まるまるもちもち小鳥ちゃん
私のてのひらにぴったりおさまるぐらいの小ささの、ふるふるぷにぷにもちもちしている、謎の動物が、私を見上げて、羽のような、手のようなものをパタパタさせている。
「鳥?」
「いや、うさぎじゃないか」
レイル様とロクサス様がまじまじと奇妙な動物を見つめながら言った。
「……か」
「か?」
奇妙な動物が、小さな口を開く。
つぶらな黒に、赤い虹彩を持った瞳があるだけで、口も鼻もないように思えたのだけれど、ちゃんとあるのね、口。
辿々しい少女のような声で、動物は、言葉を話した。
「かぼ……か、かぼ、かぼちゃぷりん……!」
「エーリスちゃん……!」
私は小鳥のようなものを持ち上げた。
見た目通り、その体はもちもちしている。
ふにふにもちもちであたたかくて、可愛い。
「エーリスちゃん、エーリスちゃん……?」
「かぼちゃぷりん!」
エーリスちゃんは、私の手のひらの中で小さな黒い耳をぴょこぴょこ動かした。
やっぱり、エーリスちゃんみたいだ。
かぼちゃぷりんを食べていた時は、少女の姿だったけれど。
それよりもさらに小さくなっている。生まれたてのエーリスちゃんは、小鳥のような、もち、みたいな、姿だったのかしら。
「エーリス……」
ルシアンさんがなんともいえない表情を浮かべる。
ルシアンさんにとっては故郷の仇のような存在だから、あまり見たくないのでしょうけれど。
でも今のエーリスちゃんは、ただの「かぼちゃぷりん」と鳴く、動物にしか見えない。
「なんでエーリスがここにいるのかな、シエル」
レイル様に問われて、シエル様は顎に手を当てた。
「さぁ、何故でしょうね。今は、なんの力も持たない、無害な生き物に見えますね。あの時エーリスは、リディアさんの体の中に入っていったように見えましたから、……もしかしたら消滅したわけではなく、リディアさんを新たな宿主と決めただけなのではないでしょうか」
「宿主……」
シエル様の言葉に、私はなんとなく、きのこがたくさんはえた木を連想した。
「そうなんですか、エーリスちゃん」
「かぼちゃ」
「帰るところ、ないんですか、エーリスちゃん」
「ぷりん」
「かぼちゃぷりんとしか話せない役立たず」
「かぼちゃぷりん!」
ロクサス様に冷たく言われて、エーリスちゃんは私の手からピョンとはねると、ロクサス様の顔に激突した。
「痛っ! この、丸餅め……よくも……」
「動物相手に大人気ないよ、ロクサス。とりあえず、無害そうなのだから放っておいたらどうかな。きのこの天ぷら、美味しいよ、姫君」
エーリスちゃんのことをあまり気にした様子もなく、レイル様はもぐもぐと口にいっぱいきのこの天ぷらを頬張っている。
ツクヨミさんもあんまり気にした様子もなく、お酒を飲んでいる。
「嬢ちゃん、小動物が友達になるぐらい、よくある話だ。俺がヒョウモンくんと出会った時も、ヒョウモン君はそれぐらいの大きさだったぞ」
「ヒョウモン君、小さかったんですね」
「あぁ。小さくて可愛くてなぁ。今でこそあんなに大きくて立派に育ったが、小さな時はずっと俺の肩から離れなかった」
小さな蛸を背中に乗せて歩く、ツクヨミさん。
小さなヒョウモン君。可愛い気がする。蛸だけど。
「勇者界隈では……倒した魔物が仲間になりたそうにこちらを見ていることは、よくあることだからね。エーリスが姫君になついているとしても、驚かないよ、私は」
「よくあることなんですね……」
レイル様に言われて、私は頷いた。
エーリスちゃんが手のような羽をぱたぱたさせながらこちらに戻ってくる。
私の目の前にちょこんと座ると、体を傾けた。
首を傾げている感じだ。
「かぼちゃぷりん……」
「かぼちゃぷりんは、今日はなくて、きのこの天ぷらならありますよ、食べますか?」
「かぼちゃ!」
エーリスちゃんが羽をぱたつかせるので、私はエーリスちゃんの前に取り皿を置いて、小さめのきのこの天ぷらをおいた。
エーリスちゃんはその体と同じぐらいの大きな口をあけて、きのこの天ぷらにかぶりついた。
