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秋祭りと女性に人気のルシアンさん



 秋祭りの日、私は膝下までの濃い赤色のワンピースを着て、その上から茶色のショールを羽織った。

 空から降り注ぐ日差しはすっかり秋のものへと変わっていて、ショールがないと少し涼しいぐらいだ。

 ここ最近までは黒い服ばかり着ていた私だけれど、私の心のどす黒さは少し晴れてきたので、服装も、黒くて可愛いものから、色があって可愛いものに変わってきた。

 いくつかのお洋服を、切り裂かれたり、海水と蛸の粘液まみれにされたりしたので、新しく買ってきたのよね。

 お金はシエル様にもらったり、ロクサス様に貰ったりしたので、せっかく新しいお洋服を買うなら、可愛いものにしようって思ったので、赤色のワンピースもその中のひとつ。


「リディア、迎えにきた。……今日は、いつもと雰囲気が違うようだな」


「今日はお仕事じゃないので、エプロンをしていないからでしょうか……」


「なるほど。いつも可愛いが、今日も可愛い」


 昼前に、ルシアンさんが私の元へやってきた。

 ルシアンさんも今日はレオンズロアの軍服じゃなくて、黒いスラックスに白いシャツと、黒いベストを着ている。

 月の光のような綺麗な金色の髪をハーフアップにしていて、無造作に黒い紐で縛ってある。

 肩口までの長い髪の隙間から、耳に小さく輝いている赤い小さな耳飾りが見える。

 腰には剣を下げている。お祭りだけれど帯剣しているのは、南地区の治安があまり良くないからかもしれない。


「……いつもと同じだわ……元気じゃないですか……! そういうことを誰にでも言うから、勘違いされるんですよ……!」


「可愛いと思ったからそう言ったんだが……駄目か、リディア」


「駄目です」


「私とのデートのために、綺麗に着飾ってくれる女性を褒めることは、いけないのか?」


「デートじゃありません……!」


 デートとは、恋人同士で出かけることではなかったのかしら……!

 私とルシアンさんは恋人じゃない。

 お店の常連客さんと、食堂の料理人の関係なのよ。

 だから、違う。


「二人で出かけることは、デートではないのか。私は君とのデートのために、休みをもぎ取ってきたんだが。本当は、今日もフランソワ様の警護の仕事が入っていたんだが、逃げてきた」


「逃げて、大丈夫なんですか……?」


「ノクトに丸投げしてきた。愚痴愚痴言っていたが、まぁ、なんとかなるだろう。今日も聖都の視察だそうだ。そんなに見てまわって、何が楽しいのやら。というか、聖都を見て回りたいというのなら一人でどうぞ……と言いたいが、レスト神官家の加護のある、いわば、聖女だ。そういうわけにもいかないしな」


「聖女、ですか」


「最近はそう呼ばれているよ。孤児院の子供たちに菓子などの施しをしたり、療養所の白月病の者を、治療したり、な。……リディア。君の料理が病を癒したと評判になっていたが……しかし、やはりフランソワ様こそ聖女だと、大神殿の参列者は増える一方だ」


「私、それは、気にしていなくて……フランソワに女神の加護があるのは、本当のことですし」


 シエル様としたお話は、内緒にしなくてはいけないのよね。

 ルシアンさんに黙っていることに少しだけ後ろめたさを感じたけれど、私は誤魔化した。

 私こそが、女神様の加護を持っているのよ……!

 なんて、やっぱり、とても思えないし。

 誰かの役に立ちたいって思うけれど、でも、今の自分の立場だってそんなに悪いものだとは思っていないし。

 食堂で働くのは楽しい。ご飯を作るのも楽しいし、お客さんが来てくれるのは、嬉しい。


「すまない。今日はせっかくの休日なのに、余計な話をしてしまった。行こうか、リディア。祭りははじめてだ。それに、女性を案内するような経験も少なくてな。何かあればすぐに言って欲しい。気が利かないかもしれない」


