ほっこりきのこおにぎり〜喪失感を添えて〜
洗ったきのこを、薄切りにして、一口大よりも少し小さめに切っていく。
タケリマツタケとヒラヒラマイタケ、鬼しめじを小さく切って、お米を洗ったあとの羽釜に入れる。
細かく切ったにんじんと、この間ツクヨミさんにもらった油揚げもぽいぽい放り込んで、鰹節でとった出汁を入れてお酒とお醤油を入れる。
羽釜を竈にセットして、炎魔石で火をつける。
その間に、お湯を沸かしたお鍋に、ミンチにした鶏肉の中に細かく刻んだネギを入れて、すりおろした生姜を入れてよく捏ねたものを小さめのお団子状にして、ぽいぽい入れていく。
鳥のミンチを多めに手に取って親指と人差し指を筒状にして、グニュりと扱くようにすると、指の間からにゅるんと薄桃色をした鶏肉が飛び出してくる。
グニュグニュ、ニュルン。
ぐにゅぐにゅ。
何か。
何か、忘れているような──。
「リディア、ずいぶんたくさん採れたのだな、きのこが」
「は、はい……! フェトル森林にはきのこの楽園があって……あっ、これは、秘密でした。ルシアンさんとの、秘密の場所で……」
「秘密の場所だと……!?」
カウンター席に大人しく座っているロクサス様が、飲んでいたほうじ茶のカップを落としそうになっている。
「だ、大丈夫ですか……?」
「問題ない、もう飲み終わっていた。秘密の場所……」
「はい、秘密の場所には、きのこが、いっぱいはえていて、……それが、すごく太くて大きくて、長くて、すごいんです……」
「リディア、その言い方はどうかと思うぞ。あと、両手にきのこを持つな」
「ロクサス様、大きいきのこが見たいのかと……」
鶏団子を作り終えた私は、手を洗った後に、次に切るきのこを両手に持ってロクサス様に見せてあげた。
ロクサス様は何故かとても狼狽えながら、視線を彷徨わせた。
あと、怒られた。きのこ、持っているだけなのに。
「それで……ルシアンは?」
調理場の椅子に座って私を眺めながら、シエル様が言った。
シエル様はきのこを綺麗に洗ってくれたあと、種類別に分けてくれている。
シエル様は片付けは苦手らしいのだけれど、物を分類するのは得意なのだという。
三つ並んだお皿の上にこんもりと、とってきたきのこが、種類別に分けられて盛られていく。
「ええと……はい、私をここまで送ってくれて、……それで、さようならを、しました」
そう──さようならを、した。
でも、どうして。
一緒に食べようと思ったのに。ルシアンさんは、そう、確か、お仕事があるとかで、帰ってしまって。
「ロクサス様とシエル様は、ルシアンさんに会わなかったですか?」
「いや。きのこ狩りが終わった頃合いだと思い、ここに来てみたら、シエルが居たが、ルシアンは見ていない」
「僕も、見ていません。リディアさんに、きのこ料理を食べさせて貰う約束をしていたことを思い出して、来てみたのですが、ロクサス様と入り口で出会って……ここに来た時には、ルシアンはもう帰った後だったようです」
私は首を傾げる。
なんだろう、ちょっと変な感じ。
そう、よね。帰ってきて、きのこを洗っていたらロクサス様とシエル様がやってきた。
だからお茶を出してさしあげて、手伝うというロクサス様の優しさを丁重にお断りして、シエル様にはお手伝いをして貰っていたのだわ。
ついさっきのことなのに、なんだか頭がふわふわする。
お祭りに行って、疲れたのかしら。森の中も、歩いたし。
「ルシアンさんも食べていけば良かったのに……」
私は手の中のきのこを先端からぱっくりと割いた。
きのこは結構簡単に手で割ける。手で割いたほうが、見た目はすこし大雑把になるのだけれど、味が染みこんで美味しい。
割いたきのこをお鍋の中に入れていく。
お酒とお醤油で味付けをして、細長く切ったネギをたっぷり上から乗せる。
ぐつぐつお鍋が煮える音と、こぽこぽ羽釜が煮え立つ音が調理場に響いて、きのこの良い香りでいっぱいになる。
「ロクサス様、あの、お鍋と、お米の時間を、三十分ぐらい進めてくれると、すぐできるんですけれど……」
「お前、俺を便利な道具だと思っていないか」
「ロクサス様の……だん……だん、こ……ん、……すごい、と、思っています」
「わざとだろう、リディア……!」
ロクサス様が怒っている。
何だったかしら。
どうにも、覚えにくいのよ。ロクサス様の魔法。
「奪魂魔法ですよ、リディアさん」
「だっこん……だっこ、みたいで、可愛いです」
