マーガレットさんは占い師
マーガレットさんのお店は、いつもひんやりとしていて涼しい。
これはお肉の鮮度を保つために、お肉が並んでいるショーケース全体に氷魔石を使っているからと、マーガレットさんの氷魔法でつくった溶けない『まんまる羊の氷像』がお店の中央に鎮座しているからである。
まんまる羊は私と同じぐらいの大きさのある羊で、特徴としては、球体のように丸い。
その毛皮はお洋服や寝具や絨毯にも使われるし、そのお肉は柔らかくて美味しい。
ミルクではチーズが作れるし、「まんまる羊と蛸には捨てるところがない」という諺があるぐらいだ。
ただ、見た目が可愛いので、お肉を料理に使うのはちょっと辛い。覚悟が必要である。
「マーガレットさん、ちょうど良いサイズの腸と、それから豚肉の塊をくださいな。ミンチにします。大きめなので、香草を多めに入れて、それからスパイスとレモンを入れようと思うんです」
「それは美味しそうねぇ」
「はい! 多分美味しいんじゃないかなって。ぜひ、可愛らしい女性の方々に食べて欲しいです」
「味は良いかもしれないけど、若い女に食べさせるにはちょっといかがわしいわね」
「いかがわしくないですから……! ただの美味しいソーセージなので……」
「だってまた、色々問題ありそうな料理名をつける気でしょ?」
「ちゃんとしてますよ、今回は。女誑しのルシアンさんの現実的なソーセージ、〜憎しみを込めて〜です」
「あら。良いわねぇ。ルシアンは無自覚天然人たらしってやつだから、ま、恨んでる女も多いでしょ。そのうち刺されるんじゃないかなって思ってたけど、リディアちゃんが怨念代行をしてあげるって訳ね」
「男って最低!」
「そーなの。男って最低なのよ、リディアちゃん。ま、でも、何事も経験よ。ルシアンと付き合ってみても良いんじゃないかしらね。リディアちゃんよりも大人だし、それこそ、ステファン殿下よりも……多分、うまいわよ」
「うまい。……味が?」
ステファン殿下も別に美味しそうじゃないけど、ルシアンさんも別に美味しそうじゃない。
筋肉の繊維がすごそう。
「リディアちゃん……あんた、やさぐれてるくせに、純粋培養よね」
「意味がよくわかりませんが、清らかという意味だとしたら、これでも一応レスト神官家に生まれたので、清らかさには自信があります」
「それ、隠さなくて良いの? 前から気になってたけど、あんたがレスト神官家の長女だって、隠さなくて大丈夫なの? 神官家に連れもどされたりしないのかしら」
「大丈夫です。お父様もお母様も、厄介払いができたってきっと喜んでいますよ……レスト神官家にいたときだって、いないようなものだったですし……全員滅びれば良いのに……」
「恨みつらみも良いけど、新しい恋でもしてみたら? あんたまだ若いんだから」
「男は浮気をするから嫌です……汚いので……!」
私がぐすぐす泣きながら言うと、マーガレットさんは新しい煙草に火をつけて、深いため息とともに紫煙を吐き出した。
「困った子ねぇ。そう、悪い男ばかりじゃないわよ、リディアちゃん」
「マーガレットさんは好きです。男性か女性かわからないけど」
「あたしに惚れちゃう気持ち、わかるけど。でもあたしはやめときなさい? 危険よ」
マーガレットさんは、片目をつぶって言った。
煙草の煙が漂って、チョコミントの香りがする。
マーガレットさんの煙草は、体に優しいアロマ煙草だ。チョコミントだったり、チョコオレンジだったり。ともかく、大抵チョコレートの香りがするのがマーガレットさんである。
お肉屋さんとチョコレート。違和感がすごいけれど、最近は結構慣れた。
煙草を口に咥えながら、マーガレットさんが、新鮮な腸と豚肉を紙に包んで紐でくるくるとまとめて、紙袋に入れてくれる。
私はさっき稼いだばかりの一万ルピアを使って支払いをすませた。
お礼を言って帰ろうとすると、マーガレットさんに呼び止められる。
「ねぇ、リディアちゃん。ちょっと占ってあげるわね」
紙袋を抱えて私は首を傾げる。
マーガレットさんが占いが得意だということは知っているのだけれど、どうして今なのかしら。
でも拒否する理由もないので、私は足を止めてマーガレットさんを見上げた。
「絢爛なる大アルカナの導きよ。迷い子の運命を照らせ」
言葉と共にマーガレットさんは両手で大きな円を持つような形にした。
両手の中の何もない空間に、唐突に光り輝くカードが現れる。
これは、マーガレットさんの魔法の一つである。
運命を占う、という特殊魔法で、占い目当てにマーガレットさんのお店に来る人も多いのだけれど、マーガレットさんは気まぐれなので、占ってもらえない場合の方が多い。
私は恋占いとか、未来とかにこれっぽっちも興味がないので、占いをねだったことはないのだけれど。
どういうわけかマーガレットさんは時折こうして、占ってくれる。
「……魔術師、ね」
十数枚の輝くカードが回転して、その中から浮き上がったのは、ローブを着た若い男性の絵が描かれている一枚だった。
「意味は、創造。はじまり。良い出会いがあるわよ、リディアちゃん」
「……なんだかよくわからないですけど、ありがとうございます」
マーガレットさんに私はぺこりとお辞儀をした。
出会い。
出会いは、そんなにいらないわね。
可愛い女性や子供たちが、今日はたくさんお店に来てくれると良いなと思う。
そうだ。
せっかくお肉のミンチを作るのだから、ハンバーグも作ろう。
子供たちがきっと喜んでくれるわね。