「ルシアンさん、慣れてるのかと……」


「何度も言うが、私には恋人はいないよ。今までも、いたことがないし、これからも作るつもりはない。だから、私は女誑しなどではないのだが……」


「でも、娼館には行くんですよね?」


「行くのは、私の部下たちだよ。私は行かない」


「……あやしい」


「私はいつでも正直だよ。誘ってくれたのが君だから、休みを取ってきた。そうでなければ、祭りに参加しようとは思わなかった」


「そういうところ、です……」


 ルシアンさんが私に差し伸べてくれた手を私はじっと見つめて、そそくさとその横を通り過ぎた。

 苦笑しながらルシアンさんが私のあとをついてきてくれるので、私は食堂の外へ出ると、クローズの看板と共に鍵をかける。

 路地から見える広場は、もうお祭りがはじまっているのか、いつもよりも人通りが多いように見えた。


「あら。良いわね、リディアちゃん。デート? とうとう、ルシアンとデートなの?」


 途中、マーガレットさんのお店の前で、マーガレットさんとすれ違った。

 いつものようにマーガレットさんはお店の前の丸椅子に座って、足を組んでいる。

 いつもと違うのは、お祭り用のお店を出しているみたいで、マーガレットさんの前には外用のバーベキューコンロが置かれていて、パチパチ弾ける炭火の上で、ソーセージが焼かれている。

 子供たちが、棒に刺してあるソーセージを、高台へと続く道の、石の階段に座って食べている。


「マーガレットさん、デートじゃありません」


「デートだ。リディアが誘ってくれた」


「誘いましたけど、デートじゃないです……」


「あら、良いじゃない。二人きりで出かけたらそれはもうデートよ。リディアちゃん、あんた独身なんだから、デートもし放題よ? 誰に咎められるものでもないわよ。ううん、でも、どうかしら。咎められるかしら。ルシアンだものねぇ……」


「どう言う意味だ、それは」


「自分の胸に手を当てて良く考えてみると良いわよ」


「何も思い当たらないが……」


「ルシアン……あんた、街を歩けば昨日助けた女性とやらが、ルシアン様〜って、寄って来るでしょ。そのうち刺されるんじゃないかって思ってるわよ、あたしは」


「だから、誤解だ、それは……」


 マーガレットさんも私と同じように思っているのね。

 ルシアンさんをなんとも言えない視線で見上げると、ルシアンさんは違う、と首を振った。

 この場合、刺されるのはルシアンさんではなくて、ルシアンさんと一緒に歩いている私なのではないかしら。

 デート、他の女性に譲った方が良かったかもしれない。デートじゃないけど。


「リディアちゃん、この間あんたにたくさん作ってもらったソーセージ、よく売れるわよ。あたしは焼いてるだけなんだけどね。一本あげるわね」


「ええと、はい、ありがとうございます」


 マーガレットさんは串に刺さったソーセージを一本私にくれた。

 現実的でもなければ魔王でもなく、幻想でもない、ごく普通のソーセージ。

 マーガレットさんに注文されたとき「子供たちも買いに来るんだから、普通のにしなさい。ごく普通の、普通のソーセージで良いわよ」と言われたので、サイズは現実的なものよりやや小さい。子供たちにも食べやすいようにと思って。


「ルシアンさんも食べますか?」


「いや、私は良い」


「そうですか……」


 私はマーガレットさんとお別れをすると、歩きながら、むぐむぐソーセージを食べた。

 炭火で焼くと、皮が香ばしくて美味しい。

 ルシアンさんは私がもぐもぐする姿を、なんだか嬉しそうに見ていた。

 もしかしてやっぱりソーセージ、食べたかったのかしらね。

 でも、食べかけのものをあげるのはよくないわよね。

 ルシアンさんが何も食べていないのに、一人だけ口いっぱいにソーセージを頬張っていると、すごく食いしん坊みたいでちょっと恥ずかしかった。




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― 新着の感想 ―
[一言]  リディアにフランソワ以上の力があったとしても、いまさら王家や大神殿、レスト神官家に取り込まれることなく、このまま幸せになって欲しいですね。  でも他国に行かず、未だに王都に住んでいるのは、…
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