リディアと三人のお友達
レイル様は取り分けられたきのこ鍋をスープまで全部食べ終えると、「あぁ、美味しかった」と言って、にこにこした。
おにぎりも五つぐらいばくばく食べていた。レイル様、よく食べる。
よく食べて貰えるのは、嬉しい。
美味しいものを食べたら幸せな気持ちになるもの。幸せな気持ちになってもらいたいって思いながら、料理を作るのは、悲しい気持ちで作るよりもずっと、楽しい。
だから──私は。
「私、……その、げ……月桂樹さんたちのところに、行ってきます……」
「月魄教団だ、リディア」
「げっぱくきょうだんさんたちのところに……」
ロクサス様が丁寧に訂正してくれるので、私は言い直した。
「リディアさん。……それはとても、危険です」
シエル様が諭すように言った。
「はい……そう、ですよね……でも、このままじゃ、嫌で……ルシアンさんと、シエル様や、セントワイスの皆さんや、レオンズロアの皆さんが戦うの、私、嫌で……」
ベルナール王国は、キルシュタインの方々にひどいことをしたのだと思う。
そのころは私はまだうまれていないから、何が正しくて、何が間違っていたかなんて、わからないけれど。
でも、戦いが起これば誰かが傷つくもの。
それは、とても──怖い。
「ルシアンさんも、シエル様も、ロクサス様も……レイル様も。私、怪我とか、してほしくなくて。戦うの、嫌なんです。みんな、私のお店に来てくれて……ご飯、食べてくれて。楽しかった、です。私、ずっと泣いてばかりいたのに、楽しくて……だから……」
「リディアさん。……あなたの料理は、僕を変えてくれました。食事など栄養さえ取れていれば良いと思っていましたが、あなたの料理は優しくて、食べたいと、思うことができるのです。きっと、ルシアンも同じ」
シエル様の声が優しくて、私は泣いている場合じゃないって分かっているのに。
ぽろぽろ涙が溢れる。
そんなことは無理だって。私の行動は、馬鹿みたいだって、私でさえ思ってしまいそうになるのに。
否定しないで、受け入れてくれるのが、泣きたくなるほど──もう、泣いてしまっているのだけれど。
嬉しい。
「シエル様……う、ぅ……ありがとうございます……っ、私、シエル様のこと、好きです。いつも、優しくしてくださって……好き」
「僕はあなたの、友人ですから」
「はい……っ」
お友達がいるのは、とても心強いのね。
シエル様がいなければ私、どうしたら良いのかわからなくて、ただ、泣くことしかできなかったかもしれない。
今だって同じようなものだけれど。
「そうだね、姫君。私も、姫君のおかげですっかり元気だよ。ずっと……もう、白い月にのぼっても良いと考えていたのにね。今は、そんなことは微塵も思わない。もっと生きたい。そして姫君を守りたいと思っている」
「レイル様……良かったです。……私、レイル様が、ご飯を食べてくれて、だから……私でも、役に立てるかもしれないって、思うことができるように、なって」
レイル様が力強く言った。
どこか遠くの世界を見ていたレイル様はもういない。とても軽やかで、楽しそうで。
レイル様を見ていると私も、楽しい気持ちになれる。
「リディア。俺も、リディアが……」
「ロクサス様……」
ロクサス様は何かを言おうとして、言い淀んだ。
ロクサス様についてはよく分からない。よく分からないけれど、不器用だし、放っておけない感じはするわよね。
「リディア。……ロクサスはね、君がきのこの丸焼きを食べている姿を見たかったそうだよ」
「ど、どうして……?」
レイル様が腕を組んで、しみじみと言った。
ロクサス様も食べたかったのかしら、きのこの丸焼き。
そういえば今日は作らなかったわね。
ルシアンさんと食べた話をしたから、食べたかったのかしら。
「兄上、俺はそんなことは思っていない……!」
どういうわけかロクサス様があわてている。
空のお皿やカップに腕が触れたのだろう。落ちそうになるのを、シエル様が魔法でテーブルの上から一瞬で片付けてくれた。
「ルシアンは……姫君のそんな可憐な姿を見ているというのに、姿を消すとか。どうかしているよね」
