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気を取り直してきのこパーティ




 粉ふるいにかけた小麦粉と卵、冷たいお水を、小麦粉がだまにならないようにぐるぐると混ぜていく。

 かしゃかしゃ、ぐるぐる。

 コンロの揚げ物用の鉄鍋は油がたっぷり入っている。

 きのこを衣の中に入れて衣を絡めると、熱した油の中に菜箸で摘んで静かに入れる。

 しゅわしゅわ、じゅうじゅう。

 きのこの中の水分がぷつぷつと弾けて、大きな泡が次第に小さくなって、きのこが浮かび上がってくる。

 それを、網を敷いたバットの上に菜箸で摘んで引き上げて、油を切っている間に、次のきのこも揚げていく。

 じゅわじゅわ、しゅうしゅう。


「あつ……っ」


 ぱちんと跳ねた油が、腕に一粒落ちた。

 揚げ物は、油が跳ねるのよね。

 でも美味しい。

 油で揚げると、基本的に美味しい。きのこも、お野菜も、お肉も、海産物も全部美味しい。


「大丈夫か、リディア……!」


 ルシアンさんが私の背後から、私の手をとった。

 私は片手に菜箸、片手に天ぷらにされる順番待ちをしている衣を纏ったきのこが入ったボウルを持っているので、身動きが取れないのよね。

 背後からということは、なんというか、真後ろから抱きしめられているみたいな感じ。

 ルシアンさんと私はお友達だけれど、これはちょっと、距離が近いのではないかしら。


「あぁ、赤くなっているな。油は、危険だ。私が代わろう」


「い、いえ、大丈夫です、油ははねるものなので……少しぐらいはねても大丈夫ですし、怪我、私、結構すぐに治るのです……」


 心配性だわ、ルシアンさん。

 ルシアンさんはレオンズロアの騎士団長さんに戻った。

 ノクトさんや騎士団の皆さんは何も聞かなかったし、何も言わなかったらしい。

 捕縛されたジュダールは、月魄教団の皆さんが然るべき処遇を決めるのだそうだけれど、ロクサス様の力でおじいちゃんになってしまったから、もう今は、言葉もろくにお話できないのだという。

 旧キルシュタイン領は、あれからヴィルシャークさんと話し合いをしたシエル様が、ヴィルシャークさんが積極的に差別撤廃の方向へと動き始めてくれるようなるはずだから、きっと大丈夫だろうと言っていた。


「すぐ治るとしても、怪我は怪我です。手を貸して」


 シエル様が私の手に触れて、治癒魔法で少し赤くなった場所を治してくれる。


「ありがとうございます、シエル様。あ、あの、ルシアンさん、揚げ物、危ないので、離れてください……」


「あぁ、心配でつい。君は小さいな、リディア。私の腕の中にすぐにおさまってしまうほど」


「ルシアンさんが大きいんですよ。ルシアンさんもシエル様も、私よりもずっと、背が高いです」


「ルシアン。リディアさんの邪魔をするのなら、追い出しますよ」


「邪魔はしていない。傷の心配をしていただけだ、友人としてな」


「心配は不要です。リディアさんの怪我は僕が治します、友人として」


 ルシアンさんが私から手を離してくれたので、私はきのこの天ぷらを揚げるのを再開した。

 きのこの天ぷら用の大根おろし入りおつゆと、お塩と、お醤油も準備している。

 塩辛いものが好きなツクヨミさんは、さっぱりしたおつゆよりは、お醤油の方が良いらしい。

 お塩を少しつけて食べるのも美味しい。


「リディア、ルシアンも友人なのか。俺ももう友人ではないのか」


 揚げ物をしている調理場は危ないので、万が一ロクサス様が揚げ物用の油鍋をひっくり返したらそれはもう大怪我になっちゃうので、ロクサス様には大人しくカウンター席に座ってもらっている。

 シエル様とルシアンさんは私のお手伝いをしてくれていて、油を切ったきのこの天ぷらをシエル様がお皿に並べて、ルシアンさんが運んでくれている。

 ツクヨミさんはテーブル席でマーガレットさんとお酒を飲んでいて、今日はレイル様もそこに参加している。

 レイル様は「勇者は豪快なものだから、酒にも強いと相場が決まっているんだよ」と言っていた。ツクヨミさんは「勇者は酒を飲まないんじゃねぇか」とレイル様に言って、倭国の勇者と、ベルナール王国の勇者は違うのではないかという、勇者談義に花を咲かせている。


