういえばロクサス様、ステファン様にフランソワを奪われたという形になっているのだけれど、そのステファン様とフランソワの婚約の祝賀会に参加するとか、周囲の方々からはちょっとかわいそうだと思われているのかもしれないわね。
ロクサス様は多分、あんまり気にしていないと思うのだけれど。
「あれが、フランソワか。名前だけでなく、プードルに似ている」
レイル様が小さな声で言う。
一番目立つ席に並んで座っている、フランソワとステファン様。
金髪の巻き毛で、前髪をポンパドールにしているフランソワは、確かにちょっとプードルみたいな髪型をしていると、言われてみれば、思えなくもない。
金髪に青い瞳の、美少女ではあるのだけれど。
プードルは可愛い。フランソワは、どうなのかしら。
「あの子は、エーリスちゃんの、妹?」
「かぼちゃぷりん?」
私の胸の間でモゾモゾしているエーリスちゃんに聞いてみたけれど、不思議そうな返事が聞こえただけだった。
「皆、今日は集まってくれて感謝する。俺と、レスト神官家の次女であり、女神アレクサンドリアの力を持つ聖女であるフランソワ・レストは無事に婚約することとなった。長女であるリディアは最低な女だったが、フランソワは優しさと聡明さ、愛らしさを兼ね備えた、正真正銘の聖女だ」
ステファン様が言う。
私は一瞬、ステファン様なんて助けなくて良いんじゃないかなって思った。
今すぐズボンのベルトなどが引きちぎれないかしらね。
もしくは、ジャケットが後前とか、椅子の足がもげて転ぶとか、しないかしらね。
などと一瞬思った。
駄目よ、私。恨んでは駄目。だって、ステファン様は操られているのかもしれないのだし。
「リディアはレスト神官家から逃げて街で隠遁生活を送り、シエルやルシアンを誑かし、聖女などと謀っているようだが、必ず捕まえて投獄する。フランソワ、心配しなくて良い」
「ステファン様、私、お姉様に恨まれているから、怖いです……っ」
フランソワが涙目で言う。
ステファン様はフランソワの両手を握りしめると、「大丈夫だ、俺の大切なフランソワ」と言った。
ちょっと帰りたいなって、私は思った。
ロクサス様も嫌そうに眉間の皺を深くしている。レイル様は「茶番だね」と、小さな声で呟いた。
「さぁ皆、祝いの席だ。存分に食べて、飲んで、いってほしい」
「ステファン様、今日は随分変わったお料理なのですね」
「これは……懐かしいな。俺が昔食べた、エビフライというものだ。父上と共に。料理人が気を利かせてくれたのだろう」
「……エビフライ」
フランソワが訝しそうに、お皿の上を見ている。
それから何かに気づいたように、自分の前にあるお皿をテーブルから手で払って、地面へと落とした。
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