温もりのマッシュポテトとミートボールコケモモジャム添え
ミートミンサーの中に豚肉の塊を入れて、ハンドルをぐるぐる回してミンチを作っていく。
ぐるぐるまわすと、ぐにぐに出てくるお肉に、毎日ソーセージを作りながらぐすぐす泣いていたことを思い出す。
お肉をミンチにすると爽快感があって良いなって、思ってた。
全ての恨みつらみを込めてお肉をミンチにしていた私。
今は――今も、ハンドルをぐるぐる回すと、ルシアンさんのことが思い出されて、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
そう、これは、怒り。
ルシアンさんには悲しい事情があるのだけれど。
そういえば私はルシアンさんのせいで襲われたし、ルシアンさんの目の前で逆さ吊りにされて、下着姿を曝け出したのよね。ぺろんと。
「うう……ルシアンさんめ……っ、お嫁さんにしてくれるとか調子のよいこと言っていたくせに、嘘つき、女誑し、嘘つき……」
「嫁に……だと……!?」
何故かロクサス様が椅子から落ちそうになっている。
ロクサス様は公爵様になるのだから、落ち着いたほうが良いと思うの。
「ルシアンは、リディアさんを嫁にすると言ったんですか?」
「それは由々しきことだよ、姫君。他の嘘はまぁ、良いけれど、妻に娶るという嘘はいけない」
レイル様とシエル様が、馬鈴薯の皮を剥きながら言う。
馬鈴薯の皮むきは結構大変なので、手伝ってくれると助かる。
「そうですよね、ひどい、です。見られたらあんまりよくない下着を見られたから、私はもうお嫁さんには行けなくて、そうしたら、ルシアンさんが娶ってくれるって言ったんです……」
大き目のボウルたっぷりの豚肉のミンチができあがったので、今度は牛肉のミンチにとりかかる。
合いびき肉のミンチは、ハンバーグを作る過程に似ている。
ハンバーグはツクヨミさんに教わったレシピだ。
ベルナール王国ではミンチ肉は基本的にはソーセージぐらいにしか使わない。そもそもお肉自体がそんなに安価ではないから、庶民の口にはあまり入らない。
ソーセージなど加工肉にすると、長持ちするのでその分お求め安くなるのである。
新鮮なお肉はそのまま焼いて食べることが多い。ミンチにするのは長期保存するためなのよね。
だから、ソーセージ以外の用途でミンチにするというのは、珍しいなって思っていたのよ。
「姫君、なんだかだんだん、ルシアンを連れ戻さなくても良い気がしてきたよね」
「そうだな」
レイル様とロクサス様が頷き合っている。
シエル様は「やはり謝罪をさせる必要がありますね」と、ぽつりと言った。
ミンチ肉が出来上がったので、皮を剥いてもらったじゃがいもを大きなお鍋にお湯を沸かして茹でる。
茹でている間に、豚と牛の合い挽き肉に塩胡椒と、スパイスを入れて臭みをとって味を整える。
ハンバーグはつなぎを入れるけれど、今回のミンチ肉はお肉とスパイスしか入れていないから、形が崩れないようにボウルの中でお肉をしっかり捏ねていく。
ぐにぐに、ぎゅっぎゅとしっかり捏ねて、一口大に丸めて大きなお皿に置いていく。
「私……すっかり、忘れていました、けれど。下着を見られたことも、ルシアンさんの悲しい話も。シエル様、物忘れの魔法って、よく使われるものなのですか……?」
肉団子を丸めたあと、フライパンを温めて油を入れて、肉団子を焼いていく。
丸い形状のものは中まで火が通りにくいので、焦げないようにじっくり丁寧に。
その間に茹で上がった馬鈴薯を新しいボウルに入れて、すりこぎ棒で柔らかくなった馬鈴薯を潰していく。
固かった馬鈴薯が柔らかくなって、棒を突き入れるだけでずぶずぶと潰れていくのが、楽しい。
