眠れるキルシュタイン城
シエル様の転移魔法で訪れたお城の中は、誰も彼もが床に座り込んで、ぐっすり眠っていた。
「……懐かしいな」
お城の回廊を歩きながら、ルシアンさんが言う。
ルシアンさんの腕の中で、エーリスはか細い声をあげながら泣き続けている。
「ルシアンさん、大丈夫ですか?」
お城の中で見てしまった残酷な記憶を、思い出したりしないのかしら。
心配になって尋ねると、ルシアンさんは軽く首を振った。
「……心配してくれるのだな、リディア。ありがとう。こうして再び、君と話せるとは思っていなかった。私は君をずっと、騙していたのに」
「私、ルシアンさんのこと、女誑しだと思っていて、もともとそんなに信用していなかったので、大丈夫です」
「そ、そうか……」
「今のは、……半分は、嘘、で……心配、しました。ルシアンさん、お友達、ですし」
「ただの友人のために、君は危険を冒してくれるのか?」
「お友達は、大切ですから……」
私はルシアンさんを見上げてにっこりした。
お友達とは、そういうもの。
――そう、誰かが、私に教えてくれた。あれは、誰だっただろう。思い出せそうなのに、ずっと思い出せない。
「調理場はここかな。……かなり崩れてしまっているね。私に任せて」
大きなエーリスが城をえぐりとったあとが残っている。
瓦礫の残骸や穴が、お城の所々には見られている。
調理場と思しき場所も崩れてしまっていて、食材が床に散乱していた。
レイル様が手をかざすと、崩れた調理場や食材が、元の綺麗な状態へと瞬く間に戻る。
割れた卵も、潰れた林檎も元通り。新鮮で艶々。沢山詰まれた果物や、お野菜がとても美味しそう。
「本当は、壊れた街も全て元に戻すことができれば良いのだけれど。私の魔法だと、一部屋が限度というところかな。……それに、全てを元に戻すことが良いことだとは思わないから、今回は姫君のために特別だよ」
「ありがとうございます、レイル様。すぐに、お料理をはじめますね」
私はきょろきょろと調理場を見渡しながら言う。
お城の調理場はレスト神官家の調理場よりももっと大きい。
コンロも九つ並んでいて、お鍋も大きい。魔石オーブンもあるし、ミキサーもある。
私、可愛い女の子や子供たちにお料理を作りたいって、ずっと思ってた。
可愛い女の子や子供たちに作る料理は、やっぱり可愛いものが良いと思うの。
エーリスは、怯えていて怒っていて、泣いているから。
――私の食堂に今まで足りなかったお料理を、しよう。
「何か手伝えることはありますか?」
「はい……あの、シエル様は、お湯を沸かしてくれますか? 紅茶を入れようと思って。甘いミルクティーにします」
私がお願いすると、シエル様はケトルに水を入れて火にかけてくれる。
レイル様が茶葉を探したり、カップを用意してくれる。
じっと私を見ているロクサス様の視線を感じたので「ロクサス様はエーリスの相手をしていてください」とお願いすると、「仕方あるまい」と溜息交じりに言った。
ルシアンさんが椅子に座ってエーリスを膝の上に乗せている。
ロクサス様はポケットの中から小さな小栗鼠のぬいぐるみを取り出すと、エーリスの前に差し出した。
あのぬいぐるみ、私も持ってる。
セイントワイスの副官のリーヴィスさんの手作りのやつ。
可愛いので、お部屋に飾っている。
リーヴィスさん、知り合いの方々皆に配ったりしているのかしら。
エーリスはぬいぐるみを不思議そうに見つめている。一瞬大人しくなったけれど、再び大きな声で泣き出した。
「うるさい、子供。少しは黙れ。俺が子供の頃はお前のように泣いたりしなかった」
「ロクサスは結構泣き虫だった記憶があるけれどね」
「そんなことはない。それは記憶違いだ、兄上」
私は蒸し器をコンロにセットすると、小さめのカボチャを蒸し器の中に入れる。
小栗鼠のぬいぐるみを握りしめながら泣いているエーリスの前でとても不機嫌そうな表情をしているロクサス様を呼んで、蒸し器の時間をすすめてもらった。
蒸し上がったカボチャを取り出して、すっかり柔らかくなった中身をくりぬく。
くりぬいた中身を裏ごしして、滑らかになったカボチャのペーストに、砂糖と生クリームを入れて混ぜる。
とろとろしてきたところに、牛乳を加えて、それから良く混ぜた卵を入れてかきまぜる。
「ルシアン。キルシュタインの人々については、陛下ともう一度話す必要があると考えています」
シエル様が紅茶の茶葉を入れたティーポットにお湯をそそぎながら、ルシアンさんに話しかけた。
「……根深い感情についてはどうすることもできませんが、キルシュタインの人々を苦しめたのはウィスティリア辺境伯家の罪でもありますから。僕にも、ウィスティリア辺境伯家の長女ビアンカの息子としての、責任がある」
「シエル。お前には、関係のないことだろう。私は月魄教団の者たちと、……キルシュタインの民を守りながら、静かに暮らすつもりだ」
「それではなにも、かわらない。ルシアン。立場を隠し、レオンズロアの団長へと戻るべきです。国を内側から変えるためには、内側にいる必要がある。……それに、これで終わりとは思えない」
シエル様はルシアンさんの腕の中のエーリスを見ながら、静かに言った。
できあがったカボチャペーストを中身をくりぬいたカボチャに戻して、天板に水をはってカボチャを置いて、あたためておいたオーブンの中に入れる。
もう一度ロクサス様にお願いして、時間をすすめてもらう。
心が落ち着くような甘い香りが、食堂の中に漂った。
オーブンの中から天板を取り出すと、カボチャの中で、カボチャペーストがぷるぷるに焼けている。
泡立てた生クリームをのせて、生クリームのうえに調理場にあったラズベリーを一粒乗せた。
「できました! 小さな子供でもお野菜が食べられる、ぷるぷるまるごとカボチャプリンです」
そう――今まで、大衆食堂ロベリアになかったもの。
子供の喜ぶ甘いデザート。
私、今まで結構、お腹がいっぱいになることばっかり考えていたけれど。
甘い物も、心のゆとりとして、大切よね。
「美味しそうだね、姫君。カボチャプリン……はじめて見た」
「レイル様、カボチャプリン、知りませんか?」
「そうだね。姫君の作る料理は、知らないものが多いよ」
感心したようにレイル様が言う。
私はカボチャプリンをお皿にのせると、エーリスの前に置いた。
シエル様が淹れてくれた紅茶に牛乳とお砂糖を入れて、カボチャプリンの横に置く。
エーリスはぬいぐるみを握りしめたまま、大きく瞳を見開いて、目の前のデザートをじっと見つめていた。
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