いざ婚約発表祝賀会
──賢王だと評判だったゼーレ王の息子であり、平等で正しく優秀だと評価されていたステファン殿下が、リディアちゃんとの婚約を破棄した。おかしいとは思わない?
──フランソワと出会ってから傍若無人に振る舞うようになったステファン殿下。まるで人が変わってしまったように。
マーガレットさんの言葉を、私は思い出していた。
──赤い月の呪い。精神操作。エーリスちゃんが使えたという魔法ね。王宮の方角に、試練と自己犠牲、抗うことを否定されたカード。王宮は、誰かの支配に満ちている。
マーガレットさんは「以前から見えてはいたのだけれど、藪を突いて蛇を出しかねないでしょうし、リディアちゃんを守ってくれる信頼できる人が現れるまでは、口をつぐんでいたほうが賢明だと判断していたの」と言って、私たちを見回した。
私がやるべきことは、いつもと同じ。
料理を作って、食べてもらうこと。
金平糖の雨が降ったのは奇跡のようなもので、念じてみても何も起こらない。
だとしたら、やっぱり料理を作って食べてもらうのが、ステファン様にかかっているだろう呪いを解くには一番良い方法だと、結論が出た。
もしかしたらステファン様には呪いがかかっていなくて、純粋にただ性格が悪いだけかもしれないと、私たちの話を聞いていたツクヨミさんは言っていたけれど。
ただ単純に、純粋に、フランソワに心変わりをしただけかもしれないと、言われたけれど。
でも、それでも、やってみる価値はあると思う。
それから、数日。
──リディア・レストは、聖女の名を騙る詐欺師。
そして、私に加担するセイントワイスのシエルも、レオンズロアのルシアンも、ベルナール王家に叛意を持った反逆者である──。
唐突に、私を捕縛しに大衆食堂ロベリアにやってきた兵士の方はそんなことを言っていた。
どうやらそれはステファン様の近衛兵の方々で、ステファン様の命令で動いているらしい。
きゃあきゃあ言って泣きながら食堂の中を逃げ回っていると、シエル様が現れて私を連れて転移魔法で逃げてくれた。
シエル様のご自宅に匿ってもらって、同じく追われていたルシアンさんとも合流して。
それから、ロクサス様に連絡をとった。
私と仲良くしてくれていたけれど、ロクサス様は反逆者の汚名を着せられてはいない。
それぐらいジラール家の家名は強くて、「リディアは聖女の名を騙ってなどいない」と、ステファン様に直談判しに行ってくれたらしいけれど、聞く耳など持っていなかったそうだ。
フランソワが魔女の娘で、ステファン様が支配されているとしたら。
なんとかして私のお料理を食べさせれば、ステファン様は元の優しいステファン様に戻ってくれるかもしれない。
そうして私たちは準備を整えて、王宮に潜入したというわけである。
私は今、レイル様が王宮から盗んできてくれた、お城の侍女の方が着ている侍女服に身を包んでいる。
勇者とは、城の宝箱を勝手に開けるものだから、服を盗むのも朝飯前だと、レイル様は言っていた。
今日はステファン様とフランソワの、婚約発表の祝賀会が、王宮の中庭で開かれることになっている。
フランソワとステファン様の婚約が決まったのはもっと前のことだけれど、祝賀会を開くには準備が色々と必要らしい。
もちろん、ジラール家にも招待状が届いていて、ロクサス様も参加予定。
ジラール公爵家を継ぐのはロクサス様なので、そういった社交の場にもロクサス様が出席するようにと、ロクサス様のお父様から言われているらしい。
私とレイル様、シエル様とルシアンさんは、ジラール家の馬車で王宮に向かった。
そして──ロクサス様が城の門番に、礼儀がなっていないと文句を言って騒ぎを起こしている間に、王宮の中に忍び込んだというわけである。
その先は、セイントワイスの皆さんや、レオンズロアの皆さんに手引きをしていただいて、中庭のパーティーのための食事の準備で忙しい、王宮の調理場へと侵入した。
