表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/296

下着と幻覚ときのこ料理




 ルシアンさんの操縦する空中浮遊装置は、ゆっくりと広い森の中のややひらけた場所へと着陸した。

 先に降りたルシアンさんが、私の手を引いて降ろしてくれる。私を降ろした後、きのこが入っている背負いカゴも降ろした。カゴの中のきのこは、傷んでいる様子もなくて、ちゃんと美味しそう。

 ぼろぼろ泣いていた私だけれど、カゴのきのこを見るとちょっと落ちついた。

 無機質な金属製の黒い竜の姿をしたそれは、胸と腹に大きい風魔石が嵌め込まれている。

 地上にたどり着くとそれは形を変えて、大きな車輪が体から突き出してきて、二輪走行装置の形になった。

 魔石走行装置は馬車や騎馬よりも速度がはやいけれど、基本的には一人用であることと、風魔石への魔力の補充が大変なこと、機体自体が高級品なこともあって、あまり普及していない。

 それに、操縦が大変だから、滅多に見かけたりしない。

 ルシアンさんが乗っているの、はじめて見た。


「……ルシアンさん、助けてくれて、ありがとうございました」


 私はルシアンさんから一歩離れると、ぺこりとお辞儀をした。

 怖かったとはいえ、ルシアンさんに抱きついてしくしく泣いてしまったのよ。

 ルシアンさんに助けられた女性たちの気持ちが、ちょっとわかってしまいそう。

 危ないところだった。


「怪我はないか、リディア。礼を言われるようなことではない」


「大丈夫です、お洋服が汚れたけれど、あと、べろべろ舐められて気持ち悪かったですし、なんとなくぬるぬるしますけれど、怪我はないです」


「一応、確認をしておこう。マンイーターの粘液には特に毒などはなかったはずだが……」


「なっ、何、何するんですか……っ!?」


 ルシアンさんは私に近づいてくると、無造作にスカートを捲り上げた。

 足が付け根の方まで顕になって、私はびくりと体を震わせると、ルシアンさんの手に握られている私のスカートの裾を引っ張る。


「あ、ありがとうって、思ったのに、いやぁっ、変態……!」


「違う、怪我がないか見ただけで……!」


「スカートの中を見るのは変態です……っ、うう、ひどいよぉ……」


「自分でスカートを捲って見せろと要求する方が変態だと思うのだが……特に問題はなさそうだな。どこも切れていない。打撲の跡もなさそうだ。よかった。痛むところはないか?」


「大丈夫です……ルシアンさん、ひどい、もうお嫁さんにいけない……」


 私は両手で顔を隠しながら、さめざめと泣いた。

 よく考えたら、マンイーターに宙吊りにされた時点で、スカートはベロンと捲れて、お腹の辺りまで丸出しになっているわよね。


「ルシアンさんに、下着姿、見られた……」


「見ていない。私は何も見ていないぞ、リディア」


「かわいいピンク色のレースのやつ……」


「イチゴ柄ではなかったか」


「完全に見てる……! ルシアンさん、モテるのに、デリカシーがない……っ」


「だから、モテない。……リディア、案ずることはない。嫁にいけないのなら、私が君を貰おう」


「遠慮します……っ」


 私は目尻をごしごしこすると、ルシアンさんを睨んだ。

 なんだか、いつも通りすぎて、騙されそうになってしまうわよね。

 大切なこと、私、何も聞いていない。

 私を襲った魔物とお友達みたいなローブの男の人は、ルシアンさんの名前を呼んでいたもの。

 いつもと同じような感じでお話をしているけれど、ルシアンさんの様子、いつもと違う気がする。


「リディア。これは、私の空中浮遊装置ファフニール。地面を走行する形と、空を飛ぶ形、双方になれる。普段は、首飾りに」


「私、はじめて見ました」


「一人用だからな。騎士団での遠征で使用することはまずない。それに街の中での使用も危険だから、使うとしたら街を出てからだしな。……一人用ではあるが、リディアは軽い。ファフニールに乗れば街に戻れるだろう。……少し、落ち着いたか、リディア。帰ろうか」


 私は、ルシアンさんの手を咄嗟にぎゅっと握りしめた。

 だめ。

 だめだと、何かが、心のどこかが、告げている気がする。

 このまま帰ってしまったら、ルシアンさんと二度と会えなくなってしまうような、そんな気がする。

 ルシアンさんはもう、ご飯を食べにきてくれなくて。

 何も、食べなくて。

 それこそ、白月病の方々みたいに。

 そんなのは、嫌。ルシアンさんは、ルシアンさんも──私の、お友達だと思うから。


「ルシアンさん、あ、あの、よかったら……もう少し、ここにいませんか。私、怖かったから、体、まだ震えていて、空を飛ぶの、まだ怖い気がして……」


「そうか。そうだな……すまない。あんな目にあったのだから、それはそうだろう。おいで、リディア。こちらに」


 ルシアンさんが私の体を抱き寄せようとしてくるので、私はルシアンさんの両手を掴むと、その顔を見上げる。


「ルシアンさん……きのこ、きのこ、焼いて食べましょう……!」


「今?」


「は、はい……きのこ食べると、元気が出るかなって、思って……それに、その、ルシアンさん、……さっきの魔物、毒キノコがはえていましたよね。食べたわけじゃないですけど、……もしかしたら、胞子とかが飛んで、幻覚とか、気持ち良くなったら、困りますし……」


「……リディア、体がおかしいのか?」


「そ、そういうわけじゃ、ないですけど……ルシアンさんがファフニールで空を飛んでいる途中で、幻覚を見て墜落とかしたら、怖いですし……」


「私は、今のところ問題はないよ。それに、その場合はリディアと二人きりでいる方が危険なのではないかな」


「どうしてですか? 幻覚を見て、私を魔物と勘違いして、襲うとか」


「その可能性はある。襲うの意味が少し違う気がするが」


「ほ、ほら、やっぱり困ります、よね……? ルシアンさん、私の料理には不思議な力があるって、言っていましたよね」


 私はルシアンさんをなんとかしてひきとめるために、一生懸命考える。

 引き止めたところで、私にできるのは、ルシアンさんにきのこを食べさせることぐらいだけれど。

 それでも、何もしないよりは良い気がする。

 このままルシアンさんと会えなくなってしまうよりは、ずっと。


「私の、お料理、体を治癒する力が、あるみたいなんです。だから、きのこ、食べておけば、幻覚を見ないで済むかなって思って……」


「……そうだな。だが、帰らないと、きのこ狩り大会に優勝できないのでは」


「良いんです、そんなの、もうよくて……優勝するよりも、ルシアンさんに、ご飯を食べてもらうことの方が大切ですから……」


「リディア。……ありがとう。……火を起こせば良いか? この辺りの川の水は綺麗だ。湧水も、飲める。もう少し、移動しようか」


「はい……!」


 ルシアンさんはファフニールを首飾りに戻した。

 それは大きめな風魔石に見える。鎖がついていて、ルシアンさんはそれを首から下げると、きのこの入っている背負いカゴを肩に担いだ。


 



お読みくださりありがとうございました。ブクマ・評価などしていただけると大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