星読みの神官
マーガレットさんの質問に、エーリスちゃんはあぐあぐときのこの天ぷらを丸呑みにしながら、不思議そうに瞬きをぱちりとした。
マーガレットさんやツクヨミさんには、旧キルシュタイン領であったことはお話ししている。
私がシエル様たちとロベリアに帰ってきた時、マーガレットさんは私をぎゅうぎゅう抱きしめながら「おかえり、リディアちゃん! よかったわぁ……!」と言って、泣きながら喜んでいた。
マーガレットさんは私に話すことがあると言っていたけれど、なんだか慌ただしくて、まだお話しはできていない。
キルシュタインの方々からお礼を言われたり、ヴィルシャークさんには聖女様と崇められたり、月魄教団の方々にも救世主様と崇められたり。
旧キルシュタイン領にいると自分が自分でなくなる感じがして、なんだか落ち着かなくて、ここ、大衆食堂ロベリアに帰ってきて、やっといつもの日常に戻ったような気がした。
そしてようやく今日、落ち着いてみんなで集まることができたのよね。
「かぼちゃぷりん……」
エーリスちゃんはごくんときのこの天ぷらを飲み込んで、鳴き声をあげた。
鳴き声というか、話し声というか。
ともかく、今のエーリスちゃんはかぼちゃぷりんとしかお話しできない、小鳥のような何かだ。
「……あの、マーガレットさん。エーリスちゃんの記憶では、四人、いました。赤くて、怖い場所に、閉じ込められている女の人の前に、四人」
エーリスちゃんの記憶を、私は思い出す。
他の少女たちの姿はよく見えなかったけれど、ともかく四人、並んでいたと思う。
私は私の見たものを、シエル様たちにお話ししている。
記憶は薄れていってしまうし、私、忘れてしまうかもしれないから。
シエル様たちは私の話を熱心に聞いてくれた。特に、魔女シルフィーナの記憶の話になると、シエル様とルシアンさんは、それぞれの知っている言い伝えについて話し合っていた。
ベルナール王国では、神祖テオバルト様と女神アレクサンドリア様は夫婦であり、シルフィーナが横恋慕したと言われている。
キルシュタインの方々は、神祖テオバルト様とシルフィーナが夫婦であり、けれど心変わりしたテオバルト様と、アレクサンドリア様に迫害されて、シルフィーナとシルフィーナを崇める方々は狭い土地に追いやられたと言われている。
どちらが真実かなんてわからないけれど、私が見たものが本当なら、キルシュタインの方々の信じている神話こそが、正しいと言えるのではないかと、シエル様は結論づけていた。
「四人……四人のうちの一人が、エーリス。あと、三人ということね」
「そうなのでしょうね。セイントワイスがこのところずっと、探し続けていた、赤い月の呪い━─人が突然凶暴になる病の原因は、おそらく、エーリスの力を使うことができるジュダールが、その力を訓練するために起こしていたものと考えます」
シエル様が少し考えるようにしながら言って、続ける。
「マーガレットさん。そろそろ、あなたの話を聞かせてほしい。リディアさんに話さなければいけないことを、僕たちも共に聞いても良いですか? 僕たちは、リディアさんを守りたいと思っています」
「リディアの問題は、俺の問題でもある」
「私は、姫君を一体何から守れば良いのかな」
「……私の剣は、リディアに捧げる。リディアのためになら命を捨てることも厭わない」
「ルシアンさん、重たい……」
命を捨てるとか、困る。
「駄目だったか。それぐらいの覚悟があると言いたかったんだが。死ぬつもりはないが、私が死んだら、リディアは悲しんでくれるのか?」
「それは、悲しいですけど、そういうこと言わないでください……」
ルシアンさんが重たい。
軽薄だと思っていたのに、なんだかすごく重たい。
守ろうとしてくれる気持ちは嬉しいけれど、死ぬとか、死なないとか、言わないでほしい。
私がルシアンさんを涙目で睨むと、ルシアンさんもロクサス様と同じように、どことなく嬉しそうに目尻を染めた。
女性に睨まれて喜ぶご趣味があるのかもしれない。
「ええ。あなたたちにも、聞いてもらわないと困るわよ。あたしは、待っていたの。ずっと、待っていた。リディアちゃんを守ってくれる、リディアちゃんを大切にしてくれる誰かが、現れるのを」
マーガレットさんの目の前にきらきら輝くカードが現れる。
手も触れないのに空中に浮いているカードから、魔術師、戦車、月、死神のカードが現れる。
それぞれシエル様、ルシアンさん、ロクサス様、レイル様の前でくるくると回って、消えていった。
ツクヨミさんが「俺は仲間はずれなのか、マーガレット」と言って、「ま、お前らみたいに若くねぇしな」と、肩をすくめた。
「あたしが、大神殿で星読の神官として生きていたのは、おおよそ、二十年近く前まで。……もともと、あたしは孤児でね。孤児院で暮らしていて、……不思議な夢をよく見る子供だった。不思議な夢を孤児院の先生に伝えると、それは現実になった。孤児院の先生は奇跡だと言って、あたしを大神殿に連れていって、魔力診断を受けさせたの」
マーガレットさんの前で輝いていたカードは、星屑のような粒子を残して消えていく。
静かな店内に、マーガレットさんの艶のある声だけが響いている。
「あたしには未来の断片を見る力がある。それが分かってからは、大神殿の奥で、未来を見る役割についた。そのころはまだ小さくて、自分の見たものが、誰にどんな影響を与えるかなんて、考えてもいなかった」
マーガレットさんは、軽く首を振って、深く息を吐き出した。
「キルシュタインに、シルフィーナの力を持つ子どもが生まれる。それは世界を滅ぼすと、予言したのもあたし。ルシアンの故郷は、あたしのせいで滅んだのよ」
「マーガレットのせいではない。その予言は、本当だ。ゼーレ王がキルシュタインに攻めてこなければ、本当に、世界は滅んでいたかもしれない」
「……ありがとう、ルシアン。でもね、予言というのは、大抵の場合覆らない。あたしの見たものは、誰かが未来を変えようと動いたとして、違う形で実現してしまう。キルシュタインの魔女の子はいなくなったかもしれないけれど、そのかわりにエーリスや、魔女の娘が現れた」
「で、でも、マーガレットさん、エーリスちゃんは、もう良い子で……」
「そうね。だから、期待しているの。リディアちゃんや、リディアちゃんを守るあなたたちが、未来を変えてくれるんじゃないか……って」
私はエーリスちゃんのもちもちの体を撫でながら言った。
いっぱい食べたエーリスちゃんは、お腹がいっぱいになったのか、テーブルの上で丸くなってすぴすぴと眠りだしている。
より一層、丸餅みたいで可愛い。
マーガレットさんは私たちの顔を見回すと、祈るようにそう言った。
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