「わぁ、すごい。たくさん食べてくださいね……!」
「感心している場合ではないだろう、リディア。どう見ても、呪いの動物だ、それは。なんだその口は、体に対して口が大きすぎる。栄養を摂らせて、そのうちあの巨大な女に育ったらどうするんだ」
ロクサス様が冷たい。
「で、でも、お腹が空いていたら可哀想ですし……」
「大丈夫だとは思います。リディアさんはエーリスの記憶を見たと言いましたね。エーリスはジュダールに拾われて、恨みと憎しみを食べて育ったと。生まれたての赤子には、善も悪もありませんから、きっと、リディアさんの愛情がこもった食事を食べて育てば、良い魔物になるかと」
「それは、適当に言っていないか、シエル」
「……丸いものは正義ですので」
シエル様、結構可愛いものが好きなのかしら。
微笑ましそうに、自分の体と同じぐらいのサイズのあるきのこの天ぷらを丸呑みにしているエーリスを見つめている。
「あ、あの、ルシアンさん、飼っても良いですか……?」
「なぜ私に聞く?」
「ルシアンさん、嫌じゃないかなって。ルシアンさん、悲しい思いを、したから」
「それはもう、大丈夫だ。私には、君がいるからな、リディア。……動物を飼っていいか尋ねられるのは、なんとなく照れ臭いな。まるで私と君が……」
「調子に乗るな、ルシアン」
「そうだよ、ルシアン。姫君に救われたのは、君だけではないのだからね」
「そうですね。僕にとっても、リディアさんは恩人です。リディアさんがその丸いものを側に置くというのなら、あなたに何か悪い影響を及ぼさないか、その身に危害を加えないか、あなたの側で気を付けてみておきますよ」
「はい、ありがとうございます、シエル様」
私は取り皿に置くたびに、際限なくもしゃもしゃきのこの天ぷらを食べているエーリスちゃんの頭を指先で突いた。
もちもちふにふにしている。
エーリスちゃんは私を見上げて「かぼちゃぷりん」と言った。
「サラッと姫君の側にいると宣言しているシエルが一番厄介なんじゃないかな、ロクサス。お兄様はロクサスを応援しているけれど、不利だよ、ロクサス。大丈夫?」
「シエルには何も言えん。リディアはシエルを信頼しているからな。シエルを悪く言うと、リディアが泣く」
「私たちはまだ、友人になったばかりだからな。これからだ、これから」
レイル様とロクサス様、ルシアンさんが顔を突き合わせて小声で何かを話している。
もしかしたらエーリスちゃんのことについて、相談しているのかもしれない。
ツクヨミさんには三人の会話が聞こえているらしく、肩を震わせて「若いな、お前たちは」と笑っている。
シエル様が「きのこの天ぷらというのは初めて食べましたが、美味しいですね。リディアさんも、どうぞ」と言って、私の取り皿にきのこの天ぷらを取って置いてくれる。
私はお箸できのこの天ぷらを摘んだ。
黄金色の衣に包まれた立派な天ぷら。丸ごと一本のタケリマツタケは、ずっしり重い。
先端の部分を口に含むと、口の中にサクサクの衣の食感と、カリっと齧ると、タケリマツタケの芳醇な香りが広がって、きのこのスープがじんわりと溢れてくる。
なんとなく、視線を感じる。
口に入り切らないので、先端の部分をもぐもぐして、口から離す。
「美味しいですね、きのこ。ルシアンさん、また一緒に行きましょうね、きのこ狩り。今度は、みんなで」
私とぱちっと目があったルシアンさんが、何故か口元に手を当てて、狼狽したように視線を逸らしながら「あぁ、そうだな、行こう」と言った。
「……ね。あんた。エーリス。魔女の娘の長女なのよね。魔女の娘は、あと何人いるの? 何人で、降りてきたの?」
今まで静かにしていたマーガレットさんが、静かな声で聞いた。
その表情は、いつものにこにこしているマーガレットさんじゃなくて、すごく、深刻なものだった。
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