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リディアとはじめての炊き出し




 金平糖の雨の中、壊れた街が元の姿に戻っていく。

 子供たちが両手を空にひろげて飛び跳ねている。

 大人たちは手にしていた武器を置いて、それぞれ大切な人たちと、手を取り合っている。

 唖然とした表情で空を見上げていたヴィルシャークさんが、目を見開いて私を凝視した。

 シエル様とロクサス様が、私を守るようにして前に出る。

 ヴィルシャークさんは、地面に両手をついて蹲るような格好をした。


「……まるで、奇跡だ」


 その言葉をきっかけにしたように「聖女だ」「聖女様がいらっしゃった」という声が、さざ波のように街に溢れる。


「俺はずっと、……優秀な、シエルに嫉妬をしていた。俺だけではない。ウィスティリアの血族たちは、皆、そうだ」


 頭を下げたヴィルシャークさんが、絞り出すような声で言う。


「人にはとうてい制御しきれないほどの魔力を持ち、異形でありながら美しく、後ろ盾もないままにセイントワイスの筆頭魔導師までのぼりつめて、王の信頼もあつい。幽玄の魔王とまで呼ばれた――シエルの噂を聞く度、嘲笑った。嘲笑っていさえすれば、俺の方が、上だと、思うことができる」


「ヴィルシャーク。僕は……優秀などでは、ありません」


「お前がどう思っていようが、否が応でもお前の噂は耳に入ってくる。妖精竜を一人で討伐し、呪いをまき散らす四つ首メドゥーサを倒した、と。それに比べ俺は、廃棄されたデウスヴィアで、くすぶり続けている。そして、此度の惨状だ。キルシュタイン人を責める以外に、一体何ができる……! ……俺は、この街は、どうしたらよいのだ、聖女様よ。あなたの言葉を、聞かせて欲しい」


 ヴィルシャークさんの言葉は、私に向けられている。

 ルシアンさんとレイル様も私の元に戻ってきた。


「建物も、怪我人も、全て元に戻ったよ。私は何もしていない。これは、姫君の力なんだね」


「リディア……君は、やはり、アレクサンドリアの力を秘めた聖女なのか」


 レイル様とルシアンさんに言われて、私はびくりと、体をすくませた。

 私には、よく分からない。

 ただ――シエル様が人を傷つけるのは嫌だと思って。

 人々の憎しみあう声をきくのは、嫌だと思って。

 そうしたら――体中に、何かが、あふれるみたいで。


「私……私は……」


「リディア。皆が、お前の言葉を求めている。……そのままのお前で良い。どうして欲しいのか、どうしたらよいのか、何をするべきか。お前の言葉で、伝えれば良い」


 ロクサス様が励ますようにそう言った。


「……リディアさん。僕は、あなたに救われました。……あなたの制止の声がなければ、僕はヴィルシャークを殺めていたかもしれません。それぐらいに、感情的になっていた。……あなたは、どうしたいですか? 僕は、僕の全てでリディアさんの望みを叶えたい」


「シエル様……」


 シエル様が私の手を取って、いつもと同じ穏やかな口調で言った。

 いつものシエル様。

 もう、怒っていない、優しい――人のことを考えて、自分のことを疎かにする、シエル様。


「シエル様……私、いつもの、毎日が良い、です。私、怒ること、たくさんありますし、泣いたり、悪口を言ったりだって、します。……私は優しくなくて、聖女なんて、すごい人でもなくて。……嫌いな人だっているし、嫌いな人が、何もないところで突然転んでくれないかな、とか、思ったりもします」


 誰にも怒らないで、全員好きで、誰に対しても優しくて。

 そんな女神様のような人にはなれないし、だから、聖女なんて呼ばれると、萎縮してしまうけれど。


「でも……悲しいこととか、嫌なこと、たくさんあるかもしれないけど……大切な人がいて、一緒にご飯を食べたり、笑ったり、していたいんです。誰かが、どうしようもない理由で、傷つけられるのは嫌なんです。悲しいことがもう起らないように。キルシュタインの人たちも、ベルナールの人たちも、私には同じに、見えるから」


