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マーガレットさんの底力



 マーガレットさんは、いつも通り店先でオレンジチョコレートの香りのするアロマ煙草を吸っていた。

 私とシエル様、ロクサス様と狐面を被ったレイル様が訪れても、あまり驚いた様子もなかった。


「あら、リディアちゃん、いらっしゃい。最近お友達が増えたみたいで、良かったわねぇ」


「マーガレットさん、おはようございます! 牛肉と豚肉をください」


「良いわよ、どれぐらい?」


「たくさんです。お金、いっぱいありますから、たくさん……」


「俺が買おう」


 何人分作るかわからないけれど、ともかくたくさんあった方が良いと思うの。

 私がお願いすると、ロクサス様が当然のように言ってくれた。


「い、いえ、お金は私、払うので……」


「案ずるな。ジラール家の財力を今使わずに、いつ使うというんだ」


「は、はい、ありがとうございます……」


「必死だね、ロクサス」


 ロクサス様が、何かをレイル様に耳元で囁かれて、顔を赤くしている。

 マーガレットさんが豚肉と牛肉の塊を包んでくれて、ロクサス様が支払いを済ませてくれた。

 包んで貰ったお肉を鞄の中に入れる。

 牛肉の塊は豚肉の塊よりも高いのだけれど、ロクサス様には今度何か、お礼をしなきゃいけないわね。


「マーガレットさん、一つ、お願いがあるのですが」


 お買い物が終わると、シエル様が言った。


「あら。珍しいわねぇ。何が聞きたいの? リディアちゃんの好きなもの? 何をプレゼントしたらリディアちゃんが喜ぶかとか、そういう相談ならいつでものっちゃうわよ」


「それも知りたいですが……。今、頼みたいのは──ルシアンと、月魄教団の居所を、教えて欲しい。おおよその場所は見当がつきます。おそらく、旧キルシュタイン領の側でしょう。ですが、明確な位置までは、調べあげる時間がない。だから、あなたの力を借りたいのです」


「無理よぅ、あたし、ただのお肉屋さんだもの。趣味で占いをしているだけなのよ?」


 シエル様の頼みに、マーガレットさんは肩をすくめる。

 ロクサス様とレイル様は顔を見合わせて、私は不安げにシエル様を見上げた。

 占いで居場所を探してもらうのかしらって思っていたけれど、まさか本当にそうだなんて。

 いくらマーガレットさんが当たると評判の占い師だとしても、それは難しいのではないのかしら。


「シエル様、マーガレットさん、困っていて……あの、私、たとえば私、教団の方々に嫌われているみたいですから、……その、旧キルシュタイン領をうろうろしていたら、また襲われたり、しませんでしょうか。……そうしたら、居場所がわかるんじゃないかなって」


「囮になるというのか?」


 ロクサス様の眉間に深い皺が寄った。


「それはもちろん、私たちは姫君を守るけれど、のこのこ教団の誰かが現れたら拘束して、居場所を聞き出すことだってできるとは思うけれど……それでは、姫君が、怖い思いをする」


 レイル様に言われて、私は頷く。


「……大丈夫です。私、大丈夫、です」


「……リディアさんの覚悟は素晴らしいものだとは思います。僕たちは、あなたを守ります。でも、できれば穏便にすませたい。マーガレットさん、……いえ、星読みの神官。あなたが身分を隠していることは知っていますが、火急に、知りたい。一刻を、争います」


「……星読みの神官」


「二十年近く前に、唐突に姿を消したと聞いたことがあるけれど……」


 ロクサス様とレイル様は、星読みの神官について知っているみたいだ。

 私はどういうことかしらと思いながら、マーガレットさんを見上げる。

 マーガレットさんは、お肉屋さんで、占い師で、男性か女性かよくわからない人だと思っていたけれど。


「……その名前は捨てたのよ。あんたと一緒よ、シエル」


「僕は……頑なな自分を、今は、反省しています。僕は盲目でした。正しいことをしなければと思いながら長らく生きていましたが、何もできていなかった。ウィスティリアの家から目を背けていたのです。そろそろ向きあわなければいけない。あなたも、同じではないですか」


「……そうね」


 マーガレットさんは深くアロマ煙草を吸って、吐き出した。

 お肉の並ぶお肉屋さんの中に漂うオレンジチョコレートの香りにも、慣れてきた。

 けれど、なんだか不安。


「あなたがリディアさんのそばにいることを選んでいるのには、何かの理由があるのでしょう。それには、今は触れません。それよりも今は、ルシアンや月魄教団の居場所を知ることが先だ。マーガレットさん、説明をしなくてもわかりますよね。あなたには、……未来が見えるのだから」