シエル様が優しく訂正してくれるので、私はにこにこした。
シエル様はロクサス様と違って怒らない。優しい。
一番最初のお友達だもの。
一番最初の──。
二番目の、お友達。
私は、ルシアンさんに、お友達って伝えたのだったかしら。
「お前……抱き上げて連れ帰ってやろうか……」
「ロクサス様、誘拐は、一人につき一度までですよ」
「何だ、その決まりは。一度だけなら誘拐して良いのか」
「いえ、一度だけでも良くはないのですけれどね。僕も人のことは言えませんので」
ロクサス様が苛々しながら調理場に入ってくる。
シエル様と何かを言い合っているのを、私はぼんやり聞いていた。
きのこ料理はもうすぐできる。それなのに、なんだか、変な感じ。みんなで食べようって思っていたのに、ルシアンさんが帰ってしまったからかしら。
ロクサス様がお鍋に手を向けると、「刻の魔法、奪魂」と短く言った。
あっという間にお米がたきあがたって、お鍋が煮えた。
しんなりしたきのことネギと、ぽこぽこ浮いている鳥団子。鳥団子から出た油が、スープの中でつやつや光っている。
私は羽釜の中のきのこご飯をボールに移して少し冷ますと、両手できゅ、きゅ、と握った。
味が染みて薄茶色になったお米の中に、きのこがたくさん入っていて、油揚げの油でお米が艶々光っている。にんじんの鮮やかな色が食欲をそそって良い感じ。
「できました! ほっこりきのこのおにぎり、喪失感を添えて。それから、具材たっぷりぎっしりいっぱいきのこ鍋です!」
「喪失感?」
ロクサス様が訝し気に言った。
「は、はい……なんだか、物足りない、気がして……」
「それは、あなたと共にきのこ狩りをしたはずのルシアンが、ここにいないから、でしょうね、きっと。あなたはルシアンに料理を食べさせたかったのでしょう、リディアさん」
「……そう。そうですよね。ルシアンさん、元気がないと思って……で、でも、シエル様やロクサス様にも、たくさんきのこが採れたから、ご飯、食べて貰いたいって思っていて、それは、本当です……!」
私、せっかく来てくださったシエル様やロクサス様に失礼なことを言ったのではないかしら。
慌てて訂正すると、何かを考えるように腕を組んでいたロクサス様が、お皿に並んだおにぎりを一つ摘まんだ。
「リディア、口を開けろ」
「は……っ、え、うう……!?」
何かしらと思ってロクサス様を見上げると、半開きの口の中におにぎりを押し込まれる。
なんなの、ロクサス様。
人の口におにぎりを押し込むご趣味の持ち主の変態なの?
私は目を白黒させながら、口の中に押し込まれたおにぎりをむぐむぐ食べた。
しっかり味が染みこんだ塩気のあるごはんに、油揚げの甘みが染みている。
きのこの香りが鼻を抜けて、にんじんが甘くて、美味しい。
「は、む……うう……」
「祭りで歩いた後に、森を歩いたのだろう。そのあとに、料理を作ったのだから、お前が一番疲れているはずだ。お前がまず、食べるべきだ」
放り込まれるおにぎりを、私は食べた。
自分で食べることができるし、なんなら座って食べたかったし、口に押し込まなくても良いのに。
そう、思ったけれど。
もぐもぐ、ごくんと、飲み込むたびに、ぼんやりしていた頭が、記憶が鮮明になっていく気がした。
「……っ」
おにぎりをひとつ食べ終えて。
私は両手で口を押えた。
それから――泣きながら、シエル様に抱きついた。
「どうしました、リディアさん。あぁ、怖かったんですね。ロクサス様に乱暴なことをされて……」
椅子に座っているシエル様は、私の体を抱きとめてくれる。
よしよしと撫でてくれるので、私は違うと、首を振った。
「シエル様、違うの、思い出したんです……っ、私、忘れていて……ルシアンさんが……!」
ルシアンさんのこと。私はどうしてかわからないけれど、すっかり、忘れていた。
森の中で魔物に襲われたことも、一緒に、きのこを焚火で焼いて食べたことも。
ルシアンさんから聞いた話も、全部。
「落ち着いて。ゆっくり、話してみてください」
「リディア、俺の方が距離が近かっただろう。何故シエルに抱きつくんだ……」
だって、ロクサス様、口の中におにぎりを押し込んでくるから怖いもの。
悲しいし、混乱していたけれど、その辺の分別はつくのよ。私だって。
お読みくださりありがとうございました。ブクマ・評価などしていただけると大変励みになります!




