ルシアンさんの現実的なソーセージ
私は新鮮な腸と豚の塊肉の入った紙袋を抱えて、食堂に戻った。
お店の扉にぶら下げてあるプレートを、クローズからオープンにすると、扉の鍵を開けて中に入る。
誰もいない店内を通り抜けてキッチンの調理台の上に紙袋を置いて、棚から包丁とまな板、それから手動式ミートミンサーを取り出した。
「断罪の時間よ……覚悟なさい……」
豚の塊肉には罪はないけれど、浮気男は罪深い。
私は腸詰にするためのちょっと太めで現実的な腸をシンクの中のボウルに入れて、水魔石がはめられている水道の蛇口から水を出して洗った。
水魔石の使用期限は、水がなくなるまでのおおよそ一ヶ月程度。
魔石の効果がなくなったら、魔石屋さんで新しいものに交換してもらう。
古い魔石は使い捨てではなくて、魔力を補充してまた使用できるけれど、魔力の補充のためには半月ぐらいかかるらしい。
キッチンで使用する程度の水魔石は、一個一万ルピア程度。
洗濯やお風呂にも使うから、全部合わせると、雨水や川や井戸の水を使うよりは結構割高になる。
とはいえ、食堂は商売なので、水魔石のお水が一番安全だ。可愛い女の子や子供たちには安全なものを食べてもらいたいので、私は水魔石を使用している。
男はその辺の泥水でも飲んでいれば良いと思う。
いえ、思うだけで、ルシアンさんたちにもちゃんと水魔石のお水を使用して、お食事を作って提供しているのだけど。
「……ルシアンさんめ、乙女の純情を弄ぶとか最低だわ……! ルシアンさんもお父様やステファン様と同じ、やっぱり男なんてみんな同じ……ひどい……」
腸を洗った後、私は豚の塊肉の余計な脂身を包丁で削ぎ落として、ミートミンサーに入る大きさに切り分ける。
私の握り拳を二つ合わせた分ぐらいの大きさの塊肉を切り分けて、ミートミンサーに詰め込んだ。
油でべとつく手を清潔な布巾で拭いて、ミートミンサーのハンドルを回す。
ハンドルをぐるぐると回すと豚肉のミンチがミートミンサーの出口から、ぐにゅぐにゅと出てくる。
「そもそもお父様が全部悪いのだわ、浮気者め……! 娼館に通うとか、いえ、別に娼館の方々が悪いわけじゃないけれど、お仕事だし、なんの罪もないのだけれど、でも、子供を作るとかはだめなのよ、浮気だもの……」
娼館にもいろいろ種類があるらしい。
これは私がレスト神官家でひっそり暮らしながら、耳にした噂話である。
なんせ私という女は存在感に乏しかったので、廊下を歩いていても、どこにいても、使用人たちの視界には入らないらしかった。
なんというか、神官家に潜む妖精さんみたいなものだった。
そんなわけで、使用人たちの口さがない会話などを結構聞くことがあった。
男性の欲望についての知識を得たのも、使用人たちの会話からなのよね。
だから私は実際には男性の裸体を見たことなんてない。
ステファン様とも裸体を見せてもらえるほど仲良しってわけじゃなかったし。
「いつか、浮気をしない素敵な方と、結婚できるって信じてたのに……ステファン様の馬鹿、もぎ取れてしまえ……うぅ、辛い、ルシアンさんも女の敵だわ……!」
私はミートミンサーのハンドルをぐるぐる回しながら、べそべそ泣いた。
あれよあれよという間に、ミートミンサーの出口に置いたボウルの中に、豚肉のミンチが出来上がっていく。
お肉をミンチにしている時が一番楽しい。
なんというか、全能感があるのよ。
こんなおちこぼれで不出来な私でも、豚肉をミンチにできてしまう! という、全能感がすごいのよ。
「私の悲しみと苦しみを受け取って、美味しくなれ、お肉……!」
塊肉をミンチにし終えると、私は香草とレモンの皮を細かく切って、ミンチの中に入れてこね始める。
お肉をこねると脂で手がギトギトするのだけれど、手に触れるお肉のぐにぐに感もそんなに悪くない。
豚のミンチは良い。私を裏切らないし、なんせ焼いても煮ても美味しい。
「よし。あとはこれを、現実的なサイズの腸の中に詰めるだけね」
現実的なサイズの腸って一体なんなのかしら。
ルシアンさんの好んでいるソーセージの太さとは、とても現実的なものらしい。
確かに、今までは私の親指ぐらいの太さで作っていたので、もう少し大きめの方が美味しそうだと思う。
小さめに作っていたのは、可愛い女の子や子供が食べやすいように、だった。
それなのに、私のお店にくるのはムキムキの筋肉の男性ばかり。
かなしい。
「ソーセージフィーラーちゃん、出番よ」
下拵えが終わったので、私は洗っておいた腸をソーセージフィーラーの先端にはめ込んで、豚のミンチを機械の中に入れた。
こちらもハンドルをぐるぐる回すと、腸の中にミンチが押し込まれる仕組みになっている。
あんまり早く回しすぎると、腸が破れてしまうし、不恰好になってしまうから、注意が必要なのよね。
私は慎重にハンドルを回した。
ぐにぐにと、腸の中にミンチが押し込まれて、ふにゃふにゃで薄く白い膜みたいだった腸の中にみっしりミンチが詰まって、ぴん、とはってくる。
すごく楽しい。
「細くて小さいのも、作るのが楽しかったけれど、太いのも楽しいわね……でも、見ているとやっぱり腹が立つのよね……ルシアンさんめ……私の料理は、ただの、普通の料理なのよ。変な噂をたてないで欲しいのよ……!」
ハンドルを回しながら、私はぶつぶつ言った。
良いところで腸を絞って、ソーセージの形を作っていく。
私の片手に良い感じに収まるぐらいの太さと、両手で握ったらちょっとはみ出すぐらいの長さのソーセージができた。
香草とレモンの風味が爽やかで、茹でた後にパリッと焼いたら絶対美味しいやつだわ。
違いない。
やっぱり、ご飯は何よりも大切なのよ。
それも、大衆食堂みたいな、ちゃんと栄養価があって食べ応えもあるメニューのご飯が良いの。
カフェとか、お洒落な喫茶店とか、それはもう憧れたりするのだけれど。
美味しいけれど、パンケーキはたまに食べるから美味しいのであって、やっぱり基本的には食堂なのよね。
私は、子供たちの健やかな成長を守りたい。
子供たちにはもっと安価でご飯を提供する心づもりはできているのに。
ムキムキの筋肉たちには、定価だ。騎士団の方々はちゃんとお給金をもらっているので当然である。
「できた! ルシアンさんの現実的なソーセージ……!」
全ての腸にミンチを入れ込んで、私はやりきったと、自分で自分を褒めてあげることにした。
私以外に私を褒める人はいないのよ。
自分で自分を褒めるのは大切。
「……ルシアンが、どうしましたか」
不意に声をかけられて、私はビクッと全身を震わせた。
いつの間にか、お店のカウンターにどう見ても魔導師と思われる、黒いローブを着た男性が座って、じっと私を見ていた。