リディア・レストは嫉妬を知らない
フェトル森林は、南地区の広場から歩いて半刻程度の場所にある。
農地には収穫前の作物の葉っぱが揺れていて、お米は金色の稲穂を垂れている。
透明度の高いお水が流れる水路には、お魚の影も見えるし、アメンボが水面に波紋を広げている。
ぽつぽつ民家があって、柵の中ではまんまる羊がふわふわな羊毛を風に靡かせている。
フェトル森林の前につくられた受付所で、私とルシアンさんはきのこ狩り大会の参加証を貰った。
参加証はきのこ型をした厚紙に紐を通してあり、首から下げることができる。
「やっぱり、参加者の方々いっぱいいますね。優勝するとキノコ鍋用の究極の土鍋が貰えるみたいです。欲しい」
「究極の土鍋?」
「は、はい……聖都指折りの土鍋職人さんがつくった究極の土鍋だそうです。よくわかりませんが、きっと究極なんだと思います……」
私は土鍋職人さんについてはあんまり詳しくない。
優勝賞品として飾られている土鍋は普通の土鍋に見えるけれど、そういえば大衆食堂ロベリアには土鍋はないので、欲しい。
参加証を首から下げている方々と一緒に、大会の開始を待ちながら、私は両手を握りしめて気合を入れた。
「こういうこと、するの、はじめてですけれど、……なんだか緊張します」
私はルシアンさんを見上げて言った。
お集りの皆さんの中でも一番体格が良くて背が高いルシアンさんは、艶々の金髪も相まって、とても目立つ。
森の中でもすぐに見つけられそうよね。
はぐれなくてすみそうで、目立つというのもそう悪いことじゃない。
ルシアンさんに比べて私はかなり地味だし、小さいので、あまり森の深いところまで入り込まないように気を付けないといけないわね。
「私もはじめてだよ。確かに、緊張するが……リディアと共に初体験ができるとは、嬉しいものだな」
優しく微笑んだルシアンさんが私の頭を撫でようとしてくるので、私は両手で頭をおさえると、ルシアンさんから一定の距離を置いた。
恋人でも友達でもない女性の体を触るというのは不埒なのよ。
さすがは、半径数メートル以内に近づくと女性を妊娠させると評判のルシアンさんよね。
正直、意味はわかるようなわからないような、だけれど。
ともかく危険ということはわかるのよ。すぐ、さらっと当たり前みたく、触ろうとするし。
「ルシアンさん、触るのは駄目です。……でも少し、元気になりましたか?」
「可愛いリディアの顔を見たおかげで、私は元気だ。撫でたり触ったりしたら、もっと元気になると思うんだが」
ルシアンさんは私に伸ばした手を見つめて、残念そうに言った。
「普段から、様々な女性を撫でたり触ったりしているんだから、私まで撫でたり触ったりしなくて良いです……」
「リディア、誤解だ。……君は随分、私の恋人の有無について拘ってくれるが、それは、嫉妬と思っても良いのだろうか」
「しっと」
「嫉妬。やきもちのことだな。そういう感情は、……ないのか、リディア」
「……私、殿下のこと、ちょっとだけ不幸にならないかなって思ってますけれど……公務中に、突然ベルトが切れて、ズボンが脱げたりしないかな、とか。そういう感情のことですよね」
「いや、それは純粋に、憎悪だろう。……例えば私が、美女を引き連れて街を歩いていたのを見かけたら、リディアはどう思う?」
「いつものルシアンさんって思います……」
「私はそうたびたび、美女を引き連れて歩いていないと思うのだが」
「歩いてます」
無自覚天然女誑しと、マーガレットさんはルシアンさんのことを言っていたわね。
ルシアンさんは嘘をついていなさそうだけれど、それだけルシアンさんに好意を持っている女性たちについて、気にしていないと言うことなのかしら。
私を助けてくれた時もルシアンさん、「この女性は私の大切な人だから手を出すな」とか言っていたし。
助けた女性たち全員にそんなことを言っている疑惑が拭えないわね。
罪深いのよ。
「……私が連れて歩きたいのは、リディア、君だけだ」
「……それって、騎士団の家政婦をして欲しいっていう意味ですよね」
「それだけではないんだが……」
「私が騎士団の家政婦になったら、シエル様とか、セイントワイスの皆さんとか、お客様たちにご飯、作れなくなっちゃうから、駄目です」
「リディアはシエルが好きなのか?」
「はい! お友達ですから」
「それでは、きのこ狩り大会で優勝したら、私とも友人になってくれるのか?」
「ええと……その、お友達って、そういう条件つきで、なったりするものなのでしょうか……」
私はううん、と、首を捻った。
ルシアンさんはお友達じゃない。
でも、ルシアンさんも、お友達になってくれるのかしら。
ルシアンさんとは半年前に助けてもらってからの付き合いだけれど、あんまりお友達って感じはしない。
それは私がずっと、男なんて全員滅びろって思いながら生きてきたからかもしれないけれど。
「……しかし、リディアに励ましてもらう日が来るとはな。半年間、君を見ていたが。ずっと、泣いたり怒ったりしながら、料理を作っていた。それが、私の知らないところで、シエルやロクサス様と知り合って、立ち直っていって……私は、何もできなかったな」
「そ、それは、その、……違いますよ。ルシアンさんが、私のお店に通ってくれていたから、お客さんが増えて、シエル様やロクサス様が来てくださったのです。誘拐されましたけど」
「君はよく、誘拐されるな、リディア」
「はい……どういうわけか……」
「私も君を攫ってしまいたいほど、愛らしいと思っているよ」
「ルシアンさん……お友達は、そういうことを言わないんです……」
私はルシアンさんを睨んだ。
きのこ狩り大会に優勝したとしても、ルシアンさんの友達になれるかどうかはちょっとわからないのよ。
私を誘拐したいと思っている人と、お友達になれるのかしら。
というか、何のために誘拐するのかしら。
誘拐して騎士団の家政婦に、むりやりする、とか。
シエル様は――怒るかどうかは分からないけれど、リーヴィスさんは怒りそう。
セイントワイスの方々も時々ご飯を食べに来てくれるし、時々差し入れもくれる。
この間は私をイメージしたと言って、小栗鼠の小さなぬいぐるみをくれたものね。可愛いので、お部屋に飾ってある。
「あ、あの……そろそろ、大会を開始しても良いですか? 今、とても盛り上がっているところで、恐縮なのですが……」
きのこ狩り大会の司会のお姉さんが、私たちに話しかけてくる。
ルシアンさんとただ話していただけなので、特に盛り上がってはいないのだけれど。
お集りの皆さんからの視線を、ちらちらと感じる。
おじさまやおばさま方には微笑ましそうな視線を、若い女性たちや男性たちからは、なんともいえない熱い視線を向けられている。
私はルシアンさんから一歩離れた。
「問題ない、はじめてくれ。つい、意中の女性と共にいるものだから、会話が弾んでしまった。迷惑をかけたな、すまない」
ルシアンさんが謝ると、司会のお姉さんは顔を真っ赤に染めた。
私はルシアンさんを半眼で睨んだ。
ルシアンさん、元気がなくて心配だったけれど、やっぱり滅びたほうが良い気がしてきた。
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