 それはとても、難しいことかもしれないけれど。

 街が元通りになって、怪我も、治って。

 それなら心も――元に戻って欲しい。

 元々憎しみあっていたものを変えることは難しいというのはわかっている。でも、刃を持たなくても――解決できることだって、きっとあるはずで。


「仲良くなんて、できないかもしれないけれど……でも今は、無事だったことを、一緒に喜んでも良いんじゃないかなって、思うんです……」


「――皆、聞いたか。聖女様の寛大なお言葉を……! 争いあう我が街を、聖女様は見捨てずに、救ってくださった。刃を捨てよ、手を取り合い、皆の無事を確かめるのだ」


 ヴィルシャークさんが立ち上がると、大きな声をあげる。

 ヴィルシャークさんの背後に停められていた馬車から降りてヴィルシャークさんの元へと駆け寄ってくる、綺麗な女性と小さな子供の姿がある。

 二人を抱きしめて、ヴィルシャークさんはどこか、安堵したように笑った。

 刃と怒号をおさめた人々も、それぞれの家族と抱きしめ合っている。


「……リディア。こんなことになったのは、全て、私に責任がある。私は償わなくてはいけない」


 その光景を見ながら、ルシアンさんが小さな声で呟いた。

 レイル様がそんなルシアンさんの背中を思い切り叩いた。


「君の目は節穴で、その耳は飾りなのかな、ルシアン。姫君の言葉を聞いていなかった? 姫君は、いつもの日常に戻りたいと言っているんだよ。そこには、君も含まれている。……それとも君は、もう帰りたくない?」


「私は―――」


「ルシアンさんにとって、……帰ることがつらいなら、……私は」


 本当は、皆で一緒に、また私のお店にご飯を食べにきてほしいけれど。

 でも、ルシアンさんが苦しいことを、無理にとは言えない。


「そうだな。別に帰ってこなくとも良い。リディアのことは、俺や兄上に任せておけ。お前はいなくても良い、ルシアン」


「そうですね。リディアさんの傍には、僕がいますから」


 ロクサス様とシエル様がちょっと冷たい。

 レイル様も肩をすくめると「まぁ、確かにそうだね。一人減るのは、私たちにとっては有難いことだよ」と言った。


「待て。お前たち。……シエル、お前は私に戻れと言っていただろう」


「言いましたが、意見を変えました。この街に広がる憎悪の感情は根深いでしょうが、ウィスティリア辺境伯家の問題は、僕がなんとかします。リディアさんを守るのは、僕一人でも十分です」


「私も、……元の私に、戻る。罪が許されるというのなら、嘘を突き通したい。ルシアン・キルクケードとして、生きたい」


 私はほっとして、ルシアンさんを見上げてにっこりした。

 それから――ぱん、と、手を合わせる。


「少し早いけど、もうすぐ夕食の時間ですよ、ルシアンさん。金平糖だけじゃ、おなかいっぱいになりませんよね。なんで金平糖だったのかな。もう、消えてしまいましたし……やっぱり、お腹いっぱいになるご飯を、食べて貰いたいです」


「つまり、炊き出しをするということか?」


「はい! 沢山つくるので、手伝ってくれますか?」


「あぁ、もちろん。災害救助も騎士団の仕事の一つだからな。炊き出しにも慣れている」


「それは良いね、何を作ろうか、姫君」


「それなら、セイントワイスの部下たちも呼びましょう。人手は多い方が良いでしょうから」


「材料費は俺が出そう。ジラール公爵家の慈善事業として経費で落とすから、問題ない」


 そうして――私は、街の広場の大鍋で、災害時の定番具だくさん甘口カレーを作った。

 街の広場には沢山の人が溢れて、ヴィルシャークさんも家族の皆と笑顔を浮かべながらカレーを食べてくれた。

 キルシュタインの人たちも、ベルナールの人たちも、用意した簡易テーブルで、一緒にご飯を食べている。

 それですぐに、何かが良くなるとか、解決するとか、そういうわけじゃないと思うけど。

 でも、少しでも――変わるものがあれば良いと思う。

 セイントワイスの皆さんが転移魔方陣を使ってすぐに駆けつけてくれて、それから、レオンズロアの騎士団の方々も、多人数用空中浮遊魔石装置できてくれて。

 皆で手分けをしてお料理を振る舞い終わった頃には、すっかり日が暮れて、街は何事もなかったように、静まりかえっていた。


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