「忘却の魔法……なんらかの呪いでしょうが、それ自体とても珍しいものです。精神操作に分類されるものですが、普通の魔導師はまずそんな魔法は使いませんし、使えない。精神操作は対象の精神を破壊する可能性もありますし、限定的に何かを忘れさせるというのは、とても難しいのです」
「シエル様のお話も、むずかしくて、私あんまりよくわからないのですが……ルシアンさんは、すごい魔導師、ってことですか……?」
筋肉質なのに魔導師というのも、変な感じ。
潰れた馬鈴薯に、お塩と持参した瓶づめの生クリームを入れて、なめらかにしていく。
入れすぎると水っぽくてべちょべちょになっちゃうのだけれど、加減をして入れると、なめらかな口どけのマッシュポテトになるのよね。
「ルシアンにも魔力はあるのでしょうが、たとえ魔導師だったとしても、忘却の呪いは……どうなのかな。何か、別の力のような気もしますね」
「何か別の? キルシュタインの魔導師の力ということかな。魔物を使役できるのだから、呪いにも精通しているのかもしれないね」
「戦うことになれば厄介だな。リディア。もし俺がリディアのことを忘れてしまった時は、お前の料理を無理矢理にでも俺の口に突っ込んでくれ」
「は、はい……無理やり口に……」
私は、私がロクサス様をはがいじめにして、その口に無理やりきのこの天ぷらを突っ込んでいるところを想像した。
大変そうだけれど、できるかしら。
「わ、私も、私に何かあったら、無理やりお料理、口に入れてくださいね……」
そうよね。一度、記憶を失ってしまっていたのだもの。
また同じことがあるかもしれないし。
私がお願いすると、ロクサス様は椅子から落ちた。椅子から落ちるぐらい、心配してくれているということなのかしら。
お皿にマッシュポテトを山のような形で盛って、焼きあがった肉団子を並べる。
肉団子を焼いていたフライパンで、肉汁の残りにバターを入れて、生クリームを入れると、白いソースが出来上がる。
お塩で味を整えて、肉団子の上にかける。
仕上げに、ストックしてあった以前作っていた瓶詰めのコケモモジャムを乗せて、上から乾燥パセリをパラパラと散らした。
ルシアンさんに、もう一度食べてほしい。
女誑しで、私をお嫁さんにしてくれると言って、毎日ご飯を食べに来てくれたレオンズロアの団長のルシアンさんが、私にとってのルシアンさんだから。
それは、違うかもしれないけれど。
でも、悲しいことや苦しいこと、辛いことを、どうにかする方法なんて私にはわからないけれど。
ご飯を食べて、少しでも、また──食べたいって、思ってもらえたら、嬉しい。
悲しい心を少しでも癒すことができたら。
剣ではなくて、他の方法を模索してくれたらと思う。
「出来ました! 温もりのマッシュポテトとミートボール、コケモモジャム添えです!」
「お肉にジャムをつけるんだね」
「はい! 以前ルシアンさんが作って欲しいって言ったお料理で、お肉に甘酸っぱいジャムって合うのかなって思ったんですけど、美味しいです」
レイル様がまじまじと、真っ赤なコケモモジャムと、真っ白な生クリームソースのかかった肉団子を眺めた。
「コケモモは、キルシュタインの特産品でもあります。コケモモジャム自体、王国ではあまり口にしませんから、キルシュタインの料理なのでしょうね」
「肉に、ジャムか」
シエル様が興味深そうに真っ赤なジャムを見ながら言う。
ロクサス様も調理場の片隅からこちらにやってきた。
「王国では、りんごジャムや、いちごジャムが多いですけれど、コケモモジャムも甘酸っぱくて美味しいです。あと、見た目が可愛いですよね、赤くて」
きっと、美味しくできたと思う。
あとは、食べてもらうだけだ。
それで何かが変わるなんて、そんな自信はやっぱりないけれど。
何もしないよりは、ずっと良いと思うから。
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