悩ましい朝のきのこ雑炊
あんまり眠れないのかなって思っていたけれど、色々あって疲れていたせいかいつの間にかぐっすり眠っていた。
悲しそうな表情で笑うルシアンさんが、両手と両足を鎖に繋がれていて、ゼーレ陛下やステファン様が厳しい顔でルシアンさんの前に立っている夢を見た。
ステファン様は剣を持っていて、私が「やめて!」と叫んでも、その言葉は届かなくて。
視界が、赤い花で埋め尽くされたところで目が覚めた。
「……っ、は……ぁ……」
涙のこぼれている頬や目尻を手の甲で擦ると、私は起き上がる。
白いブラウスに濃い赤色のスカートを履いて、可愛い黒いエプロンをつける。
食堂のキッチンに降りると、玉ねぎと昨日のきのこを作業台の上に持ってきて、みじん切りにする。
とんとん、とんとん。
規則正しい包丁の音。
玉ねぎは先に縦と横に切れ目を入れておくと、みじん切りが簡単にできる。
きのこは縦に薄く切ってから、それをまとめて横に切っていく。
「ルシアンさん……大丈夫かな……」
玉ねぎを油を薄くひいた深めのフライパンでじゅわじゅわ炒めて、しんなりしてきたらきのこも炒める。
お塩を振って軽く味をつけて、そこに水とお米を入れて、ぐつぐつ煮ていく。
ぐつぐつ。ぐつぐつ。
「おはよう、姫君! 良い朝だね」
ぐつぐつ煮ていたら、キッチンの窓がガラリと開いた。
窓から当たり前のように入ってきたのは、レイル様だった。
「れ、レイル様……窓から入ってくると、びっくりしますから、できれば入り口から……っ」
お茶を淹れるためにお湯を沸かしていた私は、びくっと震えた。
早朝から、窓から不法侵入してくる狐のお面の男性というのは、心臓にちょっと悪い気がするのよ。
「姫君。勇者というものは、神出鬼没なんだ。大体窓から入ってくるものだよ」
「そ、そうなのでしょうか……」
それは勇者じゃなくて、怪盗とか、そういう感じな気もするけれど。
私は勇者にあまり詳しくないので、首を傾げる。
棚から緑茶の袋を持ってきて、ティーポットに茶葉を入れる。
お湯を注ぐと、緑茶のすっきりとした良い香りが立ち上った。
「窓には鍵をかけてあるのですけれど、どうやって開けるのでしょうか……」
「姫君。私は、ものの時間を戻すことができるんだ。つまり、窓の鍵の時間を、かける前に戻すと、鍵が開くといった寸法だね。私はこの力があまり好きではなくて、使ったことがほとんどなかったのだけれど……せっかくあるのだから、使っていこうと思ったわけだよ」
レイル様は窓からキッチンに入ってくると、調理場の椅子に足を組んで座って、顔を覆っていた狐の仮面を上にあげた。
「これは、姫君の影響だね。姫君が頑張っているのだから、私も自分の力が嫌いだなんて言っていられないと思って。それで、色々試していたら、有機物だけでなく無機物にもある程度有用だと気づいたのだね。鍵も開けられるし、壊れたティーポットも元に戻るよ」
「それは、便利ですね……ロクサス様はよく、ものを壊しますものね」
「いや、壊してはいないだろう。まだ食堂の備品は何も壊していない」
私が感心しながら言うと、食堂の入り口から今日も不機嫌そうなロクサス様が入ってくる。
ロクサス様、朝から怒っているわね。
いつも結構怒っているけれど。
「食堂の備品は壊していないけれど、私と話をしていると、よくティーカップを割るよね」
「それは兄上が、リ……」
「り?」
りんごかしら。り。私が首を傾げると、ロクサス様は首を振る。
「なんでもない」
ロクサス様が朝から何かを誤魔化している。
私はまあいいかと、カップを取り出して、ロクサス様とレイル様、それから、ロクサス様と一緒に入ってきたシエル様のお茶を淹れた。
「シエル様、おはようございます。……あの、昨日も今日も、来て下さってありがとうございます」
「長い休暇をとっているので、大丈夫ですよ。レオンズロアには僕の方から、ルシアンは僕と共に、魔物の生態調査のフィールドワークに向かうのでしばらく不在にすると連絡してあります。リーヴィスには事情を伝えて、口裏を合わせてもらっています。彼は、口が硬いですから。問題はないと思います」
今日は大衆食堂ロベリアはお休み。