「ロクサス様は……親切な知り合いです」


「なぜ俺だけ」


「公爵様と私は、身分が違いますから……」


「リディア、お前はレスト神官家の長女であり、アレクサンドリアの力を持つ聖女だ。身分で言えば、俺の方が下なのでは?」


「……私は大衆食堂ロベリアの料理人です」


 私は天ぷらを揚げながら、ロクサス様を涙目で睨んだ。

 ロクサス様は何故か頬を染めて、視線を逸らした。

 私は睨んでいるのに、照れるとか、ロクサス様には女性から睨まれると喜ぶ趣味でもあるのかしら。


「ええ、リディアさん。僕がセイントワイスの魔導師であるように、あなたもロベリアの料理人です」


「そうだな、リディア、私がレオンズロアの騎士団長であるように、君もロベリアの料理人だ」


「お前たち、リディアに甘いのではないか。特にシエル。お前はウィスティリアの後継者だろう。俺は、ジラール家の父上から聞いている。ウィスティリア伯には娘のビアンカしか、子供がいなかったと」


「で、でも、シエル様には、ご兄弟がいるって……」


 私の味方をしてくれるシエル様とルシアンさんに呆れたように嘆息してから、ロクサス様が言った。

 私は戸惑いながら、シエル様を見上げる。


「兄弟はいますよ。ウィスティリア家を継いでいるのは兄ですし」


「正確には、皆、養子だな。ウィスティリア伯には子供がビアンカしかいなかった。そのため、孤児を養子にしている。養子の子が、ヴィルシャークや、現ウィスティリア伯だ。兄弟のように育ったのだろうが、正確には従兄弟であり、血筋も継いでいない」


「ややこしい、です……ヴィルシャークさんは、従兄弟だけれど、兄弟、みたいな感じだったって、ことでしょうか……」


「どちらでも良いのですけれどね。正確には従兄弟ですが、僕の中では、ずっと同じ家にいたので、兄弟のようなものです」


「意地悪な兄弟ですね」


「リディアさんとお揃いですね」


 シエル様が穏やかに笑うので、私もにっこりした。

 フランソワも意地悪な姉妹。

 シエル様と同じ。


「ともかく、そんなわけだから、身分の違いで友人になれないというのは妙な話だろう」


「ロクサスは下心に塗れているからね」


「友人というには、少しな。なんせ、メイド服を着せて連れ回す趣味があるわけだしなぁ」


「お友達って感じじゃないわよね。心の余裕の問題かしらねぇ」


 レイル様とツクヨミさんと、マーガレットさんが、顔を見合わせて何かをコソコソ話している。

 お話ししているうちに、きのこの天ぷらが全部揚げ終わった。


「できました! 今日もみんなお疲れ様の極太タケリマツタケの天ぷらです!」


 お皿の上では、綺麗にあげて油を切った、さくさくのタケリマツタケの天ぷらが輝いている。

 豪勢に一本ずつ丸ごとあげているので、かなり大きい。

 食べにくいかもしれないけれど、せっかくだから丸ごとあげてみたのよね。

 きのこはあんまり切らないで、丸ごと食べた方が美味しい。旨味がぎゅっと閉じ込められてる感じがする。


「口に入りきらないぐらいに大きいですけど……でも、美味しいと、思います……」


 みんなで座るために、中央に移動したテーブルの上に、私がきのこの天ぷらを置くと、ルシアンさんやシエル様も一緒に来て、席についてくれた。


「姫君も、一緒に食べようね」


「はい!」


 レイル様に促されて、私も席に着く。

 みんなでお食事前の祈りを捧げる。伏せていた目を開くと、私の前には、ちょこんと、黒い耳のあるまんまるい、白い小鳥のような、もち、のようなものが、座っていた。 


 



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― 新着の感想 ―
[良い点] もふもふきたぁ!!(//∇//) まんまる、もち、小鳥サイズで耳が黒い…… ハム●郎かな? [気になる点] ルシアンさんが友人枠に入ったから、塩対応枠がロクサス様だけになって、ちょっと可哀…
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