心を癒すきのこの丸焼き
ぱちぱちと、薪の炎から音がしている。
炎が燃え広がらないようにと大きめの石を組んでルシアンさんが作ってくれた簡易的な竈の中に、乾燥した木々や葉っぱなどを入れて、ルシアンさんは炎の魔法で火をつけてくれた。
ルシアンさんに魔法を使うイメージがなかったのだけれど「シエルほどではないが、十人並みぐらいには魔法が使える」と言っていた。
普段はあまり使わないのだという。魔法を使用して魔物を討伐するよりも、剣で切った方が早いから、だそうだ。
透明度の高い綺麗な水をたたえた小川の横の、丸くて平たい石が多くある岸辺には、木々の隙間から柔らかな木漏れ日が落ちている。
私は小川できのこを洗った。
ついでに、べとべとしている気がするマンイーターに舐められた足も、ルシアンさんが火を起こしている間にこっそりと洗った。
(なんだか、言葉が喉の奥に引っかかっているみたいね……)
ルシアンさんのことが心配なのに、何を聞いたら良いのか、わからない。
ルシアンさんはあえて先ほどのことに触れないようにしているみたいだった。
何があったの、とか。私を襲った人は、誰なの、とか。
それはまるでルシアンさんの心の中の、触れてはいけない部分に触れる行為みたいで。
──躊躇って、しまうわよね。
川の水はひんやりとして冷たい。
透き通った水の中に、お魚の姿はない。川の中にも平たくてつるりとした丸い石がある。
足の底に当たると、でこぼこしていて気持ち良い。
「……リディア、大丈夫か? 川は浅いが、足を取られると危険だ。あまり、奥までは行かない方が良い」
「ひゃん……っ」
スカートを捲り上げて、靴と靴下を脱いで川の中に入っていたら、ルシアンさんに話しかけられた。
びっくりした。
火おこしを終えたルシアンさんが近づいてくるのに気づかないほど、考え込んでいたみたいだ。
「大丈夫か? リディア、転ばないように」
「大丈夫です……あ、あの、あんまり見ないでくださいね。恥ずかしいから……」
私はいそいそと小川から出た。
べとべとしていた気がする足はすっきりしたけれど、少し寒い。
乾いた石の上にぺたんと座って、私はスカートからハンカチを取り出すと足を拭いて、靴下と靴を履いた。
ルシアンさんは洗い終わって、私の顔ぐらいの大きさのある葉っぱの上に置いたキノコを、火のそばまで運んでくれた。
「体が冷えただろう。こちらにおいで。火の側は、暖かい」
「は、はい……」
ルシアンさんは自分のベストを脱ぐと、石の上に敷いてくれる。
申し訳なくて立ち竦んでいる私に、「座って。大丈夫、服なら洗えば良いだけだ」と言ってくれた。
私はルシアンさんに促されるままに、石の上に敷かれた黒いベストの上に座る。
赤く燃えている炎の側に座ると、冷えた体があたたまった。
「……きのこを枝に刺して焼くのは、きのこ料理と言えるのでしょうか……でも、丸焼ききのこ、美味しいです。お塩も持ってますし、お塩を振ったら、お料理になりますよね」
私はううん、と、拾ってきた長い枝を洗ったものと、お洋服のポケットに入っていたお塩の小瓶を両手に持って首を捻る。
ルシアンさんは私の隣に座って、私の両手を驚いたように見た。
「リディア、塩を持っているのか?」
「は、はい。お塩は、たいてい持ち歩いています。いつ何があるかわからないので……お野菜をかじるとき、お塩があった方が美味しいのです」
「それは確かにそうだが、持ち歩いているとは……」
「お塩は大切ですよ、ルシアンさん」
お塩があるのとないのとでは、にんじんやきゅうりを齧ったときの味が全然違うのよね。
小瓶の中に入れたお塩は毎日持ち歩いているというわけではないけれど、シエル様にいただいた宝石と一緒に、結構頻繁に私のお洋服のポケットに入っている。
「きのこ、焼きますね。ルシアンさんには特別に、一番大きいタケリマツタケを焼いてあげますね。これはお昼ご飯です。大衆食堂ロベリアに帰ったら、きのこご飯と、きのこ鍋と、きのこの天ぷらを作ります。美味しいですよ」
「……あぁ。ありがとう」
