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筆頭宮廷魔導士シエル・ヴァーミリオン




 お客さんかしら。

 お客さんよね。

 だってカウンターに座っているもの。気配は感じなかったけど、お客さんよね。

 私のお店は店員が私一人だけなので、キッチンにいるとお客さんに気づかないこともある。

 そのため、入り口には鈴をつけていて、開くとリンリーンと、結構大きな音がする。

 音、しなかったわよね。

 私がルシアンさんの現実的なソーセージに夢中だったこともあるかもしれないけれど。


「い、いらっしゃいませ……ご注文は、何にしましょう?」


 私は両手にルシアンさんの現実的なソーセージを握りしめたまま言った。

 とりあえず完成したので、これは氷魔石が使われている冷蔵保存庫にしまわなきゃ。

 鮮度が落ちてしまうもの。


「君は、質問に答えていません。ルシアンがどうしましたか?」


 男性はもう一度言った。

 知らない人ね。ルシアンさんの熱烈なファンの方とかかしら。

 ルシアンさん、有名人だものね。女性たちから人気があるのは知っていたけれど、男性からも人気があるのね。

 顔だけは良いもの。中身は戦うことしか考えてない狂戦士みたいな方だけど。

 カウンターに座っているのは、上質な布でできた黒いローブを身に纏った方で、ローブの下に着ている詰襟の服は金の縁取りがされていて、とても高そう。

 どこかで見たことがある服よね。

 男性は立ち上がった。何事かと思って、びくびくしながら見ていると、キッチンにずかずか入ってくる。

 変態かもしれない。

 どうしよう。

 お店で変態と二人きりになってしまったわよ……!


「な、な、なんですか……っ、お客さんが、キッチンに入ってきたら、困ります……っ」


 ひいひいしながら私が言うと、その男性は綺麗な顔に優し気な笑みを浮かべた。

 うん。顔は綺麗。

 顔は綺麗なのよ。ルシアンさんと一緒で。

 艶々さらさらの銀の髪は前髪が長い。

 毛先のところどころを束にして、その先に宝石のようなものをつけている。

 両耳にも宝石の耳飾りをしていて、煌びやかな方だ。

 その数々の宝石よりももっと煌びやかなのは、ルビーに似た深紅の瞳である。

 赤い瞳がまっすぐ私を見つめている。

 顔の良い変態だ。


「それは、ソーセージですね」


「はい……これは、ソーセージです」


 母国語の初期講座みたいな会話を交わして、私は一歩後ろにさがった。

 とりあえず、説明しないと。質問に答えなさいとか言われて、ひどいことされるかもしれない。

 ひどいことって、でも、具体的に何かしら。

 暴力的なお兄さんにはあんまり見えないのだけれど、でも実は暴力的なのかもしれないのよ。

 下流階級の人たちが住んでいるここ、南地区アルスバニアには、優し気な見た目の暴力的なお兄さんが結構多い。


「あ、あの、食べますか、ソーセージ……これは、今できたばかりで、元々のソーセージは小さかったんですけど、ルシアンさんがもっと大きい方が良いって、具体的な大きさのアドバイスをくれたので、新しくつくったんです」


