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潜入といえば変装は定番



 出来上がったお料理を、カートに乗せる。

 何人分必要か分からないので、上下段になっているカートに乗せることができる分だけ乗せた。

 カートを調理場から外の通路へと運ぶ。


「私に良い考えがあるのだけれど。やっぱり、潜入といったら変装だと思うのだよね」


 レイル様がそう言って、調理場の外で眠らせて一まとめにしていた見張りの方々の、黒いローブを脱がせた。

 それから倒れている人たちを全員調理場に押し込めて、シエル様が入り口に封印の魔法をかける。

 封印の魔法は、数刻で効果が自動的にきれるものだと、教えてくれた。


「ちょうど顔が隠れるし、良いのではないかな」


 レイル様の提案で私たちは黒いローブを被った。

 男性用のローブなので、シエル様たちにはちょうど良いのだけれど私にはちょっとぶかぶかだった。

 子供がお化けごっこをするために、シーツを頭からかぶっているような感じ。

 目深に被ったローブから口元だけ出ているシエル様たちは、すっかり月魄教団の一員に見えた。

 私は、どうなのかしら。

 迷い込んだ子供に見えるのではないかしら。


「ふふ、可愛いね、姫君。小さくて可愛い。着せたのが、教団のローブではなくて、私の服などなら良かったのにね。やっぱり、自分の服を着せて、大きいです……って、言われてみたいよね、ロクサス」


「俺に振るな、兄上」


 どういうことか良く分からないけれど、レイル様とロクサス様が仲良しということはわかる。

 私、小さいから、レイル様たちのお洋服はどう考えてもサイズが合わないのだけれど。

 そしてお料理を、どこに運べばよいのか良く分からない。

 とりあえず、入ってきた方向が入り口として、反対側の奥に運んでいくと、黒いローブの方々何人かとすれ違った。

 シエル様が落ち着いた口調で「殿下にお食事を運びたいのですが、どちらにおられますか」と尋ねると、「今は、王都侵攻についての会議中だ。ここから奥に進んで、左側にある会議室に幹部の方々と共におられる」と教えてくれた。

 体の小さな私に気づかれないように、ロクサス様とレイル様が背後に隠してくれる。

 特に不審がられることもなく、私たちは食事を会議室へと運ぶことができた。


「ルシアンと僕たちは知り合いです。気づかれてしまう可能性を減らすために、食事を運ぶときに、声を出さないようにしてください、リディアさん」


「はい……っ」


 シエル様に言われて、私は頷いた。

 胸が、ドキドキする。

 緊張で口から心臓が飛び出しそうな感じ。

 こんなこと──今まで、あったかしら。

 レスト神官家の片隅にいたときも、学園寮で密やかに生活していたときも、それから、食堂を開いてからも。

 色々あったけれど、命を脅かされるような危険とは、縁遠い生活をしていた。

 私は変化することが苦手で、消極的で、料理を作る以外に自分から何かをするようなことはなくて。

 でも今は、ルシアンさんの事情を知ってしまって――ただ、何もせずにじっとしていることなんて、できない。

 私の我儘に、シエル様たちを巻き込んでしまったけれど。

 でも――心強い。

 会議室と思しき、他の扉に比べて立派で重厚感のある扉をたたく。

 中から響く「誰だ」という問いかけに「食事をお持ちしました」と、レイル様が答えた。

 レイル様は、ルシアンさんとまだ会っていない。だから、レイル様が受け答えをするということになっている。

 扉が開かれて「入れ」と、促される。

 長テーブルに、五人ほどの男性が座っている。

 皆、同じような黒いローブを被っていて、白いお面をつけている。

 目と口元に黒い切れ込みがあるだけの不気味なお面で、誰が誰なのかはよくわからない。

 中央に、ルシアンさんが座っている。

 ルシアンさんは私たちの姿を見ることもなく、テーブルに肘をついて両手をくんで、目を伏せていた。


(ルシアンさん……苦しそう)


 騎士団にいたときのルシアンさんは、いつも楽しそうに見えたのに。

 でも――そちらが、演技だったのかしら。

 本当はずっと苦しくて。何をしていても、苦しくて。

 少しだけ、理解できる。苦しさや辛さは、私も知っている。自分がひとりぼっちだと自覚してしまったとき、それは不意に、怪物に襲われるみたく私の心を支配して。

 泣いたり怒ったりする以外に、何もできなくなってしまう。

 私はそっと、ルシアンさんの目の前に、マッシュポテトとコケモモジャム添えミートボールのお皿を置いた。

 ナプキンの上に、フォークとスプーンを置く。

 ルシアンさんは驚いたようにお皿の中身を見た後、私の腕を強く掴んだ。


「……君は」


 ルシアンさんに話しかけられて、私は顔を見られないようにフードを手で押さえて俯いた。

 声を出しちゃいけないのよね。

 掴まれた腕が、痛い。


「……その子供が、何か、無礼をしましたか」


 レイル様が尋ねると、ルシアンさんは軽く首を振って、私から手を離してくれた。


「反逆の狼煙をあげることがようやく決まった記念すべきこの日に、我らの愛すべき故郷の料理を振舞うとは、良く分かっている」


 ローブの男の人が言う。

 しわがれた低い声のその人は、私をフェトル森林で襲った人だろう。


「長らく、帰還を待っていましたぞ、殿下。二十年前、ベルナール人どもはキルシュタインの地下水路へと毒を流し、多くの民を苦しめた。なんと、卑劣で、なんと卑怯なことか。国王ゼーレはキルシュタインに侵攻し、王家を滅ぼした。唯一残った殿下は、我らの希望。王家を再建する時が、ようやく訪れたのです」


 ロクサス様には空き瓶の回収をお願いして、私とシエル様、レイル様でグラスに葡萄酒を注いで回った。

 グラスを掲げて、その男性が言葉を発する。

 この中では、ルシアンさんに次いで偉い方なのかもしれない。

 全ての食事の準備を終えて壁際に控えた私を、ルシアンさんはずっと目で追っていた。

 気づかれているような気がするけれど、ルシアンさんは何も言わなかった。


「……今日も食事がとれることを、月の女王シルフィーナに感謝を」


 ルシアンさんが食事前の挨拶をする。

 キルシュタインの方々が赤き月の魔女シルフィーナを崇めているというのは、本当みたいだ。

 私は両手を胸の前で握りしめて、唇をきゅっと結んだ。

 ベルナール王国は、キルシュタインの方々に酷いことをしているのだろう。

 二十年前に、毒を水路に流されたと、ローブの男性は言った。

 ひどいことだと思う。

 けれど――争いは嫌。どうにかしたい。憎しみではなく悪意でもなく、誰かが傷ついたり命を奪われたりせずに、どうにかする方法を考えたい。

 だからどうか、――悲しい心を、苦しい気持ちを、少しでも、癒したい。

 私にその力があるのなら、どうか――。


「……美味しい」


 赤いジャムと白いソースのかかったお肉を口に含んだルシアンさんが、ぽつりと呟いた。

 美しい空色の瞳が潤んで、頬に涙が一滴伝って落ちた。


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