私は洗ったものの中から一番太くて立派なタケリマツタケを手に持った。
しっかり太くて、頬擦りしたくなるぐらいに可愛い形をしている。きのこは可愛い。ころんとしていて、先端が丸くて可愛い。
片手では掴みきれない太い軸に枝の先端をぷすりと刺した。
きのこはよく火を通さないと美味しくないので、焼きあがるまでには結構時間がかかりそう。
ぷすりと枝を刺したものをいくつか作って、火のそばに、直接火に当たらないようにして固定していく。
網焼きも美味しいけれど、炙り焼きも美味しいと思う。
薪の炎で焼くのは初めてだけれど、表面が炙られてすぐに良い香りがしてくる。
炎ときのこを、私は膝を抱えて座りながら、じっと見つめた。
ルシアンさんも何も言わないで、炎を見ている。
ちらりとルシアンさんを盗み見ると、その横顔はどこか張り詰めたように、表情を失っていた。
「……あの、ルシアンさん」
「どうした?」
「……さ、さっき、魔物と一緒に、男の人、いましたよね……黒いローブを着てる、不気味な人。……追ってきたり、しないんでしょうか」
「あぁ。恐らくは、大丈夫だろう。リディアに手を出したら殺すと、脅してきたから。……人間の相手は、不得手だ。魔物を相手にしていた方がずっと良い。切り殺しても、誰も文句を言わないからな」
「……ルシアンさん、魔物討伐している時が一番元気そうですよね」
「あぁ。単純で、何も考えなくて済むのが良い。ただ目の前の、脅威を薙ぎ払うだけの簡単な仕事だ。存分に、剣を振るうことができる」
「魔物には、意思がないんですか?」
「魔物のことを深く考えたことはないが、赤い月から落ちてくる魔物は、人間を食い殺すことしか考えていないようだ。動物と同じだな。動物も自分のテリトリーを侵されたら、攻撃してくるだろう。あれは、防衛本能か。肉食動物が獲物を襲うのは、生存本能というやつかな。そういった本能が、魔物にもあるのかもしれないが」
「マンイーターは私を食べようとしました」
「あぁ。あれは、リディアを食おうとしていた」
「おいしくないのに」
「私とリディアでは、リディアの方が柔らかくて美味しそうに見えるのではないかな」
「……ルシアンさん。あの、……ルシアンさんと、あの男の人は、知り合いですよね」
「……リディア。それは、……言えない」
声が、震えてしまう。
ルシアンさんが隠したいと思っていることを聞くのは、すごく、勇気がいる。
ルシアンさんは首を振った。
「君には、怖い思いをさせてしまった。リディア。……すまなかった。もう二度と、同じことは起こらないと約束する」
「わ、私は、大丈夫です、ルシアンさんが守ってくれましたし……」
「だが、私は……リディア、やはり帰ろう。この半年、君と共にいられて、君の料理を食べることができて……幻想のように、楽しかった。私は、マボロシアカダケの毒にずっと、侵されていたのかもしれないな。楽しい幻だった。そろそろ、目覚めなければいけないのだろうな」
「……ルシアンさん、きのこ、焼けました……!」
ルシアンさんが立ちあがろうとする気配を感じた私は、ルシアンさんの腕をぎゅっと掴んだ。
それから、火のそばに刺していた枝の下の方を持って、ぷすりと抜いた。
きのこのそばは熱いけれど、長い枝の下の方は持つことができる。
「疲れた日にもバッチリ元気になる、心を癒す極太タケリマツタケの丸焼きです! 美味しいですよ……!」
仕上げにもう一度パラパラとお塩を振る。
よく焼けたタケリマツタケの表面には、ぷつぷつと水泡が浮き出ている。
とっても良い香りがして、美味しそう。
私はタケリマツタケの丸焼きを、ルシアンさんに押し付けた。
ルシアンさんは押し付けられたタケリマツタケの丸焼きをしばらくじっと見つめていた。
それから、小さくため息をつくと、大きな口を開けてばくりと齧った。
「…………美味しいな」
ルシアンさんが泣き出しそうな顔で笑うから、私はルシアンさんに手を伸ばして、金色の艶々の髪を、そっと撫でた。
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