「そうなんですね。現実的、とは?」


 すごい。私の独り言を全部聞いているのね、このお兄さん。

 それぐらいずっとカウンター席に座っていたのに、まったく気づかなかったのよ。

 お兄さんの存在感が薄い、というわけじゃない。

 むしろ存在感しかないぐらいの、煌びやかなお兄さんなのに。


「ルシアンさんのサイズが、現実的だって、みんなが言うんです。だから、現実的なんです、たぶん、きっと、良く分からないんですけど、現実的なんだと思います……!」


「……現実的」


 お兄さんはそうぽつりと言って、腕を組むと軽く首を傾げた。

 艶々の銀髪がさらりと揺れる。ついでに宝石もきらきらと揺れる。

 宝石、高そう。

 たぶんお金持ちなのだわ。顔が良いお金持ちの変態に午前中から絡まれるなんて。

 かなしい。


「うう……」


「どうして泣くんですか?」


「こわいからですよ……っ、お客さんはキッチンの中に入ってきたらだめなんです……」


「駄目と言われても。カウンターからキッチンまでの通路には遮るものは何もありません。近づいたほうが会話がしやすい。あなたの顔を、もっとよく見たかったので」


「うえぇ……」


 変な声が出てしまったわよ。

 顔の良いお金持ちの変態は私の知り合いとかじゃないし、私は顔をよく見たいと言われるほど、魅力的な人間じゃないのよ。

 なんせ目玉焼き人間よりも下層の無価値人間なのだから。

 顔立ちは――普通かもしれないけれど。

 身長はそんなに高くないし、髪は黒いし、胸は、胸は大きい。うん。胸は大きい。

 大きくても役に立たないもの。

 胸が大きくても婚約は破棄されてしまうものなのよ。

 たぶんフランソワよりも私の方が胸は大きいのだけれど、だから何、って感じよね。


「怖がらせてしまいましたね、申し訳ありません。知り合いの名前をあなたが呼んでいたものですから、つい、気になってしまって。気になることは最後まで追求しないと気が済まないんですよね」


「は、はぁ、そうですか……」


 私は両手に握りしめていたルシアンさんの現実的なソーセージを、ひとまず大きなお皿にうつした。

 だって、体温であたたまったらいけないもの。せっかく作ったのだから、美味しく提供したいし。


「申し遅れました、僕はシエル・ヴァーミリオン。魔導士です」


「……ええと、その、あの、……そのお洋服、宮廷魔導士さんのお洋服ですよね?」


「流石は、よくご存じで。レスト神官家のお嬢さんなのだから、知っていて当然かな。一応、筆頭宮廷魔導士などを務めているのですが」


「セイントワイスの中でも一番偉い方ですね……」


 ルシアンさんは聖騎士団レオンズロアの騎士団長さんだけれど、このお兄さんは宮廷魔導士団セイントワイスを束ねる一番偉い人。

 私がまだステファン様の婚約者だったころ、お城のパーティーや式典会場などで、警備や巡回をしているルシアンさんの姿は何度か見かけたことがある。

 けれど、シエル様のことは良く知らない。

 ちなみに私が、ルシアンさんをルシアンさんと呼んでいるのは、最初ルシアン様って呼んでいたら「様、とかは、がらじゃない。ルシアンで良いぞ。私とリディアの仲なのだから、遠慮は不要だ」などとぐいぐいくるので、仕方なくなのよ。

 私とルシアンさんの間には、とくになにもないのだけれど。親しい認定されているのよね。

 ルシアンさんは誰にでもそうなのだけれど。距離感がおかしいのよ。

 ともかく、シエル様とルシアンさんが知り合いということは理解できた。

 ルシアンさんは王家直属の騎士団を、シエルさんは王家直属の魔導士団を束ねているので、会って話をすることも結構あるのかもしれない。


「身分などは、どうでも良いことなのですが、一応名乗っておかないと。あなたを怖がらせにきたり、泣かせにきたわけじゃないので」


 怖がらせにきたり泣かせにきたのだとしたら完全に変態なのよ。

 そんな人はいない。普通いない。


「じゃ、じゃあ、ごはんを食べに来たのですか? ごはん……ごはん、つくりますか……?」


 もうお話とか良いから、ご飯を作らせてほしい。

 ご飯を作るから、さっさと食べて帰ってくれないかしら。シエル様、煌びやかすぎて、お昼ご飯を食べに来た子供が泣いてしまうかもしれない。


「それが、リディアさん」


「名前、知ってるのですね……」


 私は名乗っていないのよ。


「ええ。レスト神官家の行方不明の長女、リディア・レスト。知っていますよ。ルシアンが言いふらしていますから」


「ルシアンさん……!」


 私の身分は別に隠していないのでよいのだけれど、すごく嫌な予感がする。

 言いふらしていたの部分に、特に嫌な予感がする。


「……あなたの料理には、不思議な力があるとか。どうか、僕を助けてくれないでしょうか?」


 シエル様は、とても真剣な表情で言った。

 やや強引に、私の手をにぎりしめてくる。私の、ルシアンさんの現実的なソーセージを握りしめていたせいで、べとついた手を。

 私は一瞬意識が遠のくのを感じた。

 私にできるのは美味しい料理をつくることであって、人助けとかじゃないのよ。

 とくに、筆頭宮廷魔導士様を助けるためにできることなんて、何一つないのだから。



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[良い点] 現実的なソーセージ(笑) 女性と子供には半分にカットして出してあげよう!現実的だからね! [一言] ―――――――「それは、ソーセージですね」 ―――――――「はい……これは、ソー…
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