お休みの日が増えていて申し訳ないけれど、でも、お仕事も大切だけれどもっと大切なこともある。
私はキッチンの端に置いてある丸いすを二つ、作業台の側に持ってくる。
シエル様とロクサス様に座ってもらって、お茶を出した。
「ノクトは少し、納得がいっていない様子でしたね。……ルシアンは以前から、浮遊魔石移動装置……ファフニール、でしたか。あれに乗って、いなくなることがあったと。何か穏やかではないものを、感じていたのかもしれません。……ルシアンが無事に戻ってくれば、それもなくなるとは思いますが」
シエル様は小さくため息をついて、お茶を飲んだ。
「昨日は──王宮の記録庫に篭って、キルシュタインについて調べていました。レイル様の言う通り、王国との軋轢は長く続いていたようですね。その間に、シルフィーナ、赤い月の魔女の復活についても、幾度も行おうとしていたようです。そもそも、失われた魂を呼び戻すことなど不可能に近いのですが……キルシュタイン王家は、シルフィーナの血筋であり、王家の血をより濃くすることによって、魂の器をつくる非道を行っていたと……」
「ルシアンさんが、魔女っていうことですか……?」
私の脳裏に、セクシー魔女服を着た筋肉隆々なルシアンさんの姿が思い浮かんだ。
ルシアンさんは、愛し合うテオバルト様とアレクサンドリア様の陰で、泣きながらハンカチを噛んでいる。
「ルシアンが魔女……ということは、恐らくないとは思います。魂の在り方については、性別も関係してくるので。ルシアンの兄妹か、それとも、従姉妹か、血族の誰かに魔女がいたのでしょう」
「ルシアンさんには妹がいたって……お母様の、お腹に」
「そうですか……。……それでは、もしかしたらその子が、……魔女になる可能性を秘めていたのかもしれませんね」
「シエル様、もしかしてあんまり寝ていませんか?」
「元々、眠りが浅いので、大丈夫ですよ」
昨日、シエル様たちとお別れしたのは夜だった。
それから調べ物をしたり、レオンズロアの皆さんや、リーヴィスさんと連絡を取り合ったりしてくれたのだから、ほとんど寝ていないのではないかしら。
心配。
「……ロクサス。ロクサスも、寝る間を惜しんで尽くさないと。完全に出遅れたね」
「兄上、余計なことを言うな」
レイル様がにこやかに言われて、ロクサス様は眉間の皺を深くした。
私はぐつぐつ煮えていたきのこ雑炊の中に、溶き卵をふわりと入れて、かき混ぜる。
「出来ました、悩ましい朝でも優しくあなたを包み込むきのこ雑炊です」
「あなた……」
ロクサス様が目尻を染めて、お茶をこぼしそうになっている。
でももうカップが割れても、レイル様の魔法があるから安心なのよ。
私たちはきのこ雑炊を食べた。やっぱりお腹が空いていると、心も空っぽになってしまうように、暗く沈んでしまうし。
悲しい夢を見たけれど、ちょっと元気が出た。
いつも──私は不安で、自分には何の力もないって、思ってしまっていたけれど。
今は不思議と落ち着いている。それは、やっぱり一人きりじゃないから、なのかもしれない。
「リディアさん。ルシアンのために作る料理の材料は、ありますか?」
朝ご飯を食べ終わると、シエル様がお皿などを浄化して、全部棚に戻してくれた後に、私に尋ねた。
「は、はい……! 大丈夫です。あとは、マーガレットさんのお店でお肉とかを買えば、全部あると思います……」
「それは、ちょうどよかった。僕もマーガレットさんに用事があります」
「マーガレット?」
レイル様が不思議そうに言った。
レイル様はマーガレットさんにまだ会ったことがないのだったわね。
シエル様の用事とは、何かしら。
ルシアンさんの居場所を占って貰う、とかなのかしら。
そんなことってできるのかなと、私は思いながら、必要な材料をぽいぽい袋の中に詰め込んだ。
結構量が多いので、レイル様とロクサス様が分担して持ってくれた。
割れたりこぼれたりしそうなものをレイル様に、そうではないものをロクサス様に持って貰った。
そうして私たちは、マーガレットさんの元に向かったのだった。
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