セイントワイスの皆さんやレオンズロアの皆さんの話では、団員の半数ぐらいの方々が、正気を失って、シエル様やルシアンさんを反逆者だと思い込んでいる、ということだった。
リーヴィスさんやノクトさんは無事で、仲間の心変わりを憂いていた。
シエル様は、「定期的にリディアさんの料理を食べにきていた者たちは、正気を保っていられるのではないか」と言っていた。
「ゼーレ王はこのところずっと、部屋で休まれているようです。病身だという噂がありますね。兵士たちはステファン殿下の言いなりで、ステファン殿下が黒といえば、白いものも黒くなる有様です」
調理場の料理人の方々をシエル様は魔法で眠らせると、ため息混じりにそう言った。
その方々をレイル様とルシアンさんが一つにまとめて、謝りながら縄で縛った。
もし途中で目覚めて逃げ出されたら面倒だからと判断したみたいだ。
レオンズロアの正気な方々も、セイントワイスの正気な方々も、シエル様やルシアンさんに言われて、ベルナール王家に恭順の意を示す演技をしている。
反逆者として追われる人数を極力減らして、王宮に潜入しやすくするためらしい。
そんなことになっていたとは知らずに、私はロベリアでいつもの毎日を送っていたので、兵士の方々が捕縛しに来た時は、びっくりしたけれど。
本当は、問題が起こる前に王宮に忍び込んでお料理をステファン様に食べていただくか、ステファン様を攫ってきて、お料理を食べていただくはずだった。
ルシアンさんは少し悔しそうに「先手を打たれたな」と言っていた。
「……リディアさんの料理で、ステファン殿下の魔法がとければ良いのですが。そうでなかった場合、……リディアさんを連れて、ひとまずはどこかに逃げて隠れるしかないでしょうね」
「旧キルシュタイン領の、キルシュタイン街なら、リディアを喜んで匿ってくれるだろう」
シエル様の言葉に、ルシアンさんが調理場の入口の壁にもたれかかって、腕を組んで言った。
入り口の見張りを、ルシアンさんはしてくれている。
ここまで手引きしてくれたリーヴィスさんやノクトさんは、怪しまれないためにパーティの警備に戻っている。
「逃亡か、それも良いね。姫君を連れて逃避行か……いっそ、そのまま世界を見て回るのも楽しそうだね」
縄で縛った料理人たちを見張りながら、レイル様が言った。
料理人の方々を眠らせて縛って、調理場を占拠するとか、すごく悪者って感じがする。
「言うなと釘を刺していたのに、辺境伯家に聖女が現れたと伝えたのはヴィルシャークで、そこから王家に伝わってしまったようですね。あれは、リディアさんに心酔しているようでしたから、フランソワは聖女などではなくリディアさんこそが本物の聖女だと……そのせいで、リディアさんは兵士に追われる羽目に。申し訳ないことをしました」
「大丈夫です、シエル様。……食堂で追いかけられた時は怖かったですけど、シエル様が助けに来てくださいましたし。それに、殿下にお料理を食べてもらおうって、話し合っていたから、どちらにしろ同じだったと思います」
結局、王宮に忍び込むことにはなっていただろうし。
私もシエル様もルシアンさんもレイル様も無事だし。
私はともかく、シエル様たちが簡単に捕まるとは思えないし。
シエル様のご自宅で身を潜めている間は、ちょっとドキドキして、楽しかった気もする。
子供たちがかくれんぼをする気持ちが、少しわかったような、そんな感じ。
「ステファン様がもし、操られているとしたら……元々の、優しかったステファン様に戻ってくれるとしたら……それは、嬉しいです。私、頑張りますね!」
私は両手を握りしめて言った。
私の胸の間に入り込んでいたエーリスちゃんがもぞもぞと顔を出して、「かぼちゃぷりん!」と可愛らしく声を上げた。
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