秘密の菌園
光苔の密集地帯を降る。
ずるずると滑って転がりそうになるのを、木々を掴んで、ルシアンさんに支えてもらいながら降りていく。
「リディア、かなりの悪所だ。本当にこちらであっているのか?」
「は、はい、多分……市場のおばさまたちが、こっちだって」
「市場のおばさまたちは随分と危険な場所に降りるのだな」
「やっぱり、きのこのためなら、頑張るのではないでしょうか……」
「そうか。皆、生きるために必死なのだな。リディア、私を掴んで。転がり落ちないように」
「は、はい……ひっ、ぅ、ああ……っ」
足首まであるブーツの底が、湿った枯れ葉や地面でずるずる滑る。
私よりも先に足場のよい場所に降りていたルシアンさんが、私の手を引いて転がり落ちそうになった私を抱きとめた。
ルシアンさんは私よりも頭が一つと半分ぐらい大きくて、ぎゅっと抱きしめられると私の体はルシアンさんの体にすっぽりとおさまった。
「……っ、あ、あの、ありがとうございます……」
「大丈夫か、リディア」
「は、はい、大丈夫です……大丈夫なので、その、あの、離してください……」
「あまりにも、抱き心地が良くて、つい。君は小さいな、リディア。私の腕の中に、簡単に閉じ込めることができてしまう」
「ひ、ひぇ……っ、ルシアンさん、そういうことばっかりしてると、いつか本当に女の人に恨まれますよ……」
もう恨まれている可能性は高いのだけれど。
ぎゅっと抱きしめられた私は、ルシアンさんの腕の中でじたじたした。
ルシアンさんの体は大木みたいに硬い。それから、暖かい。筋肉というのは、あたたかいのね、知らなかった。
「あぁ……つい、抱き心地が良かったものだから。リディア、私は聖騎士団レオンズロアの団長だ。不用意に女性に触れたりはしないよ」
「……レオンズロアの皆さんは、娼館に行くんでしょう?」
「それは、部下たちだ。魔物の討伐や夜盗の捕縛など兎角戦いというのは血が激る。激った血をおさめるためには必要なことだと思っているよ。だが、私はいかない」
「と、ともかく、離してください……きのこ、きのこを採りに来たんですよ、私……」
「あぁ。リディア、行こうか。……やはり、君に触れると元気になるな。悩みも、焦燥も、消えていくようだ」
「行きますよ、ルシアンさん……タケリマツタケはすぐそこです……!」
ルシアンさんが私からパッと手を離してくれるので、私はルシアンさんの手を引っ張って言った。
微笑ましそうに私を見ながら、ルシアンさんは私について来てくれる。
トンネル状になっている草むらをかき分けて、奥へと進んでいく。
背の高い草が頬や腕にぶつかって、ちょっと痛い。
きのこ採りというのもかなり命懸けなのね。市場のおばさまたちのきのこに対する情熱、見習わないといけないわね。
途中で、ルシアンさんが私の先に出てくれて、草むらを退けてくれた。
私はルシアンさんの後ろにくっついて、草むらを抜けた。
草むらの先は、大木が折り重なってできた深い洞窟のようになっている。
奥まで見通せないほどに深くて、私のお店が中に入ってしまうぐらいには広い。
折り重なる木々の隙間から陽光が落ちているけれど、昼間なのに薄暗く、光苔が青緑色に輝いて辺りを照らしていた。
「……ここだけ、様子が違うな」
「秘密の場所ですから……!」
なんだかわくわくするのよ。
そういえば、ツクヨミさんと一緒にした蛸釣りも、今思えばびしょびしょになったけれど楽しかったような気がする。
きのこ採りで森の中を探検するのも、楽しい。
私は木々が折り重なってできた洞窟のような場所に足を踏み入れた。
奥に進んでいくと、太い木の根元にぽこぽこずっしりと、それはもう立派なきのこがはえている。
「ルシアンさん! タケリマツタケですよ、こんなにたくさん! 鬼しめじとヒラヒラマイタケもあります、すごい、すごい!」
「良かったな、リディア。確かにすごいな、採りきれないほどあるんじゃないか」
「は、はい、全部は……駄目だから、食べ切れる分だけとりますね、カゴに入る分だけ……ルシアンさん、大きいです、すごい、大きい……すぐ、いっぱいになっちゃいそうです……」
背負いカゴはそこまで大きくないので、目の前のぽこぽこはえている分だけでも、カゴがいっぱいになってしまうかもしれない。
「そうだな……リディア、確かに君の小さな口にはおさまりそうにないな」
私がタケリマツタケの前にしゃがみ込むと、ルシアンさんも隣にしゃがんだ。
タケリマツタケは鬼しめじよりも長い。傘は小さめだけれど、茎が太くて私の手首ぐらいありそうなものもある。
全体的に茶色で、堂々としたその姿はまさしくきのこの王様といった佇まいだ。
「はい……でも、美味しそうです、ルシアンさんの……」
ルシアンさんが一番大きいものを地面からぷちんと引き抜いて、私に見せてくれる。
すごい、美味しそう。
丸焼きにしたら絶対に美味しいわね。
コンロの上に網を置いて、網焼きにしたい。
「……リディア……今、私はかなりの、罪深さを感じている……」
「罪深さ……?」
「こちらの話だ。小さなものよりも大きなものを採りながら、奥まで行ってみようか」
「はい……!」
私は大ぶりのタケリマツタケの軸を掴んだ。
茎は太いので、私の片手でやっと持てるぐらいだ。長さも、私の肘から先ぐらいまである。
一本でお腹いっぱいになりそうなぐらい立派。
私はタケリマツタケを両手に持って、にこにこした。こんなに立派なきのこ、はじめて見た。
「ルシアンさん、来て良かったですね。でも、この場所はおばさまたちの秘密の場所なので、内緒ですよ」
「……あぁ。リディアと私の、秘密だな」
「はい……!」
ルシアンさんが悪戯っぽく言うので、私は頷いた。
秘密、増えてしまったわね。
シエル様とも秘密を抱えてしまったし、秘密が増えてしまうとどうにも落ち着かない気持ちになるわね。
でも、この場所は私とルシアンさんの秘密というか、おばさまたちとの秘密だから、シエル様との約束とはちょっと違うのだけれど。
私たちはきのこを採りながら洞窟の奥に進んだ。
奥に進むにつれて、光苔の光量が増していく。木々が密生しているから、光が届かなくなっているみたいだ。
どこか幻想的な景色の中に、きのこたちが楽園みたいにたくさんはえている。
「すごくいっぱいある……奥の方が、たくさんありますよ、ルシアンさん。あんまり奥まで、おばさまたちは来ないんでしょうか……わぁ、すごい……!」
うきうきしながらきのこを摂ってカゴに入れては奥に進む私の足首に、するりと何かが絡まったような気がした。
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