レイル様が呆れたように肩をすくめる。
「そうですね。リディアさんにデートに誘われたというのに泣かせて帰ってくる、とは。連れ戻して、謝罪をさせなければいけませんね。……憎悪は新たな憎悪を生むものです。だから、宝石人たちは争いを嫌う。リディアさんの料理でルシアンや、キルシュタインの方々の心が変わることがあれば、……話し合いは、可能かもしれません」
「でも、危険なのですよね……私、一人で……」
「リディアさん。友人が困っているときに手を差し伸べるのは当然のことですよ」
「そうだよ、姫君。私は勇者だからね。勇者とは姫君を助けるものだ」
「……俺も、手伝う。話し合いとなれば、ジラール公爵家の立場は有用なものになるだろう」
シエル様も、レイル様も、ロクサス様も。
私を、助けてくれると言う。
なんだか胸がいっぱいになる。私はずっと、ひとりぼっちだったのに。
男なんて信用できないってずっと思っていて。それを口に出すこともあって。
嫌な女だったのに。
みんなの気持ちに報いたいと思う。キルシュタインの方々やルシアンさんの心を癒せるような料理を作って。
少しでも、穏やかな気持ちになってもらいたい。
そうすれば、剣ではなくて言葉で、解決方法を探し出せるかもしれないから。
私はキルシュタイン人じゃなくて。辛い思いをしていない私が、こんなことを思うのは間違っているかもしれないけれど。
でも、少しだけ。少しだけ、だけれど。
世界から見捨てられてしまったような気持ちが、わかる気がするもの。
「リディアさん。今日はもう、遅い。夕食も済ませてしまいました。月魄教団の隠れ家を調べ、潜入するのは明日に。場所さえわかれば、僕の魔法で忍び込むことができます」
「調理場に忍び込んで、料理人たちには眠ってもらい、姫君がかわりに料理を作るのだね。それを、ルシアンやその周辺にいるだろう月魄教団の幹部の元へと運ぶ。で、食べてもらうわけだ」
「……キルシュタイン人の主張と、我らの国とは相容れないかもしれないが。ルシアンの考えが変われば、何かが変わることがあるかもしれない」
「ありがとうございます……!」
私はごしごし目尻を擦って、それから良いことを思いついたので、両手をぽんと合わせた。
「あ、あの、お礼、……になるかどうか、わからないですけれど、明日も一緒にいるのですから、今日、泊まっていきますか……? お部屋、空いているので……ベッドもあります、から」
私が提案すると、シエル様たちは顔を見合わせた。
なんとも言えない沈黙が流れて、私はあわてる。余計なこと、言ってしまったかしら。
帰りたいわよね。みんな、自分の家が一番好きだものね、きっと。
「い、いや、明日また来る。兄上と共に」
「ロクサス、私は泊まっていく」
「帰るぞ、兄上」
ロクサス様がとても焦りながら、ガタンガタンと必要以上に大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
それから不満げなレイル様の腕を掴んで、連れて行こうとする。
「それでは、僕は泊まりましょうか。リディアさん、不安でしょうから。手を繋いで、一緒に眠っても良いですよ」
シエル様が私に腕を伸ばして、目尻の涙を拭ってくれる。
「一緒に、ですか……?」
お友達だから、良いのかしら。
お友達とは、夜通し語り合ったりするものだし、一緒に寝たりするのかもしれないわね。
「お前も帰れ、シエル。転移魔法を使えるだろう、お前は……!」
「リディアさんは一度襲われています。一人にするのは心配ですから」
「お前が泊まるのなら、俺も兄上もここに残る」
ロクサス様、帰ると言ったり泊まると言ったり、情緒不安定なのかしら。
私が言えたものではないのだけれど。
結局、私の家にシエル様が結界を張るという結論になったみたいだ。
明日の朝来ると言って、皆帰っていった。
私も、ちゃんと寝ましょう。明日は、今までの中で一番心を込めて、料理を作らないと。
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