下着と幻覚ときのこ料理
ルシアンさんの操縦する空中浮遊装置は、ゆっくりと広い森の中のややひらけた場所へと着陸した。
先に降りたルシアンさんが、私の手を引いて降ろしてくれる。私を降ろした後、きのこが入っている背負いカゴも降ろした。カゴの中のきのこは、傷んでいる様子もなくて、ちゃんと美味しそう。
ぼろぼろ泣いていた私だけれど、カゴのきのこを見るとちょっと落ちついた。
無機質な金属製の黒い竜の姿をしたそれは、胸と腹に大きい風魔石が嵌め込まれている。
地上にたどり着くとそれは形を変えて、大きな車輪が体から突き出してきて、二輪走行装置の形になった。
魔石走行装置は馬車や騎馬よりも速度がはやいけれど、基本的には一人用であることと、風魔石への魔力の補充が大変なこと、機体自体が高級品なこともあって、あまり普及していない。
それに、操縦が大変だから、滅多に見かけたりしない。
ルシアンさんが乗っているの、はじめて見た。
「……ルシアンさん、助けてくれて、ありがとうございました」
私はルシアンさんから一歩離れると、ぺこりとお辞儀をした。
怖かったとはいえ、ルシアンさんに抱きついてしくしく泣いてしまったのよ。
ルシアンさんに助けられた女性たちの気持ちが、ちょっとわかってしまいそう。
危ないところだった。
「怪我はないか、リディア。礼を言われるようなことではない」
「大丈夫です、お洋服が汚れたけれど、あと、べろべろ舐められて気持ち悪かったですし、なんとなくぬるぬるしますけれど、怪我はないです」
「一応、確認をしておこう。マンイーターの粘液には特に毒などはなかったはずだが……」
「なっ、何、何するんですか……っ!?」
ルシアンさんは私に近づいてくると、無造作にスカートを捲り上げた。
足が付け根の方まで顕になって、私はびくりと体を震わせると、ルシアンさんの手に握られている私のスカートの裾を引っ張る。
「あ、ありがとうって、思ったのに、いやぁっ、変態……!」
「違う、怪我がないか見ただけで……!」
「スカートの中を見るのは変態です……っ、うう、ひどいよぉ……」
「自分でスカートを捲って見せろと要求する方が変態だと思うのだが……特に問題はなさそうだな。どこも切れていない。打撲の跡もなさそうだ。よかった。痛むところはないか?」
「大丈夫です……ルシアンさん、ひどい、もうお嫁さんにいけない……」
私は両手で顔を隠しながら、さめざめと泣いた。
よく考えたら、マンイーターに宙吊りにされた時点で、スカートはベロンと捲れて、お腹の辺りまで丸出しになっているわよね。
「ルシアンさんに、下着姿、見られた……」
「見ていない。私は何も見ていないぞ、リディア」
「かわいいピンク色のレースのやつ……」
「イチゴ柄ではなかったか」
「完全に見てる……! ルシアンさん、モテるのに、デリカシーがない……っ」
「だから、モテない。……リディア、案ずることはない。嫁にいけないのなら、私が君を貰おう」
「遠慮します……っ」
私は目尻をごしごしこすると、ルシアンさんを睨んだ。
なんだか、いつも通りすぎて、騙されそうになってしまうわよね。
大切なこと、私、何も聞いていない。
私を襲った魔物とお友達みたいなローブの男の人は、ルシアンさんの名前を呼んでいたもの。
いつもと同じような感じでお話をしているけれど、ルシアンさんの様子、いつもと違う気がする。
「リディア。これは、私の空中浮遊装置ファフニール。地面を走行する形と、空を飛ぶ形、双方になれる。普段は、首飾りに」
「私、はじめて見ました」
「一人用だからな。騎士団での遠征で使用することはまずない。それに街の中での使用も危険だから、使うとしたら街を出てからだしな。……一人用ではあるが、リディアは軽い。ファフニールに乗れば街に戻れるだろう。……少し、落ち着いたか、リディア。帰ろうか」
私は、ルシアンさんの手を咄嗟にぎゅっと握りしめた。
だめ。
だめだと、何かが、心のどこかが、告げている気がする。
このまま帰ってしまったら、ルシアンさんと二度と会えなくなってしまうような、そんな気がする。
ルシアンさんはもう、ご飯を食べにきてくれなくて。
何も、食べなくて。
それこそ、白月病の方々みたいに。
そんなのは、嫌。ルシアンさんは、ルシアンさんも──私の、お友達だと思うから。
「ルシアンさん、あ、あの、よかったら……もう少し、ここにいませんか。私、怖かったから、体、まだ震えていて、空を飛ぶの、まだ怖い気がして……」
「そうか。そうだな……すまない。あんな目にあったのだから、それはそうだろう。おいで、リディア。こちらに」
ルシアンさんが私の体を抱き寄せようとしてくるので、私はルシアンさんの両手を掴むと、その顔を見上げる。
「ルシアンさん……きのこ、きのこ、焼いて食べましょう……!」
「今?」
「は、はい……きのこ食べると、元気が出るかなって、思って……それに、その、ルシアンさん、……さっきの魔物、毒キノコがはえていましたよね。食べたわけじゃないですけど、……もしかしたら、胞子とかが飛んで、幻覚とか、気持ち良くなったら、困りますし……」
「……リディア、体がおかしいのか?」
「そ、そういうわけじゃ、ないですけど……ルシアンさんがファフニールで空を飛んでいる途中で、幻覚を見て墜落とかしたら、怖いですし……」
「私は、今のところ問題はないよ。それに、その場合はリディアと二人きりでいる方が危険なのではないかな」
「どうしてですか? 幻覚を見て、私を魔物と勘違いして、襲うとか」
「その可能性はある。襲うの意味が少し違う気がするが」
「ほ、ほら、やっぱり困ります、よね……? ルシアンさん、私の料理には不思議な力があるって、言っていましたよね」
私はルシアンさんをなんとかしてひきとめるために、一生懸命考える。
引き止めたところで、私にできるのは、ルシアンさんにきのこを食べさせることぐらいだけれど。
それでも、何もしないよりは良い気がする。
このままルシアンさんと会えなくなってしまうよりは、ずっと。
「私の、お料理、体を治癒する力が、あるみたいなんです。だから、きのこ、食べておけば、幻覚を見ないで済むかなって思って……」
「……そうだな。だが、帰らないと、きのこ狩り大会に優勝できないのでは」
「良いんです、そんなの、もうよくて……優勝するよりも、ルシアンさんに、ご飯を食べてもらうことの方が大切ですから……」
「リディア。……ありがとう。……火を起こせば良いか? この辺りの川の水は綺麗だ。湧水も、飲める。もう少し、移動しようか」
「はい……!」
ルシアンさんはファフニールを首飾りに戻した。
それは大きめな風魔石に見える。鎖がついていて、ルシアンさんはそれを首から下げると、きのこの入っている背負いカゴを肩に担いだ。
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