「限定的なね。全てというわけじゃないわ。……ただ、占いによって、知りたい情報の断片は得ることができる。これは、本当。リディアちゃん、そんな不安そうな顔をしないのよ。あたし、あんたを騙してたわけじゃないの」


「マーガレットさん……その、星読みの神官って、なんでしょう……」


 神官というのだから、レスト神官家や教会や神殿などに、関係のある人ということだろうけれど。


「星読みの神官というのはね、姫君。かつて王国にいたとされる、二十年程前に姿を消した、未来視のできる神官のことだよ。大神殿の奥、秘せられた場所に存在していて、国の行く末を占っていたと言われているけれど、今はその座は空席になっているようだね」


 レイル様が説明してくれるので、私は頷いた。


「それが、マーガレットさん……?」


「ま、色々あるのよ。人生いろいろよ。あたしもいろいろ。女も、男もいろいろ。ってことで、じゃ、占ってあげるわよ。ルシアンの場所と、月魄教団の居所ね」


 マーガレットさんがアロマ煙草を灰皿に戻すと、両手を広げた。

 きらきら輝くカードが、いつもみたいに何枚も現れて、空中でぐるぐる回りながら混ざり合う。

 そこから何枚かのカードがひとりでに抜き出されて、輝く粒子を纏いながら私たちの前でくるくると回って、その絵柄を表した。


「悪魔と、戦車。……悪魔は……月魄教団、かしら。何か違う気がするわね。戦車は、ルシアン。居場所は……地下。山脈。水脈。失われた場所。警戒、恐怖、戦争、大火」


 言葉と共に、カードの上に幻のような光景が映し出される。

 暗い地下道に、山から流れる川が水を注いでいる。

 煉瓦でできた神殿のような場所には、水が流れている。

 黒いフードをまぶかに被った人々、そして、街を焼き尽くす炎。

 マーガレットさんが目を閉じて、それからゆっくりと開いた。

 カードが粒子を残して消えていく。


「……旧キルシュタイン領の、地下水路。……旧キルシュタイン領は、……あの当時は、キルシュタイン王国、ね。あの国は、小さいながらにかなり発展していた。地下水路に水が引かれていて、生活用水を魔導で汲み上げていたはずよ。……今は使われていないでしょうね。管理する者がいないでしょうから」


「ルシアンさんは、そこに……?」


「多分ね。多分……というか、そこにいるわよ。あたしの占いはあたるのよ。か弱いから、戦うことはできないけど……リディアちゃん。あんたに話さなきゃいけないことがあるわ。あんたが無事に、帰ってきたら……」


「マーガレットさん、ありがとうございます……! 大丈夫です、ちゃんと帰ってきます。そうしたらみんなで、きのこの天ぷらパーティーをしましょうね。お酒も、飲んで良いです……」


「リディアちゃん……」


 マーガレットさんは私の体をぎゅっと抱きしめた。

 それからシエル様を見上げる。


「シエル・ヴァーミリオン。幽玄の魔王の名は伊達じゃないこと、私は知っているわ。リディアちゃんをちゃんと守るのよ。正しさや、正しいと思う行動を枷にするのはとても、高潔なことだとは思うけれど、たまには感情のままに動くのも大切なのよ」


「……それは、もちろん」


「ジラール家の兄弟も、頼んだわよ。リディアちゃんは……か弱いんだから。本当はあたしが守るわねって言ってあげたいけど、あたし、弱いから……ごめんね」


「マーガレットさん、謝らないでください……ありがとうございます、協力してくれて」


 シエル様と同じで、マーガレットさんにも立場を明かしたくない理由があったと思うのに。

 マーガレットさんから離れると、私はシエル様を見上げた。


「シエル様、地下水道に連れて行っていただけますか……? 空間転移すると、お洋服、破けるのですよね。大丈夫です、今日はその、見られても恥ずかしくない下着を着ていますので……」


「リディアさん。それはとても魅力的な誘い文句ですが、僕も先日の件を反省して、魔法の構築を少し変化させました。服は破けませんが、少しだけ体はふらつくかもしれません。ロクサス様、レイル様も、良いですか?」


「構わない」


「ロクサスが、服が破けないことを残念がっているけれど、大丈夫だよ」


「残念がっていない……!」


 転移の最中にはぐれないようにと、私はロクサス様やレイル様と手を繋いだ。

 シエル様の魔法陣が足元に現れる。

 そうして、私たちはマーガレットさんに見送られながら、お肉屋さんから旧キルシュタイン領へと一瞬で転移したのだった。


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[気になる点] ここに来て、マーガレットさんの秘密が!
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